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ケアノート

コラム

[須田哲夫さん]認知症の母、感謝忘れず

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「ありがとう」の大切さ学ぶ

 フジテレビアナウンサーの須田哲夫さん(69)は、施設で暮らす認知症の母(92)を毎日のように訪ねています。昨年4月には、同じ施設で暮らしていた父を亡くしました。「親が老いていく姿を見るのはつらい。でも、いまだに親から学ぶことばかりです」と話します。

夫婦同室の老健へ

[須田哲夫さん]認知症の母、感謝忘れず

「私の進学や就職など、全てにおいて一番喜んでくれたのが母。会いに行くことが、今の私にできる介護だと思っています」(東京都内で)=関口寛人撮影

 両親は元々、東京都品川区の実家で弟家族と暮らしていました。5、6年前、弟から「ガスコンロをつけっぱなしにすることがあって危ない。母さんには料理をさせたくない」と連絡がありました。単なる老化ではないかも、と危機感が芽生えました。

 実家の台所はガスをやめて電気にし、それまで炊事をしたことがなかった父が台所に立つようになりました。父は母の異変を一番感じ取っていたはず。嫌な顔もせず「楽しいよ」と言っていました。

 その父が、90歳を過ぎて心臓の持病を悪化させ、入退院を繰り返すように。母も家で転んで足を骨折してから、歩きにくくなっていました。介護保険を使って訪問看護やショートステイを利用しましたが、弟家族の負担は重く、このまま実家で2人を支えるのは難しい状況でした。

  施設入所についてケアマネジャーに相談。夫婦同室で入れる老人保健施設(老健)を見つけてもらい、2015年12月に入所させた。

 60年以上住み、近所づきあいも深かったから、2人とも実家にいたかったはず。弟が施設の話を切り出すのは荷が重いだろうと考え、私が説得しました。2人は受け入れてくれましたが、父は恐らく、また戻ってくるつもりだったのではないかと思います。

 とはいえ施設での生活は夫婦一緒だったこともあり、徐々に慣れたようでした。家族としても、2人一緒は安心感がありました。

 入所後の春、介護タクシーを手配し、2人を花見に連れ出しました。2人とも車椅子で、父は酸素マスクをしていました。母は「きれいね」と喜んでくれましたが、父はうなずくだけでした。

 無理やり外出させて、父はどう感じたんだろうと考えながら施設に戻った時、出迎えた職員さんが「目がぱっちり開いていますね」と声をかけてくれました。その頃の父は目をつぶっていることがほとんどだったので、「ああ、しっかり見てくれたんだ」と救われた思いがしました。花見から2週間ほどして、父は亡くなりました。91歳でした。

 母は父の葬儀に参列して火葬場にも行きました。なのに「お父さん、出張なの?」と思い出したように聞く。「亡くなったじゃない。お葬式にも行ったじゃない」と答えると、「あ、死んだの」とがっくり肩を落としました。その後も何度も聞かれ、伝える度にがっくりしていました。ようやく最近「いないんだよね」と言うようになりました。受け入れたのだと思います。

車椅子に乗せ散歩

  施設へは毎日、兄弟のどちらかが顔を出すようにしている。須田さんは自宅から自転車で、約20分かけて通う。午前中に訪れ、母を車椅子に乗せて施設近くを散歩するのが日課だ。

 以前は「誰か来た?」「何食べた?」とあれこれ尋ねましたが、もう聞かないようにしています。「わかんないのよ」と不安そうな顔をするので。

 医師から最近、「(認知症が)進んでいますね」と言われます。たとえそうだとしても、私は「認知症の母」ではなく、「母」と向き合っていると考えるようにしています。散歩の道すがら、私が幼い頃の話や、お弁当で好きだったおかずの話などをするとニコニコします。「また作ってよ」「もう散々やったからいいでしょ」などと会話が弾みます。

親子の会話重ねる

  老健はリハビリが主な目的の施設のため、長期入所は難しい。施設からも、新たな場所を探すように言われている。

 母に施設での暮らしについて聞いたことがあります。「家に帰りたい」とは言わず、「あなたたちが来てくれるから、いい」と。次の施設を探すのか、私が母を引き取れる家に住み替えるのか、どちらがいいのか迷っています。環境変化は本人の負担にもなるでしょうから、弟と相談しながら方策を探っています。

 それにしても、施設で暮らすようになって、母は「ありがとう」とよく言うようになりました。私が行くと「来てくれてありがとう」、職員さんがトイレに連れていってくれると「ありがとう、感謝感激」。最上級は「感謝感激雨あられ」。若い職員さんも一緒になって「雨あられ」。人に感謝する大切さを、今なお母から学んでいます。

 今は母を不安にさせないことが、一番大切だと思っています。親元を離れて随分たちますが、今更ながら親子の会話を重ねたいと思っています。(聞き手・古岡三枝子)

  すだ・てつお  1948年、東京都生まれ。慶応大卒業後にフジテレビに入社、アナウンサーとして情報番組「3時のあなた」「おはよう!ナイスデイ」などで活躍。2008年からは「新報道2001」(毎週日曜午前7時30分~8時25分)でキャスターを務める。

  ◎取材を終えて  「今でもあれを超えるものはないね」。須田さんの最高のごちそうは、子どもの頃に母が作ってくれた弁当のおかずだという。晩ご飯で残ったレンコンの天ぷらを甘辛く煮た、おふくろの味だ。記憶のかけらをかき集めながら母と語り合う散歩道が、須田さん自身にも支えになっているのだろう。介護の不安は大きいけれど、親子の関係を見つめ直す貴重な時間でもあることを、須田さんの優しいまなざしが教えてくれた。

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