文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

松永正訓の小児医療~常識のウソ

コラム

便秘に浣腸すると、クセになる?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック
便秘に浣腸すると、クセになる?

 あれは今からもう20年前のことです。当時、青年医師だった私の目の前に小学校高学年の少女が現れました。お母さんの訴えによると、お (なか) が異様に張っていると言います。そう、たしかにお腹が大きい。診察台に横になってもらうと、ちょっとした妊婦さんのようにお腹が盛り上がっています。こんな病気は二つしかありません。小児がんか便秘です。早速、超音波検査をおこなってみると、お腹の中のかたまりはすべて便でした。本人の承諾を得てお尻を見せてもらうと、硬い粘土のような便が肛門からはみ出していました。私はこの子を入院させました。

 最初にやるべきことは、腸の中にたまった便を外に出すことです。しかしここまで高度の便秘になると、 浣腸(かんちょう) などではまったく対応できないことは明らかです。便を取り出すためにはどうしたらいいか? 私は手術室へ行って、 鈍匙(どんぴ) という器具を探しました。スプーンのことですが、縁が丸みを帯びている道具です。普通のスプーンは縁がシャープですよね。これを 鋭匙(えいひ) と言います。鈍匙を選んだのは、直腸内の便を () き出す時に、腸の粘膜を傷つけないようにするためです。

 さらに私は麻酔科の先生にお願いして、レントゲン室に麻酔装置を持ち込んで、その少女に全身麻酔をかけてもらいました。私は鈍匙を使い、便を少しずつ取り出していきました。およそ1時間はかかったでしょう。摘出した便は3kgに及びました。トイレに流しましたが、排水管が詰まってしまいました。

 そしてガストログラフィンという造影剤(バリウムのように固まらない)を注入して大腸の状態を観察しました。少女の大腸は、正常の数倍に拡張していました。おまけに緩みきった大腸は、まったく 蠕動(ぜんどう) 運動を示しませんでした。

 処置が終わって、私は今後の作戦を練りました。あの伸びきった大腸はおそらく使い物にならない。ならば、拡張した大腸を手術で切除してしまうか。でもできることならば、少女に大がかりな手術はしたくない。結局私は、便ができにくい特殊栄養剤を少女に飲んでもらい、下剤を服用させ、定期的に浣腸をおこなって毎日便を出させました。

 お母さんに話を伺ったところ、便秘には何となく気付いていたそうです。そして幼稚園児の頃に、厳しくトイレトレーニングをおこなったことも教えてくれました。排便の重要性をよくわかっていたからこそ、厳しくしつけたそうです。ですが、結果これが裏目になったわけです。少女は、トイレが「怖い場所」になってしまったのです。

 食事を徐々に歯ごたえのあるものに移行し、下剤の量を減らし、浣腸の回数も減らしていきました。およそ2か月かかり、少女は普通の食事を食べて毎日排便ができるようになりました。笑顔で退院していく母子を見て、手術を回避できて本当によかったと胸をなでおろしたものです。

 さて、この症例から多くのことを学ぶことができます。その最大のものは、便秘はどこまでも悪くなるという事実です。たかが便秘と高をくくってはいけません。便秘のしくみを十分に理解し、それに 相応(ふさわ) しい治療を受ける必要があります。

便秘とは何か?

 医学的には排便頻度が週に2回以下などの定義がありますが、要は「便が硬いために排便が困難で、腹痛や肛門痛を伴う状態」を言います。便秘の患者数の正確な統計はありませんが、便秘で困っているお子さんはいくらでもいます。それは成人でも同様です。特に女性がそうですね。成人で便秘の人は、おそらく子どもの頃から便秘傾向だったはずです。つまり便秘は子どものうちにしっかりと治すことが重要になるわけです。

 なお、私のクリニックには「うちの子、便秘です」と保護者が生後6か月以下の赤ちゃんを連れてお見えになることが頻繁にあります。こうした赤ちゃんは、ほぼ全例が母乳栄養です。母乳栄養の赤ちゃんは、水様の軟便がチョコチョコと1日に何度も出るパターンと、何日も便が出ないパターンの両極端にわかれます。

