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精神科医・松本俊彦のこころ研究所

コラム

辱めは薬物犯罪を減らせるか――イデオロギーか、サイエンスか

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薬物事件報道ガイドライン

 今年の1月末、私は、薬物依存症の当事者や家族、支援者とともに、厚生労働省の記者クラブでメディア関係者に薬物事件報道ガイドラインを提案させていただく機会を得ました。

 この活動に参加したのは、昨年、芸能人・著名人の薬物事件が相次ぐなかで、異様なまでに過熱した報道が、薬物依存症治療の現場に無視できない影響をおよぼしていると痛感する出来事があったからです。

辱めは薬物犯罪を減らせるか――イデオロギーか、サイエンスか

 たとえば、ワイドショー番組では、タレントに逮捕された人の業績を辱めるようなコメントをさせ、街頭インタビューの「がっかりした」「ファンをやめます」という声を拾いつつ、事件を報じました。すると、番組を () た薬物依存症患者の多くが、強く自分を責めるとともに社会における居場所のなさを痛感し、治療意欲を失ったのです。それだけではありません。番組で流される「注射器や白い粉」のイメージカットを目にした患者のなかには、遠のいていた渇望が目を覚まし、薬物を再使用してしまった人もいました。

 「回復を目指して頑張っている患者の足を引っ張らないでほしい」――そのような思いから、薬物事件報道ガイドラインの必要性を感じたわけです。

 幸い、私たちの主張は記者の方々にはおおむね理解が得られ、いくつかの新聞で記事にもしていただきました。しかし、一部からは批判もありました。 (いわ) く、「どうせ治らない薬物依存症の治療に力を入れるより、新たに薬物依存者を作らないことに注力した方が効率的ではないか。それには、取り締まりの強化に加え、薬物犯罪をおかした人への社会的制裁こそが抑止力となるのではないか」。

 なるほど、と思いました。これが一般人の率直な感想なのでしょう。

 実際はどうなのでしょうか。社会的制裁という、「辱め」と「共同体からの排除」は、薬物犯罪の防止に有効なのでしょうか。

薬物戦争敗北宣言

 国内メディアは不思議と取り上げませんが、いま世界中の多くの国が、かつての薬物依存症者を辱め、排除する政策を反省しています。

 歴史的に見ると、最初に「辱めと排除の政策」をとったのは米国でした。1971年、ニクソン大統領は、ニューヨーク市における薬物乱用者の増加を憂い、「米国人最大の敵は薬物乱用だ。この敵を打ち破るために、総攻撃を行う必要がある」と述べ、薬物犯罪の取り締まり強化と厳罰化という「薬物戦争War on Drugs」政策を開始したのです。

 その結果はどうだったでしょうか。

 統計データが明らかにしたのは、実に皮肉な結果でした。取り締まり強化に莫大な予算を投じたにもかかわらず、世界中の薬物消費量は増加の一途をたどり、薬物に関連する犯罪やそれによる受刑者、そして死亡やHIV感染症などの健康被害が激増したからです。そして、厳しい規制が闇市場に巨大な利益をもたらし、かえって反社会的組織を大きく成長させてしまっていたのです。

 こうした検証結果を踏まえ、「戦争」開始から40年を経過した2011年、薬物政策国際委員会(各国の元首脳などからなる非政府組織)は、ある重大宣言をしました。それは、「薬物戦争にもはや勝利の見込みはない。この戦争は完全に失敗だった」という敗北宣言でした。さらに同委員会は各国政府に、薬物依存症者に対しては刑罰ではなく医療と福祉的支援を提供するよう提言をしたのです。

 世界保健機関(WHO)もこの動きに呼応しました。2014年に公表したHIV予防・治療ガイドラインのなかで、各国に規制薬物使用を非犯罪化し、刑務所服役者を減らすよう求めるとともに、薬物依存症者に適切な治療、および、清潔な注射針と注射器を提供できる体制を整えることを提案したのです。

 要するに、「辱めと排除」による薬物犯罪の防止は、いまや国際的には時代遅れとなっているわけです。

ポルトガルの薬物政策

 こうした提言の背景には、ポルトガルが行った大胆な薬物政策の成功がありました。

 2001年、ポルトガル政府は、あらゆる薬物の少量所持や使用を許容することを決定しました。これは「合法化」ではなく「非犯罪化」です。つまり、薬物を使用する人たちを刑務所に収容して社会から排除するのではなく、依存症治療プログラムや各種福祉サービスの利用を促すとともに、社会での居場所作りを支援し、孤立させないことを積極的に推し進めたのです。

 具体的には、薬物依存症者に対する就労 斡旋(あっせん) サービスの拡充、薬物依存症者を雇用する経営者への資金援助、さらには、起業を希望する薬物依存症者への少額の融資などです。いいかえれば、これまで薬物依存症者を辱め、社会から排除するために割いていた予算を、逆に彼らを再び社会に迎え入れるために割り当てたわけです。

