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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

相模原事件再考(上) 差別思想は、精神障害から生まれない

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 神奈川県相模原市の県立津久井やまゆり園で昨年7月に起きた障害者殺傷事件で、植松聖容疑者が殺人などの罪で2月24日に起訴されました。捜査段階の精神鑑定の結果として「自己愛性パーソナリティー障害」という診断名が報道されました。

 政府は、再発防止策として、措置入院後の継続的支援を中心とする精神保健福祉法の改正案を2月28日、国会に提出しました。「おかしな人間が起こした事件」というとらえ方です。

 それでよいのでしょうか? この事件の本質は被告個人の特異性なのか? 精神障害や措置入院の問題なのか? 焦点を当てるべきところが大きくずれている気がしてなりません。

 相模原事件の犯行動機は、「障害者はいないほうがよい」とする差別思想でした。それは精神障害の症状として生じるわけではありません。施設で働いていた時の状況、そして弱者をお荷物と見る社会の風潮にこそ、根本的な背景要因があると考えます。

「妄想」による犯行ではなかったことになる

 植松被告に対する診断は、昨年2月19日の緊急措置入院時が「そう病」、2月22日の正式の措置入院時は1人の医師が「大麻精神病・非社会性パーソナリティー障害」、もう1人の医師が「妄想性障害・薬物性精神病性障害」、2月29日の院内カンファレンスでは「大麻使用による脱抑制」、3月24日の外来受診時は「抑うつ状態、そううつ病の疑い」と、ころころ変わっていました。

 そして、月単位の時間をかけた精神鑑定では「自己愛性パーソナリティー障害」。詳しい内容はまだ明らかにされていませんが、検察側は、完全な刑事責任能力があったと判断しています。

 精神科では客観的な診断方法が乏しく、診断名や診断基準は、解釈や分類のために医師たちがこしらえてきたものです。しかも精神科医の多くは、いろいろな人物や現象に診断名を付けたがる人たちです。あらゆる問題行動には何らかの診断名をつけることが可能です。したがって診断や鑑定は絶対的なものではなく、担当医師による「ひとつの解釈」にすぎません。

 ただ、起訴前の精神鑑定が、精神病でも薬物の影響でもなく、パーソナリティーの影響による犯行と判断したのであれば、重要な意味を持っています。

 「障害者はいないほうがよい」「障害者は不幸しか作れない」という犯行動機は、事件の発生当初に一部で言われたような「妄想」ではなかったということです。

パーソナリティー障害とは何か

 パーソナリティー障害は、病気ではなく、傾向の問題、程度の問題です。かつては「精神病質」や「人格障害」と呼ばれていました。脳の異常が見あたらず、精神病でもないけれど、考え方や行動の特性が極端で、自分または周囲が困っている場合に、そう診断されることがあります。

 制度的には、広い意味でとらえた精神障害に含まれ、精神科の診療の対象になりえますが、長い間かけて形成された特性なので、治療は容易ではありません。本人が治療を望むことが重要です。

 イメージをつかんでもらうために、どんなタイプがあるのかを見ましょう。米国精神医学会の診断基準(DSM-5)では、以下の種類を挙げています。なお、措置入院時の病名にあった「非社会性パーソナリティー障害」は、この診断基準ではなく、国際疾病分類(ICD-10)による名称です。

◆パーソナリティー障害の種類(DSM-5)と、ごく簡略化した特徴

<A群=奇異型>

 妄想性  =極端に疑り深く、攻撃的

 スキゾイド=人とつき合わず、孤立して行動する

 統合失調型=風変わりな思考や行動

<B群=劇場型>

 反社会性=利己的で、罪の意識がない

 境界性 =愛憎が激しく、感情の起伏が大きい

 演技性 =他者からの注目と親密な交流を求める

 自己愛性=自己をひけらかし、称賛を求める、共感の欠如

<C群=不安型>

 回避性 =否定的評価を恐れ、人づきあいが苦手

 依存性 =自分で決められず、他者に頼りたがる

 強迫性 =完璧主義で、柔軟性がない

<特定不能のパーソナリティー障害>

自己愛性で、どこまで説明できるか

 自己愛性パーソナリティー障害とは、いわゆるナルシストの極端なタイプです。誇大性、称賛されたい欲求、共感の欠如などが特徴とされ、次のような診断基準が示されています。

◆自己愛性パーソナリティー障害の診断基準 (DSM-5)

 空想または行動の誇大性、称賛されたい欲求、共感の欠如の広範な様式である。成人期早期に始まり、種々の状況で明らかになる。次のうち、五つ以上にあてはまる。

  1. 自己の重要性に関する誇大な感覚(業績や才能を誇張する、十分な業績がないのに優れていると認められることを期待する)
  2. 限りない成功、権力、才気、美しさ、理想的な愛の空想にとらわれている。
  3. 自分が特別であり、独特であり、ほかの特別な、または地位の高い人たちにしか理解されない、または関係があるべきだと信じている。
  4. 過剰な称賛を求める。
  5. 特権意識、特別に有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する。
  6. 対人関係で相手を不当に利用する。自分の目的を達成するために他人を利用する。
  7. 共感の欠如。他人の気持ちや欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。
  8. しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。
  9. 尊大で倣慢な行動または態度。

 報道された植松被告の過去の言動や、衆院議長にあてた手紙の内容から考えると、彼の思考や行動のパターンには、自己愛性の特性にあてはまる点が、たしかにあるように思えます。自分が特別なことをできると確信し、障害者の殺害によって政府から評価されることを期待し、犯行後の特別な計らいを望んでいた点などです。

 しかし疑問なのは、自己愛性パーソナリティーの特性から障害者抹殺の思想が生まれるか、という点です。思考や行動のパターンの説明にはなっても、「障害者はいないほうがよい」という確信まで抱いた理由の説明には、足りないように思われます(親和性はあるでしょうが……)。

 障害レベルまでいかなければ、自己愛性の傾向を持つ人は、それほど珍しいわけではありません。たとえば政治家、芸能人などは、表舞台に立って自分を売り込む必要があり、ある程度は自己愛の傾向がないと、やれないでしょう。だからといって、そういう職業の人たちの多くが差別思想を抱いているとは言えません。思想の内容については、別のところに原因を探る必要があります。

 かりに、そう状態や大麻の影響があった場合でも同様です。それらは気分の程度や行動のコントロールに影響するでしょうが、思想の内容をもたらすわけではないのです。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士(大阪府立大学大学院)。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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