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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

相模原事件再考(上) 差別思想は、精神障害から生まれない

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劣等感、挫折感はなかったか

 植松被告の生育歴に、特段の事情はなさそうです。大学入学まで、それほど問題行動もなかったようです。大学入学後に入れ墨、大麻、脱法ドラッグといった逸脱行動をするようになり、それを誇示します。顔には自信がなかったようで、美容整形を繰り返していました。

 大阪教育大付属池田小学校事件(2001年)など過去の拡大自殺的な事件と違って、本人の「生きづらさ」はうかがえませんが、衆院議長への手紙からは、承認への欲求が感じ取れます。

 政府から評価されたい、承認されたいと思うのは、自己愛というより、劣等感、挫折感、不遇感の裏返しではないのでしょうか。教師になりたいという希望の挫折、施設職員の待遇や社会的な評価の低さが、心理形成に影響した可能性もあると思います。

障害者施設の職員として働いていたことは重要

 差別思想をなぜ抱いたかを考えるうえで、植松被告がやまゆり園の職員だったことは欠かせません。園で働くうちに差別的な思想を抱き、殺害計画を立て、その考え方を問題にされて退職させられ、さらに措置入院になった後、5か月近くたって、実行に移したのです。

 やまゆり園の職員の労働実態や入所者の日常生活は、ほとんど明らかにされていません。気になるのは、衆院議長への手紙に「障害者は人間としてではなく、動物として生活を過ごしております」「施設で働いている職員の生気の欠けた瞳」という記述があることです。これらは、彼のゆがんだ見方として片づけられるのでしょうか。

 施設の職員による障害者への虐待事件は、残念ながら、全国各地で後を絶ちません。仕事上のストレスもあるでしょうが、実質的な「権力」を持つ施設職員が、入所者に差別意識を抱くケースは、しばしば見られます。かつて米国の社会学者ゴッフマンは、刑務所・障害者施設・精神科病院といった「全制的施設」(閉鎖的な入所施設)では、職員と入所者の力関係の差が大きく、入所者は無力化されていくと指摘しました。

 やまゆり園の内情は、どうだったのでしょうか。大規模な施設で、入所者はどこまで大切にされていたのか、施設内の状況が、きちんと検証される必要があります。しかし、この点は厚生労働省の検討チームも神奈川県の第三者委員会も、ろくに調べていません。

障害者の「お荷物論」「不幸論」は社会に存在する

 衆院議長への手紙を読み返すと、文章自体は、ていねいで冷静です。使命感も見られます。フリーメーソン、イルミナティーカード、第3次世界大戦といった妙な言葉は登場しますが、おかしな思い込みを持つ人は世の中にけっこういるものです。精神障害という印象を筆者は受けませんでした。

 手紙の中で彼が主張したのは、「障害者は社会のお荷物だ」という考え方と、「障害者は本人も不幸だ」という考え方です。かわいそうだから殺してしまえ、という後者の思想は、生命倫理学では「慈悲殺」と呼ばれます。

 いずれも、昔から社会に存在する考え方で、とっぴな妄想とは言えません。それらの差別思想を大量殺人という極端な形で実行したのが、事件の本質だと思います。何らかの診断名をつけられる状況が植松被告にあったとしても、動機の核心部分は、精神障害とは関係ないのでは、という意味です。

医療・福祉を治安目的に使わない

 そう考えてくると、相模原事件で措置入院の解除が早すぎた、退院後のフォローが弱すぎた、という問題認識に立った法改正には、ひっかかりを覚えます。治安目的が事実上、重視されて、措置入院が長期化し、退院後も継続的支援の名の下に長期にわたって監視が続く可能性があります。そうなるとかえって、患者の心理状態の悪化、病状の悪化につながるかもしれません。

 医療も福祉も、本人のためにあります。そして思想は治療できません。差別思想と闘い、なくしていくのは、医療ではなく、社会的な取り組みです。

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原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。2014年度から大阪府立大学大学院に在籍(社会福祉学専攻)。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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