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木之下徹の認知症とともにより良く生きる

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認知症、第4番目の足場

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――認知症、第4番目の足場――

イラスト・名取幸美

 長田恵子さん(仮名 60歳)が診察室で

 「先生、母には、忘れてしまったこと、なんども繰り返して教えるべきなんでしょうか」

 私「なんで?」

 言ってしまってから、「しまった。なんと不親切な説明」と思いつつ。

 相談される側としては、発せられた質問の裏に隠れている、質問したくなる理由を探り当ててから、そちらに焦点を絞り話題を提供しなければ、答えはたいてい「はずれ」る。 質疑応答というより対話する感じ。とはいえ私の、こんなセリフでは話が弾まない。とてもまじめに考えていたにも関わらず。

 ふつう、診察室で医師は、「先生、おなかが痛いんですけれど」と言われても、そのままでは終わらせない。「なるほど、いたいんですね。じゃあ、薬出しておきますね」とはならない。どのように痛いのか、いつから痛いのか、どうすると痛くなるのか、など確かめたくなるものです。

 面倒くさい、わけではなかったが、それでも私の「なんで?」はひどい。おなかの話に例えるのなら、

 「先生、おなかがいたいんですけれど」

 私「なんで?」

 なので。

 対話であるのなら、もっと丁寧に積み上げないといけない。

 そこで、この「なんで?」について、今回、反省してみました。すると、いろいろなことがみえてくる。

 長田恵子さんの母親は、隣に座っています。

 恵子さんの「なんども繰り返して、教えるべきなんでしょうか」の質問の直前。ちいさな声で誰に言うわけでもなく、

 敏子さん(仮名、80歳)「そうなのよね。私、頭がばかになってしまって……」

 私は、敏子さんのほうを向いていました。

 すると、

 敏子さん「ものがなくなってしまうんです。私、すぐになくしてしまうんです。このまえ、メガネをなくしてしまって、大変で、この子には迷惑ばかりかけて……」

 恵子さん「だからね、お母さんね。そうならないようにしなくちゃね」

 そのあと、恵子さんが言ったのがこの言葉でした。

 「先生、母には、忘れてしまったこと、なんども繰り返して、教えるべきなんでしょうか」

◇◇◇

 世間では、「認知症は予防できる」と称し、「脳トレ、漢字の書き取り、倍数の計算、ボケ予防のための食事、〇〇アロマ、〇〇オイル、〇〇運動……」といった文字が、ネットや書籍に踊っています。「認知症は治る」、「認知症撲滅」という情報もあちこちで目につく。

 地域の活動でも、「認知症ゼロをめざして」とか「認知症予防プログラム」などがはやっています。

 でも私の目の前の、認知症ど真ん中の敏子さんには、どれもこれも役に立つとは思えない。それどころか、無理やりやらせれば、「こんなことすらできない」自分に直面せざるを得ない。敏子さんの心がもたない。

 私自身も助け舟がほしい。しかしそういう意味での、人ごとで、適当な感触の「認知症予防」という言葉の軽々しさに、いらだったりします。サービスを「提供される側」ではなくて、「提供する側」の願望にも聞こえてきます。そんな話に頼りたくとも頼れない。

 敏子さん「ものがなくなってしまうんです。私、すぐになくしてしまうんです。このまえ、メガネをなくしてしまって、大変で、この子には迷惑ばかりかけて……」

 そんな敏子さんに、

 「いいですか。まず、脳トレをやりましょう。そしてアロマで予防です」

 とか言えますか?

 言ったとして、もし敏子さんが、

 「そうすれば、困らなくなるんですか?」

 と聞かれた暁には、私はなんと答えればいいのでしょうか。

 「予防」と聞いた人々が思い描くような「ちゃんとした効果」なんて証明されていません。

 一方、主に医師が持つ「医療態度」といった、これまでの文化がここで見え隠れします。メディアもしばしば、当たり前であるかのようにその文化にのっかって、望みの薄い方法を、人々にとって本当に意味のある優れた技術革新の話と玉石混交に論じてしまう。医学という御旗のもと、「◯◯すると認知症にいいんです!」という風に、宣伝流布することに力を尽くす姿もあります。

 これまでの医療の視点とは、(1)病気にならないようにする技術。(2)なってしまったら早く治す技術。(3)治らなければその状態を長く維持する技術。そんな風にくくれるのではないでしょうか。であれば、つまり医療の足場がそれしかなければ、つまり(3)のあとですが、維持すらできなければ、医療が役立つことがなくなってしまう。すなわち医療の敗北、となってしまう。

