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筋ジストロフィーの詩人 岩崎航の航海日誌

yomiDr.記事アーカイブ

障害者のパソコン活用は、可能性を開く扉

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書くこと、読むことを取り戻す

 病状が進んだ26歳前後、座る姿勢を自力で保てなくなりました。それまでは車いすに座ったり、床に座布団を敷いたりして、テーブルやパソコンデスクの前に座れていたのですが、腰に体重がかかると強い痛みが出るようになり、ほとんどの時間をベッド上で過ごす生活が始まりました。

 いすや床に座れない暮らしというのは、大変に不便なものです。ベッドのリクライニング機能で背もたれを起こしますが、足が伸ばせないため40度くらいしか起き上がれません。顔を垂直に立てられないと正面のテーブルに物を置いても見ることができなくなります。

 真っ先に影響が出たのは、パソコンの使用と読書です。

 パソコンは、横向きの体勢でサイドテーブルにノート型パソコンを置いて片手で操作することになりました。読書も同様に、横向きになってサイドテーブルに本を開いて置き、片手でページを めく って読むことになりました。この方法はとても疲れます。すぐに体や腕が痛くなり、文字を不自然な角度で見るために目にも負担がかかります。長くはパソコンも読書もしていられませんでした。ありふれた生活動作に、まるで筋トレか修行のようなきつさが伴うのでは大変です。立つのであれ、座るのであれ、直立姿勢をとれないというのは意外に大きな喪失なのです。

 パソコンは何とか続けていましたが、腕の力が弱って本のページを捲れなくなってからは、しばらく読書の機会を失ってしまいました。人に頼むにしても数百ページの本であれば、1冊読むだけで何日もかかるでしょう。本を持って1ページずつ開いて見せてもらうのでは短時間しか続けられないため、現実的ではありません。

 「どうしたら楽にできるようになるだろうか」

 あきらめずに方法を探し続けていると工夫が見つかりました。

 ネットで調べていたら福祉用具のオーダーメイドを行っている鉄工所のホームページにたどり着き、 仰向あおむ けに寝たままパソコンの画面を見えるようにできるスタンドがあることを知ったのです。29歳の時、ちょうど岩崎航の筆名で俳句を書きはじめていた頃です。A6サイズの手帳に自筆で詩句を書き留めることも困難になっていたので、パソコンで日常的に文字を記録できるのは大きな希望になりました。

本を裁断してスキャナーで読み込み、読書を手放さずに済んだ

本を裁断してスキャナーで読み込み、読書を手放さずに済んだ

 読書を取り戻したのは、障害者のIT利用を支援する人から、文書を連続で自動で読み取れるスキャナーの存在を教えてもらったのがきっかけです。平置き型で1枚ずつ文書を読み取るスキャナーは持っていましたが、手差しで本の数百ページともなれば、時間と労力がかかりすぎ、何冊も行うのは難しいことでした。しかし、紙の本を裁断し連続スキャンでデータにすれば、早くたくさんの本を私が読める状態にすることができます(※注 購入した本を私個人のみが読み、カットした本は古紙として廃棄します)。

 本を読むことは言葉を書くことと密接に関わります。自分の思考や関心の赴くまま、自由に読書できることを取り戻せたのは、心の自由を得る基礎になっていると思います。それは今の詩作に つな がっています。

社会参加の入り口。人生を切り拓くための道具

 重度の障害によりベッド上の生活を送っていると、体力の乏しさ、介助者と介護タクシー確保などの難しさから、家の中で過ごすことが多くなりがちです。医療と介護で訪問する人は常にいますが、支援者以外での人間関係が持ちにくい状況もあると思います。しかし現在、Twitter、Facebookなど個人交流サイト(SNS、ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の普及が進んだことで多様な人と関わる機会が開かれ、情報を得ることも容易になっています。また何より、社会参加の窓になるコミュニケーションツールとしての活用は、自分の人生を切り ひら くための大きな力になります。私に即して言えば、仕事としての作家活動に結びついた端緒もSNSからのメッセージでした。

 東京にいる編集者とスカイプで顔を見ながら会議していると、自分がベッドから身動きできない体であることが、書く仕事においては何の問題にもならない。障害が障害でなくなっていく自由な感覚を抱きます。自立生活の実現に向けて動いていくなかFacebookやヨミドクターで出会った人もいます。一人でいたら知ることのなかった闘病の経験や生き方に触れると、困難がありながらも躍動した日々を生きている今をうれしく感じます。

 もし、パソコンとインターネットを使うことがなかったら。

 私は詩を書き続けられなかったと思います。そして自分のいる場所を〝閉ざされた座敷 ろう 〟ではなく、〝自ら作る暮らしの場〟に変えていくことは、難しかったでしょう。

 障害者にパソコン活用がもたらすメリットは、利便性以上に、生きていく毎日に希望を開く扉になることを多くの人に知っていただけたらと思います。

 この

 一本の指先が

 動かせるという

 幸い

 百万馬力

 天井と窓辺を

 見ているばかり

 できないだらけの毎日に

 この指先から

 風光るのが見えた

写真:岩崎さん提供

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 読者の皆さんに情報提供のご協力をお願いしたいと思います。

 ご自身、もしくは家族や知り合いに、公的な介護制度で終日24時間ヘルパー介助を得て生活している方はいらっしゃいませんか? 独居の方でも、家族と同居の方でもかまいません。担当編集者(岩永)のメールアドレス( e-yomidr@yomiuri.com )か、コメント欄に、実現するに至った経過を教えてください。障害の状態とお住まいの自治体名も、差し支えない範囲で記していただけるとありがたいです。よろしくお願いします。

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yomidr_iwasaki

岩崎 航(いわさき・わたる)

 1976年、仙台市生まれ。本名は岩崎稔。3歳ごろ、筋ジストロフィーを発症する。現在は胃瘻と人工呼吸器を使用し、仙台市内の自宅で両親と暮らす。25歳から詩作を始め、2013年、詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』、15年、エッセイ集『日付の大きいカレンダー』(共にナナロク社)を出版。16年、創作の日々がNHKのETV特集で全国放送され、話題を集める。公式ブログ「航のSKY NOTE」で新作を発表中。

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