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2件 のコメント

覚悟なく迎えた主人との死別の苦しみ

ひろたけ

主人を看取って5年の歳月が過ぎていこうとしています。未だに主人の壮絶な最期と静かに看取る覚悟のなさが悔やまれて生きていたくないと思っています。新城先生のような方に出会っていればよかったのにと羨ましく思います。自ら命を絶つほどの覚悟もなく辛さと苦しみをひたすらに受け入れる日々です。時折このコラムを拝見して、もっと早く人の生死をしっかりと考えるべきだったとただただ悔やまれるだけだと思っていました。しかしそれでもこのコラムを拝見することでようやく主人の最期の思いに触れることができるようになりました。遺族の数だけ辛さや苦しみはあると思いますが、それぞれの思いを共有するこのコラムは時間がかかりますがきっと私のように息詰まった思いを解き放してくれると存じます。これからも細くても継続していただくことを願います。

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親が子に残したもの

ムクドリ

私は幸いにも両親の最期を眼前で看取ることができました。父は腎不全で、母は目立った疾病のない老衰で、特に苦痛はなかった様子がせめてもの救いでしょうか。静かな病室に響くアラーム音、脈拍、血圧の表示が乱れ低下し、やがてグラフが一直線となる。それを呆然と見つめていた自分が今でも心の中に浮かびます。
悲しみ、寂寥感、そしてもっと親孝行すべきだったという後悔とともに脳裏に刻み付けられたのは、自分もやがては同じように死の床に就くという厳然たる事実。それ以来、物事を自分の終末から逆算して考えるという変化が起きました。やがて来る桜の季節も自分はあと何回見られるのだろう。親が逝く前は思ってもみなかったことです。そうやって人生を大切に過ごせ、両親が自らの死をもって子どもに伝えた最後の教育かもしれません。
当時医学生だった我が子もその最期をつぶさに見てきました。これから医師として数え切れない生命の誕生と消失に立ち向かわなければなりません。この経験が活かされることを期待しているところです。

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