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原発事故後の福島で住民と共に歩む医師・坪倉正治さん

編集長インタビュー

坪倉正治さん(2)放射線の情報どう伝えるか 正しさだけで人は動かない

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ほぼ検出ゼロの内部被曝検査、必要か

 東京電力福島第一原発に近い福島県沿岸部で医療支援を続ける医師、坪倉正治さんらが2011年から続けているホール・ボディー・カウンター(WBC)による内部 被曝(ひばく) 検査。検出率がどう推移したかをグラフで見ると、放射性セシウムを体外に排出する速度が速い子供は、2012年の春には検出率がほぼゼロになった。大人は少し遅く、ほぼゼロになったのは13年の夏頃。そして大人も子供もそれ以降はほぼ検出されていない。この検査を続けることの意味はあるのだろうか。

坪倉正治さん提供

坪倉正治さん提供

 「そこの議論は難しいです。(被曝量からすれば放射線の健康影響はないと考えられる)甲状腺超音波の検査を続けるべきかという議論も同じ問題を抱えていると思いますが、集団のデータを確認し続け、病気との関係を探るという疫学調査的な意味と、一人一人希望される方に検査結果を示し、今後の生活に役立てるための意味と、二つの意味があります。初期は、データを確認する意味の方が強かったのですが、現状では完全に、今後の生活に役立てるため、いわゆる不安解消のために移行しています」

 通常のWBCでは内部被曝を正確に測りにくいため、坪倉さんらは乳幼児用のWBC「ベビースキャン」を開発した。これまで4000人以上を検査してきたが、一人も放射性物質は検出していない。「それどころか、出ないことがこの器械を作っている段階からわかっていたんです。それでも、安心や、放射線のことを知るきっかけ作りとして必要です」と坪倉さんは言う。

ホール・ボディー・カウンターと坪倉さん

ホール・ボディー・カウンターと坪倉さん

 「ドライに言えば、健康影響の可能性を探る疫学的な意味はほとんどなくなっています。山で取れる山菜や獣肉、きのこなど、放射性物質を吸収しやすい食べ物も既に特定できているので、リスクの低減にもあまり効果がない。続けるべきかどうかは専門家の間でも意見が分かれていますが、僕は続けるべきだと考えています。地元の人と話していてどうしても感じるのは、『食品は検査をしているから大丈夫ですよ』という情報と、『あなたは検出していませんよ』という情報は強さが違うということ。圧倒的に違う。子供たちを測って出なかったという安心は、住民の方たちの生活のプラスになるというのがまずあります」

 「また、これが一番大きな理由ですが、子供たちが将来、偏見の目で何かを言われたり、マイナスに引っ張られたりした時、『検出していない』という検査データは武器になる。言われなき攻撃を受けた時の防御力を高めるためにも、こういう検査は続けられていくべきです。検査も武器の一つ。学校教育もその一つ。保護者たちがちゃんと知識を持つことも一つ。社会が連携して様々な施策を行っているということも一つ。目的は子供の心や成長をみんなで見守ること。放射線被曝が低くなっている以上、今、最も守るべきは、子供の心と成長です。僕個人は、教育をしっかりして、ほとんどの子供や大人が放射線を理解し、周りにもきちんと説明できるようになれば、検査は必要ないと思います。でも現実は6年たって知識が伸びているかというと、驚くほど伸びていない。そのような状況で検査をやめたら、偏見と闘う支えの一つを失うデメリットが大きいから、続けるべきだと思っています」

何を伝えても必ず誰かを傷つける

 どのような教育をしていくべきなのかは、現場でも意見が分かれている。ただ、坪倉さんがこの6年の経験で身に染みて感じてきたのは、「どんなことを伝えても、必ず誰かを傷つける」という限界だ。

 「どれだけ科学的に正しくても、自分の家が避難区域にあって、東京電力の人が先にバスで逃げて、自分の家には帰れないと言われ、補償金は受け取っても周囲から『税金から金をもらって』とたたかれている人に、『放射線被曝は低いです』なんて伝えて納得できるはずなんてないです。社会的な影響は非常に大きいのです。多くの傷つく出来事があり、そんな中で一生懸命進もうとしている人が多いのだという感覚を持つべきだと思うのです」

