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元ちゃんハウスより~がんと生きる医師・西村元一の手紙

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元ちゃんハウスオープンから3か月経過!

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元ちゃんハウスオープンから3か月経過!

元ちゃんハウスのフロア。珪藻土の壁と木で温かみのある空間にしています

 昨年の12月1日に『病院でもなく家でもなく、ゆっくりできて誰かが話を聞いてくれたり、もしくはひとりにもさせてもらえたりするような場所』を目指した元ちゃんハウスがオープンして3か月余りがたちました。その存在が徐々に知られるようになってくると、「がん患者を支援する施設だというのはわかるけれど、病院の中にあるがんサロンやがん相談支援センターとはどう違うの?」と聞かれることが多くなりました。

 もともと病院の外にこのような施設を作りたいと思ったきっかけは、多くの患者から「がん患者にとって病院は親しみがなく落ち着けない場所であり、忙しそうにしている医師やスタッフになかなか話しかけられない」「どうしても病院の中のサロンでは”ゆっくりと中立的で自由な会話をする”ことは難しい」との声がよく聞かれたからです。そこで漠然と病院の建物の外の施設で参考になるものがないか探していた時にイギリスにある「マギーズキャンサーケアリングセンター(以下、マギーズセンター)」を知りました。

 マギーズセンターとは「病人ではなく、一人の人間に戻れる病院でも家でもない小さな家庭のような居場所、死の恐怖の中で生きる喜びを再発見できる場が欲しい」という乳がんが再発したマギー・ケズウィック・ジェンクスさん(造園家)の思いを、建築評論家であるご主人などが中心となって実現させたものです。

 それが寄付で運用されているということもさることながら、最も驚いたのは単なるビルの一室ではなく、ハード面、ソフト面のいずれも”癒やし”に重点を置いているということです。私も一度イギリスまで見学に行きましたが、元気な人間でさえ一度訪れたらまた訪れたくなる、ずっといたくなる場所なので、がん患者などにとっては言うまでもないと思います。

“金沢マギー”から“元ちゃんハウスへ”

 マギーズセンターを実際に見学すると、建物の立派さ、スタッフの優秀さなどが際立っており、とても自分たちの手だけで本物のマギーズセンターを金沢に誘致することは明らかに困難でした。そこで「がんとむきあう会」(西村さんが代表を務める元ちゃんハウスの運営団体)の仲間と相談し自分たちが出来る範囲のものを目指そうとなり、一昨年の12月から「まず実践!」ということで仲間の自宅の一部を間借りして月に2、3回程度“金沢マギー”と称した医療者や主婦、建築家、臨床宗教師などのメンバーと患者や家族が交流するイベントを開始しました。

 会を継続してみると患者、メンバーの両方から常設してほしいとの声が上がりました。そこで資金集めと共に場所を探していたところ、地元の医療機器メーカーの空きビルを無償提供いただけるということになり、そのビルを「元ちゃんハウス」と命名しました。

 現在「元ちゃんハウス」で行っていることは大きく分けて二つあり、一つは常設するスタッフが日々来られる患者、家族に対応し、電話での相談を受けること。もう一つは間借りしているときから継続している第2、4火曜日、第1土曜日に開催している交流会的なイベントです。このイベントは自分たちの活動の根幹でもあり従来からの「金沢マギー」という名称を付けており初心を忘れないようにしたいと思っています。

癒やしの心

 「元ちゃんハウス」もハード面では設計段階から、ビルでありながら内装はイギリスのマギーズや、昨年10月にオープンした「マギーズ東京」を参考として、採光、木の (ぬく) もり、間接照明、 珪藻土(けいそうど) の壁など居心地の良い空間を目指しました。結果として見学者や利用者からも「ずっといたくなる」「また来たくなる」と言ってもらえるものが出来たとメンバー全員で喜んでいます。

 また、ソフト面でも特に参加者が多い「金沢マギー」の時には傾聴に () けた「がんとむきあう会」のメンバーも多く参加するため、利用者1人から数人に対してメンバー1人が応対するというかなり 贅沢(ぜいたく) な環境が提供できているものと思います。

 さて、オープン以来たくさんの方が来られました。新規の方、リピーターの方、徐々に利用の範囲は広がっているような気がします。そして利用者が増えて来ると当然ながらどんな方が利用されるか興味がでてきます。そこで今回は今までの利用者を目的別に大きく分けてみました。

利用者の目的は?

