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医療部発

コラム

仮設住宅で看取られた元特攻隊員

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 生きていく上でお金はあったほうが良いことは言うまでもありません。お金を持って死んでいくことはできないのに、最期の最期までお金に執着する人は少なくないでしょう。

 ではお金も持ち家もなく、独り暮らしで病気も抱えていると不幸な最期しか迎えられないのでしょうか。今は、支援制度の活用と人間関係があれば大丈夫なのではないか、と思っています。宮城県の石巻支局にいた2014年、ある男性の死を取材し、そう思うようになりました。

 石巻市の仮設住宅に住んでいた独り暮らしの89歳男性が14年春、ひっそりと亡くなりました。息を引き取った時は仮設の6畳間に1人でしたが、決して孤独死という状況ではなかったようです。男性は病気を抱えていましたが、訪問看護を利用し、定期的に医師の診察を受け、亡くなる前日までヘルパーやデイサービスの職員らが頻繁に家を訪ねていました。亡くなったのを発見したのはデイサービスの代表者でした。いわば仮設住宅で独居のまま ()() られた、と言える状況だったと思います。

 男性が仮設を訪れる人たちに決まって見せていたのが、第2次世界大戦の終戦1年前に撮影された軍服姿の自身の写真です。男性は元特攻隊員でした。どこか誇らしげで、不安そうな表情の2枚の写真は私も印象に残っています。出陣直前に戦争が終わって命を取り留め、地元に戻って結婚し、商売を始めたそうです。

 しかし20年ほど前に男性は妻を亡くします。すると周囲から「ゴミ屋敷」と呼ばれるほど生活が荒れたそうです。自分を大きく見せたがる性格だったといい、近所とは決して良好な関係だったとはいえず、親類からも見放され、収入はほとんどなくなりました。生活保護を受け、民生委員が支援してきました。そこを東日本大震災が襲いました。自宅兼店舗は津波で壊れ、男性は仮設住宅に移ったものの、次第に体調が悪化しました。担当したケアマネジャーは入院を勧めたものの、酒が好きだった男性は「自由がない病院は嫌だ」と主張したそうです。そこで仮設での独り暮らしを支援するため、食事の提供や訪問診療を受けられるようにケアプランを組みました。

 足腰が不自由なのに、近くのコンビニエンスストアまでよろよろ歩いて酒を買いに行っていたといいます。見かねたコンビニの店長は生活用品を無料で配達し、頼まれればキャッシュカードを預かって現金を引き出して明細と共に届けたそうです。この店長は「こんなサービスをしたのは初めてだったけど、なんだかほっとけなくて」と言います。

 たとえ懇願されたとしても、コンビニ店長が客のカードからお金を引き出すのは、本来は許されないことでしょう。マニュアルに縛られた通常のコンビニでは考えられません。でもこの店長を非難する気にはなれません。目の前の困っている人を助けたい、という気持ちを素直に実践した優しさに頭が下がります。

 民生委員は任期を終えてからも個人的な支援と交流を続け、地域の高齢者を集めて定期的に開く交流会に連れ出しました。機械いじりが好きだった男性は交流会のビデオ撮影を担当しました。100回以上も参加したというから、そこに参加することが生きがいだったのでしょう。

 デイサービスの代表者も、体調が悪化して通所することが難しくなっていた男性宅に通い続け、話し相手になりました。1円のもうけにもならない見守り活動でしたが、お金をもらってサービスを提供している間だけは支援するという考えではありませんでした。

 男性はある意味、自分勝手に生き、人に迷惑をかけ続けました。だがそれでも周囲の人は支援の道を閉ざしませんでした。元民生委員は「思うままに生きて、幸せだったんじゃないか」と振り返ります。天性の人懐こさや、支援を受けていることを卑下しない明るさがあったのかもしれません。それ以上に、生活に困っている人が少しの支援で自立できるなら、その苦労を惜しまない周囲の優しさがあったことは言うまでもありません。

 これらの出来事は、人間関係が濃密な石巻という田舎だから起きた幸運なケースなのかもしれません。でも弱者を支える生活保護、訪問医療、介護保険などの制度や社会の仕組みが根底にあったからだということは忘れてはなりません。その上に、マニュアル通りではない心優しい人たちとの交流がありました。

 老後の不安に備え、現役世代がお金をため込んで使わないことも日本経済が停滞している理由の一つだと指摘されます。お金がなくても、弱者を支える制度と、人と人の結びつきがあれば何とかなる。そう思えれば、超高齢社会を生きていく不安が少しは減るのではないでしょうか。

 高齢者のお金と医療にまつわる体験談をぜひお寄せください。

高齢者の「医療とお金」体験談を募集しています。

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石塚 人生(いしづか・ひとせ)

1999年から医療情報部で約7年間、小児医療、神経難病などを担当した。東日本大震災発生時は東北総局で、石巻支局長を経て2015年6月から医療部。

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医療部発12最終300-300

読売新聞東京本社編集局 医療部

1997年に、医療分野を専門に取材する部署としてスタート。2013年4月に部の名称が「医療情報部」から「医療部」に変りました。長期連載「医療ルネサンス」の反響などについて、医療部の記者が交替で執筆します。

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