坪倉さんが地元の「ベテランママの会」と作った冊子「福島県南相馬発 坪倉正治先生のよくわかる放射線教室」。英語バージョンもある

坪倉さんが地元の「ベテランママの会」と作った冊子「福島県南相馬発 坪倉正治先生のよくわかる放射線教室」。英語バージョンもある

 現地の説明会で住民から聞かれる質問は、震災直後から現在までほとんど変わっていない。「水道水は飲ませて大丈夫?」「家庭菜園の野菜を食べたら危ないの?」という生活に根ざした不安だ。坪倉さんは2014年10月、地元の市民団体「ベテランママの会」と協力して、放射線の基礎知識を 冊子 にまとめた。だが、これもすべての人の心に届く内容ではないと感じている。

 「この冊子は、地元のお母さんに対しては、放射線に関しての知識を増やし、結果として安心にもつながる材料になる一方、避難したお母さんを苦しめる内容でもあるのです。もし、これを避難したお母さんに渡せば、そんな意図は全くなくても、『不勉強ですね。放射線のことがわかっていないから、避難という判断をしたんですね。 物理と科学をもう少し学んだらどうですか?』というふうに確実に響いてしまう。ただ、言い訳をすると、僕は医者なんです。医者は目の前の患者さんを救うのが最優先。僕の役割は、地元で働き、地元で生活し続けているお母さんたちを守ること。それが最優先だったので、あえて発信しました。ただ、この冊子を作ったら、福島から避難したお母さんたちに手を差し伸べることは完全にできなくなってしまうだろうと覚悟はしました」

 診療や検査で、報道やインターネットで、福島の母親の「罪責感」をよく見聞きしてきた。事故後に取った行動で、その罪責感も3種類に分かれると感じている。

 「一つ目のタイプは避難しなかったお母さんで、『ここにとどまったせいで子供に被曝させてしまったのではないか』ということ。二つ目は1回避難した後、地元に戻ってきたお母さんで、『避難して被曝は避けられて良かったけれど、結局、経済的な理由など自分の判断で戻らざるを得なかった。こんなことしたくなかったのに』という思い。この3月で住宅補助が切られる人も多く、このようなお母さんが増えることも考えられ、配慮が必要です。三つ目は避難し続けているお母さん。故郷を捨てた罪悪感を抱え、残っている人から延々と嫌みを言われます。3パターンのどのお母さんも確実に心に傷を負っていて、1種類の言葉で放射線の知識を伝えるのは無理です。必ず誰かを傷つける。この冊子はたくさんの人に評価していただいた一方、同時にものすごくたくさんの人を傷つけたのは間違いないです」

 そして今、最も放置されているのは、避難し続けている人たちだ。

 「一番放っておかれるから、一番知識や情報が届きづらい。だからこそ一番いじめのターゲットになる。正直、十分なケアは全く届いていないと思います。残念ながらそこに明らかに常軌を逸するような思想の反原発、反放射能を掲げる団体がつくようなこともあり、先鋭化してしまうという社会現象になっています。実際に、僕が話す内容も、どの市町村の方かで受け取り方は全く異なるでしょう。僕自身がそれに対してできることは、できるだけ多くのサイレントマジョリティー(物言わぬ多数者)に正しい情報を届けていくことであり、全体的に一般市民の知識の底上げを図ることだと思っています」

 そのために坪倉さんらは今、放射線の知識に対する理解度を測る「統一テスト」を計画している。原子物理学者の早野龍五さんに協力してもらって問いを作り、どのように教育現場に導入するか市町村などとの話し合いを始めている。

 「理解度を比較して理由や対策を考える。理想的には福島だけではなく、県外の学校の生徒にもやってもらって、最終的に理解度を底上げしていくのが目的です。そして放射線教育を広げて、子供たちを社会的な孤立から守る市民教育のようなことも行うべきだとも思っています。ただ、どのような教育をしていくべきなのかは、今も合意ができていません」

必要なのは、「お父さん役」と「お母さん役」

 ほかの医療情報であれば、医師という権威のある専門家に伝えられると、納得する一般の人は多い。しかし放射線に限って言えば、なぜなかなか心に落ちていかないのだろう。

 「よく言われることですが、初期の段階でちゃんと情報を伝えられなかったのが良くなかったのだと思います。現地で住民が一番迷って不安を感じている時に、政府も行政もどう対処すればいいのかという判断を住民に投げてしまった。『ただちに影響はない』などどっちつかずの発信をしたのに、後から『大丈夫です』と言われても不信感が残るのは当然です。人間は、初めの一歩でどういう情報を受け取ったかで、その後の印象がすごく変わります。医療情報はたいてい医者から最初に受け取りますが、放射線の情報は、医者が伝える前からよそで色々なことを聞いているので、後から正しい情報をと言われて信じられないのは当然です」