 この政策は決して気まぐれな思いつきから立案されたものではありませんでした。たとえば、家族や友人とのつながり、仕事や社会の温かさが薬物依存症からの回復を促進すること、そして、若者を犯罪者として矯正施設に収容すると、その後の犯罪リスクが高まるといった、れっきとした科学的知見にもとづいたものでした。

 もちろん、反対意見もありました。それは、「非犯罪化によって、より多くの若者たちが薬物に手を染め、治安の悪化を招くのではないか」という懸念です。しかし、最終的にポルトガル政府が選択したのは、科学的知見にもとづく対策でした。

 結果的に、この実験的政策は劇的な成功をおさめました。政策実施10年後の評価において、ポルトガル国内における注射器による薬物使用、薬物の過剰摂取による死亡、さらにはHIV感染が大幅に減少し、治療につながる薬物依存症者は著しく増加しました。しかし、何よりも最も重要な成果は、10代の若者における薬物経験者の割合が減少したということでしょう。

 ポルトガルの成功が意味するのは、薬物問題を抱えている人を辱め、排除するのではなく、社会で包摂すること、それこそが、個人と共同体のいずれにとってもメリットが大きい、という事実です。

まちがいだらけの薬物乱用防止教室

 思うに、わが国の敵意に満ちた薬物事件報道を成立させているのは、発信する側・受信する側の双方が持つ、薬物依存症に関する誤った知識と偏見です。そして、それを植え付けられたのは、おそらく学校における薬物乱用防止教育ではないでしょうか。

 私自身、それに携わってきた者として反省を込めていうのですが、薬物乱用防止教室は (うそ) が多すぎます。たとえば私自身、「薬物は1回やったら脳が記憶し、薬物の快感が忘れられなくなる」といった話をよくしてきましたが、だとしたら、なぜ重篤な外傷や手術後の痛みに対して麻薬を投与されても、多くの患者は依存症にならないのでしょうか?(実は、依存症になる少数の患者は、体とは別に「心」にも痛みを抱えています)。

 また、 (おり) に閉じ込められたひとりぼっちのサルに覚醒剤を強制投与し続けると、死ぬまで薬物を使い続ける、という乱用防止教室の定番ネタがありますが、人間はそんな薬物の使い方はしません。孤独に悩む人間が仲間に誘われて、少なくとも最初のうちは仲間との絆を深めるために、仲間とともに薬物を使います。しかも、動物実験で投与される薬物の量は、大抵、人間に換算するとあり得ないほど大量であり、死ぬのは当然です。人間は、少量から慣らしながら徐々に量や頻度を増やしていきます。

 それから、乱用防止教室では、アルコールの危険性が過小視されています。アルコールの有害性については、2010年に英国の神経薬理学者デビッド・ジョン・ナットが『ランセット』誌に発表した有名な研究によって、「様々な薬物のなかで自己および他者に対して最も有害な薬物は、アルコールである」という結論が出ています。

 実際、その通りなのです。すべての依存症患者のなかで内臓障害や脳萎縮が最も深刻なのは、アルコール依存症患者です。アルコールはまた、暴力事件やドメスティックバイオレンス、児童虐待、さらには交通事故にも影響を与えています。それにもかかわらず、多くの人にとって薬物=暴力という印象が強いのは、飲酒下の暴力事件はあまりにもありふれていてニュース・ヴァリューが低い、という報道バイアスによるものです。

 もちろん、薬物が安全だとは少しも思いませんが、薬物の有害性についてもっと中立かつ公平な知識を持つ必要があります。

イデオロギーか、サイエンスか

 妙なたとえ話かもしれませんが、かつて日本で「ヘアヌード解禁」をめぐる議論がなされたとき、反対派の人たちは、自らの倫理観や男性観という一種のイデオロギーにもとづいて、「そんなことをしたら男たちが欲情し、公序良俗の規範が乱れる」と主張しました。しかし、あれから20年以上経過したいま、国内で性犯罪が増加したという事実はなく、むしろ、若い男性の「草食化」や夫婦間のセックスレスが問題となっています。その意味では、この種の問題はなにも薬物に限った話ではないのかもしれません。

 わが国の薬物問題を解決するのに必要なのはイデオロギーなのか、それともサイエンスなのか。もちろん、現状では、「日本もただちにポルトガルと同じことをやるべき」という意見に賛同する人は少ないでしょうが、一つだけ、いますぐ (かな) えてもらいたい願いがあります。その願いとは、「薬物依存症者を辱め、排除することが、薬物犯罪の防止になる」などという妄言はもうやめにしてくれ、というものです。

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松本 俊彦 (まつもと・としひこ)

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長

 1993年、佐賀医科大学卒業。横浜市立大学医学部附属病院精神科助手などを経て、2004年に国立精神・神経センター(現、国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所 司法精神医学研究部室長に就任。以後、同研究所 自殺予防総合対策センター副センター長などを歴任し、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

 『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『もしも「死にたい」と言われたら――自殺リスクの評価と対応』(中外医学社)、『よくわかるSMARPP――あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存臨床の焦点』(同)など著書多数。

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