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虹色百話~性的マイノリティーへの招待

コラム

第73話 辞典・事典の偏見記述を訂正していった時代

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23年前の申し入れが実現した百科事典の改訂

 毎度、他紙の引用で恐縮ですが(だって、読売サンは性的マイノリティー関連記事がめったに出ないんですもの。グスン)、2月5日付の毎日新聞・都民版に、「『同性愛』の記述訂正 『差別的』指摘から23年」という記事が出ていました。

 平凡社の『世界大百科事典』が掲載していた同性愛についての差別的な記述が、当事者団体の指摘を受けてから23年の時を経て、ウェブ版で改められた、というものです。

 ことの経緯は、こういうことです。

 23年前、平凡社『世界大百科事典』の「同性愛」の項目が差別的であるとして、当事者団体が社に改善を申し入れる。平凡社も差別的であることを認め、記述の改訂方針を表明(毎日新聞1993年4月17日付、同10月5日付夕刊に報道あり)。しかし、大部な刊行物のため改訂の機会がないまま時が過ぎる。

 その後、事典作成事業は、平凡社と小学館の出資で設立された一般財団法人「百科綜合リサーチ・センター」に引き継がれる。同センターでは2000年に改訂箇所を集めた別冊を発行し、全面的に記述を改めた「同性愛」の項目も収録。だが、07年に大幅改訂した現行版を刊行する際に、担当者が代わったことなどから修正を見落とし、本体に元のままの表現が残る。

 性的マイノリティーを巡る人権啓発に取り組む金沢大文学部の岩本健良准教授らが、2014年に調査のなかで平凡社の百科事典の記述に問題があることに気づき、その後、1993年に団体の申し入れがあったことを知って平凡社に改善を要望。同社も引継ぎ時のミスを認める。同百科事典は2016年にインターネット上での辞書・事典の有料検索サイト「ジャパンナレッジ」に参入するにあたり、ウェブ版での記述は新しいものに差し替えた。ただ、紙版は次回改訂の見通しは立っていない。

(新聞報道記事と岩本准教授のご教示により構成)

第73話 辞典・事典の偏見記述を訂正していった時代

「動くゲイとレズビアンの会」の1992~94年当時の活動報告集(筆者蔵)

 因果はめぐる糸車という感じの話ですが、そもそものはじめ、23年前に当事者団体が改善を申し入れって……往時 茫々ぼうぼう 、記憶のかなたに かす んでいましたが、これ、私もメンバーだった「動くゲイとレズビアンの会」がやったことのようです(赤面)。ということで、今回は90年代前半の辞典・事典の申し入れや改訂が盛んだった時代を振り返ってみたいと思います。

異常性欲・性倒錯などをつぎつぎ訂正させる

 ネットで検索すればたちどころに、その質はともかく、“情報”が大量に集められる昨今と違い、1990年代までは書籍や新聞・雑誌が情報のメインでした。「同性愛」など自分と周囲の異質性に気づいた思春期の若者も、だれにも相談できないまま、図書館で自分が何者かを解き明かしてくれる記述を求めて、 彷徨ほうこう するのが常でした。

 もっと手軽なのは、机上にある国語辞典。しかし、「同性愛」の項目に躍る「異常性欲」「性対象の倒錯」などの文字には、脳天に一撃を食らう思いがしたものでした。

 90年代の初期、恐々とゲイサークルに集まった若者たちは、まずはライフヒストリーを語り合うところから活動を始めました。隠してきた自分の感情や経験を口ごもりながらも言葉にし、仲間に聞いてもらうなかで、自分のなかに内面化された同性愛嫌悪を克服し、自身を受け入れていったのでしょう。それが海外のフェミニズム――当時はウーマンリブと言ったでしょう――や、さらにさかのぼる黒人運動のなかで使われた「コンシャスネス・レイジング(CR、意識覚醒)」と同じ技法だと知ったのは、後年のことでした。

 そんなライフヒストリーで定番のように出たエピソードが、「国語辞典を引いたら……」だったのです。

 辞典の記述が違っていたら、それほど悩まずに済んだかもしれない。辞典の記述が変わったら、これから悩む人も減るかもしれない。

 そんな思いで、岩波書店の『広辞苑』の記述に対し、「同性愛を異常性欲とする根拠は何か」などの申し入れをしたのは、1991年5月でした。7月には編集部から、「編者をまじえて検討した結果、問題ある記述との認識に達し、次回の刷りより改めたい」と返事がありました。ちょうど10月に第4版への改訂が予定されていたこととも重なり、価値中立的な記述に変更されました。

 まだインターネットで簡単に調べられる時代ではありませんでしたが、私たちも、アメリカ精神医学会「精神障害の診断と分類の手引き(DSM)」では1973年に精神障害から同性愛を除くことを決議していることや、世界保健機関(WHO)の「国際疾病分類(ICD)・第10版」も「性的逸脱と性障害」から同性愛を削除していることを調査していました。そうした添付資料も、相手を納得させるのに力があったのでしょう。

 このことに気を良くしたわけではありませんが(笑)、翌92年の春には、自由国民社『現代用語の基礎知識』、集英社『イミダス』といった、当時よく参照されていた時事用語事典への申し入れを行いました。

 『現代用語~』には「男子同性愛者は乱交的である」、『イミダス』には「男性ホモの場合は、強迫的で反復性のある人間関係がつきまとい、対象を変えることが多い」といった記述がありました。この「強迫的・反復的」は私たちの間でも“流行語”になり、自分たちのがむしゃら活動のさまに重ねて苦笑したことを覚えていますが、実は笑いごとではありません。というのも、当時、青年の家利用拒否をめぐって東京都を相手取り、裁判を行っていましたが、都の職員がこの記述を見て同性愛団体への利用拒否を決めたいきさつがあったからです。