 そういう医療文化の文脈においては、認知症はなってしまえば、予防も治療も維持すらできない。そこで医療は役に立たない。そんなことになってしまう。「◯◯すると認知症にいいんです!」というのは、そんな意識で支えられる医療が敗北しないようにあがき、強迫的な思いが支えている側面がある気もするんです。

 近年、在宅医療がクローズアップされ、心ある在宅医療を実践する医師が大勢おられます。彼らは往診先の人々の在宅死を体験する。当然看取りに直面せざるを得ない。つまり、予防も、治療も、維持すらできない状況で、人生の最終盤での医療サービスを提供しています。彼らが体現する医療とは、上で述べた三つの類型だけではあてはまりません。そういう現実と向き合うことで予防、治療、維持以外の医療の文化が芽吹き始めているのだと思うのです。

 死ぬまで付き合う。人として最期を迎えることに、いままでの医療の技術を使い、関わる人々の善意で、新たなアプローチが実践されている。苦痛を軽減する、自ら死にゆく姿を受け入れられるよう誠心誠意支援する。尊敬できる医師は大勢おられます。私自身認知症医療を考える上で、彼らから大いなる勇気をもらっています。

 第4番目の医療の足場のあり方、です。認知症医療を実践することとは、この第4番目の足場で行動することにほかならない。

 ここで留意点があります。

 周辺症状、BPSDを薬で治す、というのがここで考えたい認知症医療の姿ではないことです。これらはこれまでの古典的な医療の文化の中で対応できます。なぜなら、そもそも暴言、暴力、不穏、興奮などと称し、周辺症状、BPSDとくくる態度そのものは、そういう古典的な医療の態度です。ある人の言動を、古典的な医療の文脈で「問題化」している、とも言えます。だから、そういう問題は、古典的な医療の枠組みで解ける。その枠組みとは、「足が痛い」→「痛みをとる」、「暴れる」→「おとなしくさせる」、という風に、切れ味の良い、見通しが立てやすい枠組みで支えられているものでもあります。現に家庭内で、イライラ殺気立って大変な場合もあり、この枠組みに基づいて医療対応することで、他殺とか自殺とかの危機的状況を回避できる場合もあります。このやり方が無意味だとは言っていません。ただ、ここでは「この子には迷惑ばかりかけて……」という敏子さんに対する医療支援について論点を絞って言及したいのです。そういう敏子さんに、医療になにができるのかを考えれば、上述した、古典的な医療態度では、問題化しづらい。いままでの医療態度では、どこがどのように問題なのかを記述しづらい、ということです。

 いままでは、恵子さんに対して、

 「お母さんには、デイサービスで、計算ドリルとか漢字の書き取りとかがいいですよ。脳が活性化して……」という説明もあったかもしれません。そう言われた娘の恵子さんは、敏子さんのためによかれと思い、一生懸命、本屋さんでドリルを探し、塗り絵を探し買ってくるかもしれません。

 しかし恵子さんが、塗り絵やドリルに、恵子さんが思い描くほどには目覚ましい効果がないと知ったとき、そして「この子には迷惑ばかりかけて……」という敏子さんの気持ちをありありと知ったとき、それでも同じく本屋さんで塗り絵やドリルを買いに奔走するのでしょうか。

 そう思えば、

 「先生、母には、忘れてしまったこと、なんども繰り返して、教えるべきなんでしょうか」という恵子さんについての、「問題化」も必要かもしれません。

 予防、治療、維持でもなく、敏子さんが、敏子さんの人生の主体者であって、たとえ記憶障害が顕著になりつつあろうとも、いきいきと暮らすことが妨げられないよう、あるいは前向きに人生を生き抜くことを応援する医療の形があってもいいのかなあ、と思う今日このごろ。

 私の「なんで?」の理由が、自分でも見え始めてきました。第4番目の医療の足場のあり方について、みなさんと一緒に、言葉にし、実現したいと願っています。

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kinohsita

木之下徹(きのした・とおる) のぞみメモリークリニック院長

 東大医学部保健学科卒業。同大学院博士課程中退。山梨医科大卒業。2001年、医療法人社団こだま会「こだまクリニック」(東京都品川区)を開院し認知症の人の在宅医療に15年間携わる。2014年、認知症の人たちがしたいことを手助けし実現させたいと、認知症外来「のぞみメモリ―クリニック」を開院。日本老年精神医学会、日本老年医学会、日本認知症ケア学会、日本糖尿病学会に所属。首都大学大学院客員教授も務める。ブログ「認知症、っていうけど」連載中 http://nozomi-mem.jp/

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