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ぎっくり腰は「動かして治す」…腰痛の改善と治療の新常識

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 日本人の4人に1人が悩まされている腰痛、実は安静にするのはあまり良くないということが、最近の研究で分かってきた。BS日テレ「深層ニュース」では、東大医学部附属病院特任教授の松平浩さんに、「動かして治す」腰痛改善と治療の新常識について聞いた。(構成 読売新聞専門委員・松井正)

「安静にしない」が共通認識

 世界の多くの国の診療ガイドラインには、ぎっくり腰を代表とする腰痛が起こった場合は3日以上の安静は良くなく、痛みの範囲内で動いた方が良いとされています。様々な研究結果から、3日以上安静にした人の方が、ふだん通り動いた人よりも、その後の経過が悪いことが分かってきたのです。腰痛への認識は、以前と大きく変わってきています。

 腰痛の慢性化率は高いですが、信頼できる研究によると、腰痛でクリニックにかかった人の3分の2には、1年後も腰痛があるとされています。今回、街頭でどのような対処をしているか聞いてみたところ、「安静にする」「コルセットや湿布、痛み止め薬を使う」「整体院やマッサージ店に行く」など様々でしたが、一番多かったのが「ストレッチをする」でした。 

ぎっくり腰は「動かして治す」…腰痛の改善と治療の新常識

図1 BS日テレ「深層NEWS」より

 実はこのストレッチはとても良いことで、腰痛を改善するのに効果的です。逆にコルセットは腰の安静につながり、そのことがかえって痛みを過敏にするとされており、安静のし過ぎは“百害あって一利なし”なのです。

 腰痛の新常識についてまとめると、図2のようになります。

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図2 BS日テレ「深層NEWS」より

 動かしながら治し、予防するのが世界標準の考え方です。オーストラリアでは州や国を挙げて、腰痛の専門家や芸能人、著名人が「動いた方がいいよ」とキャンペーンしているほどで、医療費も国民の腰痛も減りつつあります。

 ただまれにですが、糖尿病や免疫が低い病気を抱えている人が、運悪く腰に細菌がついてしまう化膿性脊椎炎の場合や、骨粗しょう症に伴い骨折してしまった時などでは、一時的に安静が治療として必要です。ただそれ以外の人で、安静にした方がいい例は極めて少ないと思います。

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図3 BS日テレ「深層NEWS」より

原因の85%は「不明」

 ほとんどの場合、腰痛の真の原因を見極めることは難しいとされています。世界的にはクリニックにかかる人で、MRI(磁気共鳴画像)やX線検査、医師の診察で原因が特定できるのは、約15%にすぎません。ただ裏を返すと、原因が特定できる病気の中には心配する病気も入っていますので、約85%の方は心配する病気が特になく、いわば「青信号の腰痛」であるのです。

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図4 BS日テレ「深層NEWS」より

 ぎっくり腰は西洋では「魔女の一撃」と言い、原因を示す正式な医学用語ではありませんが、悪い病気がない急性の腰痛のことを、日本ではぎっくり腰と呼ぶことが多いのです。これに対し、世界標準として図4の重篤な赤い色の部分、「赤信号の腰痛」と呼ばれますが、医師が「治療した方がいい」と想定される腰痛を指します。神経症状を出す原因の代表格が脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)と椎間板ヘルニアです。

 約85%の「心配のない腰痛」の中に、なんとなく長引いてしまう、世界的には「黄信号の腰痛」があります。つまり青信号の腰痛は防げるし、コントロールできるのですが、悪い病気がないのに重症化してしまう「黄信号の腰痛」が意外と多く、その原因はストレスや腰痛に対する不安・恐怖といった心理社会的因子だということが、世界的に認められています。

慢性腰痛の原因は脳?

 腰痛に脳が関わっているというのは、例えばぎっくり腰になった時、「どうなってしまうのか?」「いつ治るのか?」と不安や恐怖が強まると、脳のある部分が過剰に興奮して機能を変えてしまいます。人間はよくできていて、痛みが起こると体の中で痛みを抑える物質が出ますが、それが出にくくなってしまう。その結果、痛みに過敏になり、痛みが怖いから安静にして体を動かさないと、腰の部分でも痛み物質が出る――という悪循環になるのです。

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図5 BS日テレ「深層NEWS」より

 医師は患者さんに無駄な心配を与えないことが、腰痛の初期治療として最も重要です。交通事故でのむち打ちもそうですが、初期段階の不安や恐怖が強まると、何年にもわたり痛みや障害を抱えることにつながります。そこを慢性化させないよう、初期に骨折や細菌感染、がんの転移といった重篤な原因がないと分かれば、自分は心配のいらない青信号だと思って、なるべく体を今まで通り動かす方が、経過が良いのです。

 また、今はまだストレス対処法などは病院であまり教えておらず、痛みがあると動いてはいけないと思ってしまいますが、「自信を持って動きましょう」と考え方と行動を修正しつつ教育する治療法を、専門的には認知行動療法※といいます。世界的にその効果が認められており、日本ではまだ導入が遅れていますが、厚生労働省の研究班などで取り組まれています。

※認知行動療法

ものの考え方や受け取り方に働きかけ、気持ちを前向きにして行動を変える治療法

ストレスに対処する

 病院での治療だけに頼らず、生活習慣の中で自らストレスを減らす対策を打てば、脳の機能を良い方向に向けられます。好きな音楽を聴く、アロマをする、楽しく会話をする――など、「コーピングストラテジー」と呼ばれるストレス対処法を、いざという時に自分で選択して使えるよう、訓練することが大切です。

 生活習慣を含めて予防が重要です。病院に行く回数が減れば、医療費全体の抑制にもつながります。青信号の腰痛はそれほど医療費をかけないで、自分でコントロールできると思います。それが世界の主流な考え方です。

 私たちが2011年に全国6万人を対象に調査しところ、20歳代から70歳代までの人の4人に1人が、社会活動を腰痛で休んだことがありました。腰痛は仕事を休む原因としても、日本でトップなのです。さらに、近年休まなくても仕事場で腰痛を抱えると、パフォーマンスが落ちてしまう「プレゼンティズム」と呼ばれる労働的な損失が問題視されています。企業の健康経営に影響する医療経済的な問題もあるわけです。

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図6 BS日テレ「深層NEWS」より

自分でコントロールを

 世界的には今、「自分でコントロールできる」というのが腰痛のキーワードです。専門的には「セルフマネージメント」「セルフケア」と言います。もちろん必要であれば、積極的に医師を頼っていただきたいですし、マッサージや整体院に行くことも否定しません。ただ、受動的治療と言って、受け身で名医を探し求めたり器具や施術に頼る人は、結局腰痛が慢性化して医療費もかかることが分かっています。こういう時はこの体操をすればいいといった具合に、対処法を自ら身に付けていくことが重要だと思います。

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