 両社とも申し入れ書面に対し、「差別や偏見を助長する恐れがある。全面的に記述を見直す」などの回答が文書でありました。

 そして翌93年の春には、百科事典を刊行する平凡社、TBSブリタニカ、小学館、学研の4社に申し入れます。記述の問題性として、(1)「性的異常」と決めつける、(2)同性愛をさまざまに分類する、(3)原因探しをする、(4)受動/能動役割や肛門性交などステレオタイプに記述する、を挙げました。こうした記述が「科学的」で「正確な」知識として流通していたのです。

 各社とも謝罪とともに改訂の意向を伝えてきていたものの、冒頭の話に返れば、百科事典は頻繁に増刷・改訂されるものでもなく、私たちも結果を確認まではしていなかったのでしょう。

差別がわかりやすかった時代

 思えば1990年代前半、若くて時間があったということもありますが、仲間たちとずいぶん活発に活動に取り組んだものだと思います。某社の“春のパン祭り”ではないですが、私たちは裁判を提訴した春に毎年、「同性愛者差別撤廃キャンペーン」と称し、諸方面へ集中申し入れをするのが恒例でした。

 当時は世間に同性愛やセクシュアリティーに関する当事者目線での情報が一切なく、乱暴で都市伝説まがいの記述が、書籍や学問業界でもふんだんにまかり通っていました。ただ、社会的に声を上げる人がいなかったのです。上述のCRの営みにより、自分へのプライドを育てるなかで、私たちも声を上げられるようになったのでしょう。

 もっとも、それらは欧米ですでに批判・否定されつくしていたことばかりでしたから、きちんと申し入れれば相手も了解し、改善が約束されました。それだけ活動は「ラク」だったかもしれません。私たちもどちらかといえば楽観的に、この言説の「オセロゲーム」でパタパタとコマをひっくり返し、まだこんなのもあったかと「もぐらたたき」を楽しんでいました。報告集会の二次会などで、当時流行のKANの歌をもじって「かならず最後にゲイは勝つ」と陽気にカラオケで歌ったのも、今だから告白します。

 それから25年。その後も性教育バッシングなど右派の巻き返しの 紆余うよ 曲折はあったものの、当時の「異常性欲」「変態」言説はさすがに見かけることはありません。いまやメディア等には「LGBT」「フレンドリー」の言葉が乱舞し、理解増進が一気に進んだ感もあります。

 しかし、わかりやすい差別こそ見かけなくなったものの、まるで「LGBT」「フレンドリー」と書いておけば問題ないでしょ状態が、私たちが求めてきたものだったっけ、という思いも少しはあり、でも多くの人が“善意”で取り組んでくださっているだけに、その違和感をどう表明したらいいのか、との思いもあるのです。

 もしも私が25年前のように「差別撤廃キャンペーン」を言うなら、今、何を、どう、撤廃させるというのか……。幽霊を追うような難しい時代になったなぁ、と思うのです。

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永易写真400

永易至文(ながやす・しぶん)

1966年、愛媛県生まれ。東京大学文学部(中国文学科)卒。人文・教育書系の出版社を経て2001年からフリーランス。ゲイコミュニティーの活動に参加する一方、ライターとしてゲイの老後やHIV陽性者の問題をテーマとする。2013年、行政書士の資格を取得、性的マイノリティサポートに強い東中野さくら行政書士事務所を開設。同年、特定非営利活動法人パープル・ハンズ設立、事務局長就任。著書に『ふたりで安心して最後まで暮らすための本』『にじ色ライフプランニング入門』『同性パートナー生活読本』など。

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3件 のコメント

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異性愛を「普通」とする発想

トランスパートナー

コラム冒頭の(だって、読売サンは性的マイノリティー関連記事がめったに出ないんですもの。グスン)で、思わずハッとなりました。 永易さんのこのコラム...

コラム冒頭の(だって、読売サンは性的マイノリティー関連記事がめったに出ないんですもの。グスン)で、思わずハッとなりました。

永易さんのこのコラムがあるにもかかわらず、他の側面では読売新聞は、かなりヘテロ・ノーマティブ(異性愛を「普通」とする発想)な気がします。読売の人気掲示板「発言小町」のカテゴリーに「男女」があります。ここは、恋愛、結婚、離婚関連の話題を書き込むところです。たしかに現在の日本では(ネット上の日本語環境は日本に限定されないとはいえ)、結婚・離婚は男女間だけの問題ですが、恋愛も話題のうちなら、それをまとめたカテゴリー名が「男女」というのは…。

このように、日常なんとなく目にしているメディアの記述に、異性愛を「普通」とし、同性愛や両性愛が存在しないかのような発想にもとづくものがいまだに多いです。「異常性欲」や「変態」言説は減ったとはいえ、いまだに存在します。性的指向や性別自認を個人の趣味やイデオロギーと決め付ける発言もまだまだ見られます。

さらに、LGBT当事者による文章などにも、一般の人に誤解を与えるような記述があったりします。例えば、トランスの人が、自分の性別自認の話をしている同じ文脈に性的指向の話を混入させて、よく知らない人が読むと、この二つが別々のことだとは認識できなくなるような文章などもあります。

正しい情報を広く伝えることがいまだに重要と思います。

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