ホール・ボディー・カウンターで測定した内部被曝検査のデータを説明する坪倉さん

ホール・ボディー・カウンターで測定した内部被曝検査のデータを説明する坪倉さん

 それでは、どのように伝えるべきだったのだろうか。

 「僕は放射線については『お父さん役』と『お母さん役』が必要だと思っています。お父さんのように『数字的なものはこうだ』と事実から方針を示す役割と、『それでもやっぱり不安だ。他にもいろんな問題がある』とケアができるお母さん的な役割の両方が必要だったと思うんです。こうした危機的状況に対して、基本的に行政や専門家はまずは『お父さん役』をすべきだったはずです。もちろんそれだけでは不十分なので、リスクコミュニケーション(危険性についての正確な情報を様々な立場の人たち全員で共有し、合意形成を図ること)ともいわれるかもしれませんが、お母さん役の仕事をする人がいれば良かった。リスクコミュニケーターと呼ばれるような専門家が、『やっぱり信用できない』『不安だ』と訴える人に対して、一つ一つ話を丁寧に聞いていくべきだったと思います。そして、原則的にこの二つの役割は、別々の人がやるべきです。福島の事故では、この役割分担に失敗したのだと思います」

 事故直後、情報が限られていたとはいえ、政府や行政の発信や方針は行き当たりばったりで、不安におびえる住民や現場で働く坪倉さんらを余計混乱させたと感じている。

 「こうした危機の下で働いて個人的に強く思っているのは、『オーソリティー(権威)はぶれるな』ということです。そこがぶれると、現場の人間は混乱する。政府や行政、専門家は必要な検査を淡々とやって、結果や大局を示さなければならないのに、その役には徹せずに、言葉を選んで自分の責任逃れ的な物言いしかしなかった。『1人1人と丁寧に向き合わなければ』などとお母さん役にも介入しようとしました。医師を含め地元で発言力のある有力な方々もそうでした。甲状腺被曝の検査も、『住民から不安や不平不満が出るのではないか』『関係各所との調整が必要』などと言ってスタートが非常に遅かったし、結局、直後から追跡できる個人データが1000人分ぐらいしかなく、科学的に十分に検証できなくなってしまいました。旧ソ連はチェルノブイリの事故の時、とりあえず調べなくてはいけないと判断して10万人以上の検査をしているのです。30年前の旧ソ連より対策が遅れていた。何を言われようが、権威として必要なことはやるという決断力が、日本では明確に弱いです」

 社会に権威への不信が広がり、「安全」という発信への反発や非難が高まる中、専門家は口を閉ざしてしまった。

 「専門家は一般の人が不安にかられて混乱している時に、『これは科学的に言ってこうである』と示して、殴られる役のはずです。どうしてもっと自分の名前で発信しないのか不思議に思っています。少なくとも研究費を受け取ってきたのなら、あなた方の名前で、あなた方の責任をもってものを言うべきです。世間から攻撃されて科学的な事実が変わるのでしょうか? 全体を見て (かじ) を切る役の権威が、世論を見てぶれるから現場は混乱するのです。医療者は権限なり、権威なり、お金なりを一般の人より持てる者なわけですから、社会に対して責任を果たさなくてはいけません」

 「もちろん、不安を感じているお母さんに1対1で話す時に、『あなたは科学的に間違っています。それは事実じゃありません』と頭ごなしに否定するのは論外です。データはベースにしなければいけませんが、データや事実を押しつけるのはただのエゴですし、心に届かない。1対1で話す時は、相手の考えを受け止めて、何か一緒にできることはないか探るのが筋です。お母さんたちと仲良くなり、信頼を得る努力をしないと、伝えることはできない。難しいですが、お母さんたちと一緒に進むために努力を続けないとならないのです」

 (続く)

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岩永直子(いわなが・なおこ)

1973年、山口県生まれ。1998年読売新聞入社。社会部、医療部を経て、2015年5月からヨミドクター担当(医療部兼務)。同年6月から2017年3月まで編集長。

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1件 のコメント

今度大きな地震が福島原発を襲った時

みーちゃんババ

教えて下さい。今でも地震が来た時に震源地は何処?と不安になり、福島沖と表示されると原発は大丈夫なのだろうか、また爆発するのじゃないだろうかと不安...

教えて下さい。今でも地震が来た時に震源地は何処?と不安になり、福島沖と表示されると原発は大丈夫なのだろうか、また爆発するのじゃないだろうかと不安になる。地震がおこるたびに。津波の心配に対してはコメントが出るがグラグラ状態と思われる原発の事は一つも報告がない。また原発周囲に放射能が舞う様な事が起こったらどう対応すればいいのが教えて下さい。原発情報もコメント入れて下さい。

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