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湯を沸かすほどの愛

さるすべり

私は今63歳の女性です。母を3年前に84歳で見送りました。父は90歳ですがまだ当分生きそうです。アスペタイプの父を自宅で介護することは私自身の破滅につながるので、父は介護施設で生活しています。ウチの預金はすべて、父が死ぬまでの介護施設への支払いで使い果たします。私が一人でひっそり死ぬ場所として、家だけでも残れば有り難いのですが。

何年か前のNHKの大河ドラマの、宮崎あおいさんが演じた篤姫の最期みたいに、裁縫箱の前に座って着物の繕いをしていて、その手から着物がはらりと落ちて、すーっと息絶える、そんな最期を夢見ています。死ぬ瞬間まで、いつも自分がやってきた何らかの作業ができるって、最高に幸せですよね。

川口さんのことは、日本尊厳死協会鈴木理事との対談を読んで知りました。ウチは、父母も私も、日本尊厳死協会の会員です。何が、どういう場合が延命なのか、一律に論じることは難しいですが、私は自分が、不治かつ末期状態であれば、その状態を長引かせる処置を希望しません。でも、希望する人は、その希望が当然のこととして叶えられる世の中であるべきです。

現時点でもなお、「あらゆる手段を用いて心臓を動かし続けることが最善の医療である」という医療人のドグマが、一般人を支配しています。これはやはり困ります。私たちの人生は、医療のために存在しているのではなく、私たちの人生のために、医療が存在しています。自分の最期は自分で決めて、良いはずだと思います。

前置きが長くなってしまいました。私が気持ちよく感じられることは、いつも行く銭湯の露天風呂か薬湯に浸かっているときです。もし私が寝たきりになったら、このお風呂に浸かっている夢を見るだろうな、といつも思います。銭湯通いは元気なうちしかできませんね。都心にはまだ銭湯がポチポチあります。川口さんもいかがですか?

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