(1)話を聞いてほしい(目的の最多)

 誰かに自分の話を聞いてほしい方がほとんどです。家族には話せないこともここなら安心して話を聞いてもらえそうということで来られます。またこんな話を家族にしてもいいか確認に来る場合もあります。この場合の我々の役割は主に傾聴になります。本人から話を切り出すのは難しい場合もあるので、雰囲気づくり(落ち着いた空間、傾聴に長けたスタッフ、ハンドマッサージなどによって会話を切り出しやすくする)の工夫も重要です。しかしながら、硬い表情で来られた方がしばらく話し続けて、場合によっては途中で涙して、そして最後に「聞いてもらえて良かった!」と言って (ほほ) 笑んで帰っていかれるのを見るとこちらも「作って良かった!」という気持ちになります。

(2)わからないことを質問に来る

 医師など医療者の説明などで理解できないことを聞きに来られる方々です。最近は週刊誌やテレビの情報が正しいか聞きに来る方も少なくありません。また、逆に「こんなことを忙しそうなスタッフに聞いていいんかね?」など結果的に背中を押してあげるような答えを期待した質問の場合も結構あります。当然、専門的な知識が必要な場合には病院などに (つな) ぎます。

 ただ、言えるのは患者側も病院とうまく使い分けており、専門的な知識などは十分に病院から得ており、元ちゃんハウスにはどちらかと言うと背中を押してほしいような質問や確認に来られる場合がほとんどだということです。

(3)どうしたらいいかわからない

 がんと診断されてすぐに来られる方や、治療中に選択を求められた段階で相談にくる方々です。病院で受けた説明を、頭が真っ白になりよく覚えていないなどで再確認に来られたり、メンバーの考えなどを聞きに来られたりします。

 この時に一番役立つのはピアサポーターです。ピアとは「仲間」、サポーターは「支援者」という意味で、がん体験のある支援者のことを指します。その経験が今までもたくさんの患者さんの助けになったのは間違いありません。このような患者さんに対する我々のスタンスは決めてあげることではなく、あくまでも自己決定支援だと思っています。

(4)自分一人でないことの確認

 どうしてもがん患者は「自分一人が――」と考えてしまい、ひいては孤立してしまいがちです。ここへ来ると他にも色々な患者がいるということがわかり、それと共に生活の場でも色々な支援をしてもらえるかもしれないということで来られる方が増えて来ました。そして”がん友”を作られる方もいます。

(5)何かをしたい

 闘病をする上では、病気のことを考える以外に何でもいいからやることを見つけることが必要だと思いますが、なかなか本人一人だと難しいと思います。そこでメンバーが目標設定を手伝ったり、可能であればその実現のお手伝いをしたりしています。

元ちゃんハウスの必要性

 こうやって目的を列記して見ると「そんなものが必要?」「そんなことは病院の医療スタッフがちゃんとコミュニケーションを取れているので大丈夫!」と言う声も多いと思います。おそらく本当にアフターケアをしっかりされていて、このような施設が不要の病院もあると思います。

 ただ、症状が急激に表れる段階に治療をする急性期病院が忙しくなりすぎて、病気や治療に直接関係のないケアにまでは手が及ばなくなっているのは間違いないと思います。がんの患者さん全員にこのような施設が必要だとは思いませんが、患者さんから「こんな場所があって良かった」「もっと早く知っていれば良かった!」などの声を聞くと、このような、いわばがん医療の隙間産業的な施設の重要性も再確認しています。おそらく忙しくなった(なり過ぎた)急性期病院と元ちゃんハウスのような施設とが連携、もしくは役割分担ができると、がん患者のQOL(生活の質)が増すのではないでしょうか?。

 作ったからには、少しでも多くの人に利用して頂きたいと思います。

 今回、文章で説明をしましたがよくわからない方も多いかと思います。百聞は一見にしかずと言うことで、「がんとむきあう会」の ホームページ を見て頂いたり、実際に見学に来て頂いたりすると、もっとご理解いただけると思いますのでよろしくお願いします。

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西村 元一(にしむら・げんいち)

 金沢赤十字病院副院長、第一外科部長。1983年、金沢大学医学部卒業。同大学病院教授を経て、2008年4月より金沢赤十字病院外科部長、09年副院長に就任。専門は大腸外科。日本外科学会、日本消化器外科学会、日本消化器病学会など複数の学会の専門医・指導医。がんとむきあう会代表。15年3月、肝臓に転移した胃がんが見つかった。闘病前から温めていた「街中にがん患者が医療関係者と交流できる場所を」という願いを実現し、16年12月、金沢市内に「元ちゃんハウス」をオープンした。17年5月死去。がんとむきあう会のウェブサイトはこちら

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