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麻木久仁子の明日は明日の風が吹く

コラム

48歳で脳梗塞、49歳でまさかの乳がん発覚

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脳梗塞に続き まさかの乳がん発覚

そして今日も仕事の打ち合わせ中。元気に充実した日々を送っています

 我が家はよく人が集まる家で、大学生の娘の友達が遊びに来てくれることもよくあります。そんな時には、若い人向けに少しボリュームのある料理を作ったりするのですが、若い人たちはそれを元気にもりもり食べてくれるので、料理のしがいもあります。若い人たちのおしゃべりを聞いているのも面白くて。近頃の若者は年長者にやさしく、時には私もおしゃべりの輪に入れてくれることもあるのですが、彼らの感性におもいきり笑わされたり、驚かされたりするのはほんとうに楽しいものです。おかげさまで「これこそ若さの 秘訣ひけつ 」と独りごちている次第。どんなに年を取っても「いまどきの若いものは 云々うんぬん 」を言い立てる大人にだけはなるまいぞ。それを言った瞬間から老け込み始めるような気がしませんか?

心の中の若いままの自分にだまされる?

 思えば私が頼る人もなく徒手空拳で芸能界に飛び込んだのは、彼らのような年頃のことでした。あれから三十数年の年月が ったことになりますが、なんだかそんな気がしないのです。心の中にはいまだにあの頃の自分がいるようで、年を取ったことを忘れそうになります。忙しさにかまけて自分の体の健康管理をおろそかにしてしまっていたのも、心の中の若いままの自分にだまされていたからなのかもしれないですね。

 48歳で脳梗塞を患い、幸い軽度で済んで後遺症もないのですが、そのとき初めて 否応いやおう なく自分の体の現実と向き合うことになりました。要は「自分で思うほど若くない」ということなのです。それまでとくに高血圧とか糖尿病とか、これといって数値に表れる異常と縁がなかった私でも、思わぬ体のトラブルにあった。まもなく50歳というときに経験した脳梗塞は「これからの生き方を見直そう」と考える契機になりました。単に食事や睡眠といった体のことのみならず、それまでのような「ただ前進あるのみ」というような仕事の仕方もふくめて、一度立ち止まって、50過ぎてからの生き方のペースを考えてみたいと思うようになったのです。

大台記念で受けた人間ドックで……

 その第一歩として、人間ドックに行ったのは49歳の夏のことでした。それまでにも人間ドックに行ったことはありますが、今回は「50の大台記念」ということで私にとっては心に期するところがありました。48歳で脳梗塞になった時に、若年性ということで、なにか隠れた病気がないか全身くまなく検査していました。結局どこも悪いところは見つからず、脳梗塞も原因不明に終わりましたが、ある意味お墨付きをもらったようなもので、「あとは脳梗塞が再発しないよう体調に気をつけて行けばもう大丈夫」と思っていました。ですので、何も異常が見つかるはずもないけれど、一度すべての項目を人間ドックでチェックして、その「なにも異常がない結果表」を50代のスタートラインに据えたかったのです。

 ところが。ふたたび思いがけないことが起こりました。

 人間ドックにはいわゆるオプション項目があります。男性なら前立腺がんのチェック、女性なら子宮がんや乳がんのチェックといったことです。さて、申し込み用紙を前にして、子宮がんの検査には迷わず申し込みを決めました。日頃、生理痛や生理不順に悩まされていたこともあり、しっかりチェックしておきたいと思ったからです。一方、乳がん検診はどうかというと、あまり必要ないような気がしていました。というのも、私は胸の小さな体格でして、当時の私の素人考えでは「乳がんは胸の大きい人の方がリスクが高い」と思い込んでいたのです。が、いやいや、今回の乳がんは50代のスタートラインなのだから、とにかく全項目埋めよう。そんな軽い気持ちで乳がん検診、マンモグラフィー検査を受けることにしたのでした。

不意打ちの結果に「死」が浮かぶ

 それなのに。出てきた画像を前に、お医者さまが首をかしげてしまったのです。「ん?これは」

 またしても不意打ちでした。「精密検査をおすすめします」という医師のことばに、頭が真っ白になりました。夏の暑さの盛りの頃です。思いもよらない診断にフラフラとクリニックを出ると、見上げた空が雲ひとつない真っ青な空だったことを覚えています。その青々しさを眺めていると、街の音がふっと消えていきました。「死」という言葉が人生で初めて浮かんだ瞬間でした。

 いま、日本人の2人に1人が、一生の間にがんになるそうです。実はがんはとても身近にあるのです。にもかかわらず、人は自分に降りかかるまでは、あまり意識しないのですね。私も、それまで全く考えていませんでした。「なんでなんで?」。健康を確認するための人間ドックのはずが、思いもしなかった方向へ歯車が回り始めたのです。

主治医の言葉に力をもらう

 がんセンターを紹介してもらい、受診の予約を取り、また一から検査をして。

 いよいよ結果を聞きにいく日がきます。ギリギリまで心の中では「ただの乳腺炎でした」というような言葉を期待しています。が、先生の言葉は。

 「左右の乳房、ともにがん細胞がありました」というものでした。左右両側同時のがん発症です。「そうだったか」。かすかな期待は裏切られました。が、 呆然ぼうぜん とする私に、たたみかけるように先生のご説明が始まりました。私のがんは早期で、治癒が十分見込めること、両側に発生したことを考えると、手術後も再発防止策をしっかり取ろうという事。手術は乳房温存で、放射線治療とホルモン治療を組み合わせて対処しようということ。丁寧に説明してくださって、30分後には、「よし! 戦おう! 治すぞ!」という気持ちにさせてくださったのでした。「これから長いお付き合いをしましょうね」。先生のその言葉に、どれほど励まされたことか。生きていてこそのお付き合い。長く生きてこその長いお付き合い。信頼できる医師にめぐり会えた幸運を感謝せずにはいられませんでした。

 いま、術後4年が経過して、5年間のホルモン治療もあと1年。最後まで主治医の指示にしたがって、やるべきことをしようと思いながら日々を過ごしています。

 また、早期に発見できたことで治療の負担が比較的軽くて済んだことを思うと、ぜひみなさんにも検診を受けていただきたいという思いを強くする今日この頃なのです。

(麻木久仁子)

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asagi

麻木久仁子(あさぎ・くにこ)
 1962年、東京都生まれ。学習院大学法学部中退。テレビ、ラジオ番組で司会者、コメンテーターとして活躍するほか、読書家としても知られ、本の紹介サイトHONZや新聞で書評を書いている。2010年に脳梗塞を発症。12年には両胸に発症した初期の乳がんの手術を受け、現在もホルモン療法中。講演会や取材などで闘病体験や検診の大切さを伝えている。2016年には国際薬膳師の資格を取得した。

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