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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

貧困と生活保護(47) 不正受給対策は、過剰にならないように

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 生活保護の不正受給について、前回に続き、もう少し詳しく検討しましょう。

 主なテーマは、<1>不正受給とされている案件の内容はどうか<2>自治体の対策のあり方はどうか――という点です。

 結論からお伝えしましょう。

 <1>不正受給とされた中には細々した案件が多数あり、必ずしも悪意のない「申告漏れ」レベルのものも、行政運用の厳格化によって不正と扱われている、<2>水面下に不正がたくさんあるわけでもないのに、警察OBを含めた防止・摘発体制を増強しても、人件費がかさむばかり――というのが筆者の評価です。そもそも保護世帯の8割は、世帯主が高齢・傷病・障害です。

 生活保護の不正受給は、実態に比べて過大に強調され、対策も過剰な傾向にあると思います。

63条の返還と78条の徴収

 まず基礎知識として、生活保護法に基づいて保護世帯がお金を自治体へ返すのは、2種類のパターンがあることを知っておいてください。

 法63条は、事後調整の意味の返還です。たとえば、救急搬送されて緊急に保護適用になったけれど、後から資産があることがわかったケース、資産はあっても現金が乏しいので保護を受け、資産を処分した後に返還するケース、障害年金を過去にさかのぼって一括して受け取り、それまでの保護費の一部を返還するケース、交通事故などで過去の生活費の補償を含む賠償金を受け取ったケース、福祉事務所が判断や計算を間違えて多く支給していたケースなどです。

 これらは不正ではありません。過去分の返還対象は最長5年分で、年金や賠償金を受け取ったときは、その収入を得るのにかかった必要経費、自立更生に役立つ費用、精神的苦痛に対する慰謝料相当額などを、福祉事務所と協議したうえで返還額から控除する(差し引く)ことができます。

 法78条は、不正の意図があった場合の徴収で、「不実の申請その他不正な手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者があるとき」に適用される条項です。

2012年の課長通知で扱いが実質的に変わった

 2010年代になって不正受給件数が増えた要因のひとつに、行政による扱いの変化があります。

 会計検査院が10年度決算の検査報告(11年11月7日に内閣へ送付)の中で返還金の扱いについて改善処置を要求したのを受け、厚生労働省保護課は12年7月23日、「生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて」という課長通知を出しました。

 この通知は、63条による返還の際の控除の扱いを厳格にするとともに、収入の申告義務を保護世帯へ説明するよう、福祉事務所に徹底を求めました。さらに、78条の不正受給にあたるケースとして「課税調査等により、当該被保護者が提出した収入申告書が虚偽であることが判明したとき」という項目を加えました。

 たとえば勤労収入で、保護の利用者が提出した収入申告書と、事業主が市区町村へ提出した給与支払報告書の額にずれがあった場合、それまでは「不正の意図の立証は難しい」として63条による返還で処理されることがかなりあったのですが、通知によって、ほぼ一律に78条の不正受給扱いになりました。厚労省保護課は「扱いを変えたのではなく、明確にした」と説明していますが、給与額の細かな食い違いや、本人が忘れていた1日だけの仕事の収入も、不正受給とされるわけです。

 税金にたとえると、「申告漏れ」レベルの内容でも、すべて「所得隠し」とされるようなものです。

 保護世帯の高校生のアルバイトは、おおむね月数万円以内なので、申告すれば勤労の基礎控除、未成年者控除、就学費用の収入認定除外などで、たいてい保護費は減らずに実質収入増になります。未申告のバイトは、以前なら収入申告義務の認識不足として63条の返還扱いになることがあったのですが、通知後は、課税調査(税情報)でわかった案件として、大部分が不正受給扱いになっているようです。

2013年の法改正による徴収権限などの強化

 生活保護法は13年12月に改正され、14年7月から本格施行されました。法改正の柱のひとつが不正受給対策で、以下の制度変更が行われました。

  • 福祉事務所による調査権限を拡大強化した(求職活動や健康状態の調査・過去の保護利用者や扶養義務者に関する調査も可能にする規定、官公署や日本年金機構などの回答義務の規定)
  • 78条の徴収金は、裁判手続きを経なくても、自治体が直接、差し押さえできることにした
  • 78条の徴収金は、本人が申し出て、生活の維持に支障がないと福祉事務所が認めたときは、保護費から天引きできることにした(単身世帯は月5000円程度、複数世帯は月1万円程度が上限目安)
  • 78条の徴収金は、自治体の判断で、不正額に40%を上乗せできることにした
  • 不正受給に対する罰則の強化(「3年以下の懲役又は30万円以下の罰金」だったのを、罰金額を「100万円以下」に引き上げた)

 ただし、不正受給件数は、改正法が施行される前の13年度分から横ばいになっています。不正の総額は減少傾向、1件あたりの平均額も年々小さくなっており、法改正の影響は、不正の発見効果としても抑止効果としても、はっきり見えません。

100円単位でも不正扱いにして、事務処理に追われる

 法律家、研究者、支援者などでつくる「大阪市生活保護行政問題全国調査団」が14年、市内24区のうち7区の事務監査資料(09~12年度の監査分)を情報公開請求して分析したところ、合わせて1094件あった不正受給のうち、10万円未満が44.3%を占めました。3万円未満に絞っても23.2%ありました。数千円、数百円という金額で78条を適用している例が多数見られ、住之江区で345円、淀川区で270円、住吉区で150円という事案もありました。

 今回、関西の複数のケースワーカーに取材すると、次のような話が出てきました。

 「申告義務の受け止め方は人によって差がある。パチンコで500円勝ったと言って申告してくる人もいる。年末に勤め先からポチ袋で『寸志』として1000円もらった分の申告を忘れ、事業主は給与支払報告書に入れていたため、不正受給になることがある」

 「本人が忘れていた数千円の休眠口座や、本人名義でも実際に誰が開設したかわからない預金口座が調査で見つかって、不正受給として扱われることがある」

 「福祉事務所側の計算ミスなのに、不正扱いの78条で徴収決定していることがある」

 「数年前から、100円単位の少額でも不正受給として徴収手続きせよ、と上から言われるようになった。理屈はそうかもしれないが、通知の文書を郵送する切手代のほうが高くついたりする。その手の調査や手続きに時間と労力を取られ、家庭訪問など本来のケースワークができない」

 細かな不正受給の事務処理に追われて、肝心の業務が不十分になるのは、本末転倒でしょう。

認識の食い違いでは、というケースも不正扱い

 63条の返還でも78条の徴収でも、「お金は返すので、少額なら」と、本人はそのまま受け入れることが多いようです。とはいえ、不正扱いに納得できず、審査請求や行政訴訟で争う人もいます。たとえば、次のような事例が訴訟になっています。訴状を読む限り、意図的な不正というより、認識の食い違いでは、という印象を受けます。

  • 65歳になったら老齢年金の額が増えるのは福祉事務所もわかっているはずで、保護費の支給額が自動的に調整されると思っていたら、増額を申告しなかったとして不正受給扱いされた
  • 死亡した父の生命保険金を、父の借金の返済に充てたら、保険金は遺産ではなく本人の収入だとして不正受給扱いされた
  • 高校生の娘が修学旅行費用のためにアルバイトすることはケースワーカーに話したのに、その時は何も言われず、後から収入申告していないとして不正受給扱いされた

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原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。2014年度から大阪府立大学大学院に在籍(社会福祉学専攻)。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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