 便が出ないパターンの赤ちゃんでも数日ぶりに排便すると、便が硬いということは絶対にありません。つまり、こういった赤ちゃんを便秘であるとは言いません。母乳栄養の赤ちゃんでは、母乳がきれいに消化されるため便のカサが少ないので、何日も排便しないことがあるのです。さらに、生後間もない赤ちゃんでは、腸の蠕動運動がまだ不十分ですから、排ガスや排便が滞るのです。お腹をマッサージして、綿棒で肛門・直腸を刺激すれば必ず解決します。便が硬くなっていくのは、離乳食が始まってからです。

便秘のしくみ

便秘の悪循環2-500-2

 図を見ながら説明しましょう。まず大腸に便がたまることから始まります。大腸のうち肛門に近い部分を直腸と言いますが、ここに便が満ちていきます。小児の臓器は大人と違ってとても軟らかいため、便が滞ると直腸が伸びて(膨らんで)しまいます。本来、直腸に便がたまると、直腸の壁が便の存在を感じるのですが、腸が伸びるとそういった感受性が低下します。この状態が慢性的に続いていくと、便意がなくなってしまうのです。便意がなくなれば当然排便しませんから、ますます直腸に便がたまるわけです。悪循環ですね。

 そして直腸に便がたまったままでいると、便の中の水分がどんどん腸に吸収されていきますから、便が硬くなります。今日出すべき便を明日出そうとすると、明日はますます便が硬くなって出にくくなります。便が硬ければ排便の時に肛門痛を感じます。子どもは、痛いことは大嫌いですから排便をがまんするようになります。この結果ますます直腸に便がたまるわけです。二つ目の悪循環ですね。

 ではこの二つの悪循環の諸悪の根源は何でしょうか? それは直腸に便がたまっていることです。従って悪循環の鎖を断ち切るためには、たまった便を出してしまえばいいわけです。そのためにはいろいろな方法があります。手段を選ぶ必要はありません。いかなる手段をとろうとも、まずは直腸の中を空にすることが重要です。これが慢性便秘を治すための第一歩になります。では、具体的にどんな手段があるか見ていきましょう。

1 / 2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

matsunaga_400-400

松永 正訓(まつなが・ただし)

 1961年、東京都生まれ。1987年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰(1991年)など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長。

 『運命の子 トリソミー  短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて2013年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。著書に『小児がん外科医 君たちが教えてくれたこと』(中公文庫)、『子どもの危険な病気のサインがわかる本』(講談社)など。

 ブログは http://wallaby-clinic.asablo.jp/blog/

松永正訓の小児医療~常識のウソの一覧を見る

コメントを書く

※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。

※個人情報は書き込まないでください。

必須(20字以内)
必須(20字以内)
必須 (800字以内)

編集方針について

投稿いただいたコメントは、編集スタッフが拝読したうえで掲載させていただきます。リアルタイムでは掲載されません。 掲載したコメントは読売新聞紙面をはじめ、読売新聞社が発行及び、許諾した印刷物、ヨミウリ・オンライン(YOL)、携帯電話サービスなどに複製・転載する場合があります。

コメントのタイトル・本文は編集スタッフの判断で修正したり、全部、または一部を非掲載とさせていただく場合もあります。

次のようなコメントは非掲載、または削除とさせていただきます。

  • ブログとの関係が認められない場合
  • 特定の個人、組織を誹謗中傷し、名誉を傷つける内容を含む場合
  • 第三者の著作権などを侵害する内容を含む場合
  • 企業や商品の宣伝、販売促進を主な目的とする場合
  • 選挙運動またはこれらに類似する内容を含む場合
  • 特定の団体を宣伝することを主な目的とする場合
  • 事実に反した情報を公開している場合
  • 公序良俗、法令に反した内容の情報を含む場合
  • 個人情報を書き込んだ場合(たとえ匿名であっても関係者が見れば内容を特定できるような、個人情報=氏名・住所・電話番号・職業・メールアドレスなど=を含みます)
  • メールアドレス、他のサイトへリンクがある場合
  • その他、編集スタッフが不適切と判断した場合

編集方針に同意する方のみ投稿ができます。

以上、あらかじめ、ご了承ください。

最新記事