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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

見えないはずのものが見える! 幻視の世界を絵で再現すると…

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見えないはずのものが見える! 幻視の世界を絵で再現すると…

 「見えないものが見える」

 これは、私が昨年、日本ロービジョン学会で教育講演をさせていただいたときのタイトルです。前回、視覚陽性現象の代表格として触れた、「シャルル・ボネ症候群を中心に」というサブタイトルもつけました。

 この症候群は、両目の病気で、視機能を著しく低下した症例の一部の方に見られ、さまざまな幻視が出現するものです。頻度は報告によってばらつきますが、両眼視力0.1以下になった人の10%くらいの人が経験するといわれます。具体的な人や物体の場合もあれば、形や模様などのこともあります。

 図は、私の患者さんの一人が、私がそのような講演をすると聞いて、自分がこれまでに見えた幻視の内容を専門家に描かせて、提供してくださった絵の一つです。

彼女は、本症候群を長く体験している網膜色素変性の方で、「セアまり」のペンネームで盲導犬との生活を描いた「もうどうけんふりふりとまり」などの絵本を出版している、絵本作家でもあります。

 見せていただいたときは、こんなに 精緻(せいち) で鮮明な模様が見えるのかと驚き、感心しました。この模様はむろん現実に存在するものではなく、本人もそれは承知しています。そこが、精神病などで出現する幻視との大きな違いでもあります。

 模様で現実の像が隠されることもあれば、その後ろに (ゆが) んだ現実の像が見えることもあるそうです。ずっと見えているわけではなく、急に出現したり、変化したり、消えたりするとのことです。

 私は、この方を含めて、12症例(男女比7:5、年齢52~80歳)のシャルル・ボネ症候群を持つ方が、どんな幻視が出るのか、カルテの記載から調べてみました。内容はとても多彩で、一人で何種類も見える例もあれば、同じようなものが繰り返し出るという方もいました。

 一番多いのが、模様や形ですが、次いで人間や動物も見られるといいます。ただ、実在しない、動物のような人間や、人間のような非人間像が出ることも少なくないとのことです。

 視覚情報を受け取り、その情報処理の役割を担っている脳の各部位( 領野(りょうや) )では、待っていても目からの情報が十分入力されてこないと、そこを架空の像で埋めようとするようです。それが幻視となってしまうのですが、不思議に記憶の中にある風景や像よりも、新たに創造されたようなイメージが多いのは、人間の想像力の豊富さを示しているのかもしれません。

 当院には、こうした幻視が見えるという共通点のある視覚障害の患者さんたちで作った「ボネの会」という患者友の会があり、今では幻視の有無によらず視覚障害者の方々の情報交換の場になっています。

 その会の発起人の一人が話してくれました。

 「家の風呂に入ると、決まってむこうに2、3人の人が入っているのが見える」

 私は、お (うち) に随分大きな風呂があるのだなと思いながら、

 「一緒に入っているのは、男性ですか、女性ですか」

 と聞いてみました。

 彼は笑って、

 「それが残念ながら、全員男性なんだ」

 この方は、両目の緑内障で失明に近い状態にある70歳代男性。

 職業は精神科医なので、幻視の内容や成り立ちについて、診察室で会話がはずむのです。(若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。北里大学医学部客員教授、日本神経眼科学会理事長などを兼務し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ、副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」(春秋社)、「健康は眼に聞け」(同)、「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、医療小説「高津川 日本初の女性眼科医 右田アサ」(青志社)、「茅花流しの診療所」(同)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・執筆活動のほか、NPO法人などのボランティア活動に取り組む。

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