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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

患者にとっては重大事でも、医師が慌てない理由

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患者にとっては重大事でも、医師が慌てない理由

 「新幹線で移動中に、急に片目が暗くなり、数分で改善してきたが、よくネットなどで見かける緑内障のような視野異常が残っている。どうしたらよいか」というメールが60歳代の知り合いの評論家の方から入りました。

 それはおそらく緑内障ではなく、網膜の血管障害が疑われるから、最寄りの眼科をすぐ受診したほうがよい旨返信しました。

 メールを見たのは、彼が発信してから約半日たっていましたが、その間に彼も私が勧めたのと同じ行動をとり、「網膜中心動脈枝閉塞」の診断を得ていました。

 数日後、彼の要望でもう一度私が拝見することになりました。診断は正しく、病変はすでに完成していて、これ以上よくも悪くもならない状況でした。

 ただ、その方は、高血圧、高脂血症や糖尿病などの循環障害を起こしやすい因子はないとのことでしたが、心臓などを含めた全身検索を総合病院等で行っておくべきだとアドバイスしました。

 本人は、この視覚障害は何かの治療で改善できるものと思っていたようですが、すでに病気は後遺症を残して固定、治癒した状態だと説明しました。

 すると、「最初の医師は少しも慌てていなかったので、回復するものだと思っていた」と言います。

 「医師が慌てないのは、病気や症状が大したことがない場合もありますが、何ら有効な治療法がない場合も、落ち着いているものですよ。あなたの場合は、後者だったのだと思います」と私は話しました。

 つまり網膜の動脈が詰まった発症当初には、いろいろ手だてをする必要がありますが、その医師が診た時点で病変はすでに完成し、不可逆的になったものと考えられるのです。

 彼はやや驚いた表情でしたが、やがて「なるほどね」と苦笑し、納得していました。

 患者さんの多くは、医師に絶対的信頼を置いているものです。

 その信頼とはいったい何なのか、ちょっと立ち止まって考えてみましょう。

 医師は、患者である自分に対し、正確無比な診断をし、最適な治療を迅速にしてくれるに違いないという前提が、その信頼の根幹でありましょう。

 今回の場合はどうでしょう。確かに正確な診断でしたが、患者さんが一番してほしい迅速な治療はなされませんでした。できなかったのです。

医師の側から見ると、そのような臨床医学の限界点を見ることは日常茶飯事ですから、大した問題ではありません。

 ですが、患者側から見れば重大事ですから、信頼している医師はもっと慌て、深刻にならないはずはないと考えるのです。

 「慌てていなかった」という患者さんの言葉が、図らずも医師・患者間の温度差を表現することになった一場面でした。(若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。北里大学医学部客員教授、日本神経眼科学会理事長などを兼務し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ、副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」(春秋社)、「健康は眼に聞け」(同)、「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、医療小説「高津川 日本初の女性眼科医 右田アサ」(青志社)、「茅花流しの診療所」(同)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・執筆活動のほか、NPO法人などのボランティア活動に取り組む。

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