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がん患者や高齢者を在宅で診る立場から 新城拓也

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

「最期は苦しみますか?」 全ての苦痛は緩和できるか(下)

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テーマ:「安らかな死とは何か?~取り切れない死の苦痛への対処法」

 私は、自分自身の治療技術の限界によって、患者さんの苦痛が残ってしまうことになっているのではないかと、自己嫌悪を感じることもあります。一方で、自分自身は10年以上緩和ケアを専門としており、自分の限界は緩和ケアの限界と考えてよいのではないかとも、どこかで思っているのです。自分は医師として、今までもこれからも不完全で未熟なままかもしれません。それでも、自分の技術を高める努力を続けながら、不完全で未熟な自分のありのままの姿で、目の前で苦しむ患者さんから逃げ出さず、向き合い続けなくてはならないのです。そう覚悟していつも患者さんと向き合っています。

 医師は、自分の技術の限界を感じたとき、さらに技術のある医師、設備の整った病院に、患者さんを送る判断をするのが当たり前です。私は、鎮静治療の経験を 前編 で書いた患者の岸純司さんにも「病院に入院しますか」と何度も尋ねました。もし、「はい、入院します」と言ってくださったら、自分の心の負担もなくなっていたでしょう。自分の視界から苦しむ患者さんがいなくなることで、医師としての苦痛から緩和される、そして、自分が鎮静という責任ある治療に手を染めなくてもよくなる――。そんな考え方もあるかもしれません。

 結局、岸さんは、「入院しない」とはっきりと答え、そのまま自分の家で私の治療を受け続け、鎮静の治療を受けることになりました。最期まで自宅で過ごすことを選ぶと同時に、私を最後の医師として選んだのです。もう逃げられません。意識を保ったままで、苦痛が緩和されるよう考え、実行しながらも、どこかで限界を判断しなくてはなりません。この判断こそが、医師としての職業的な使命であり、人の生死に関わる医師の大きな社会的責任と考えています。

不完全な自分の心を支えるもの

「最期は苦しみますか?」  全ての苦痛は緩和できるか(後)

看護師、薬剤師ら様々な医療スタッフとミーティング。情報を共有して、率直に意見交換し、患者さんに最善の医療を探す

 こんな不完全で未熟な自分の心を支えているのは、看護師、薬剤師、そして医院のスタッフが私と患者さんとの間にどんなことが起こっているのか、常時知っていてくれることです。そして、いろいろな助けをしてくれています。しかし、やはり何より自分を支え、苦しみの現場で とど まり続けることができるのは、患者さんたちの言葉です。「先生がずっと死ぬまで治療してくれ、先生がいい、先生で良かった」と私への信頼を言葉にしてくださるからです。岸さんご家族が、「先生が一番良いと思う方法で、苦しみから救ってやってください。先生を信頼しています」と真っすぐに目を見て話してくださったからなのです。この信頼があるからこそ、私は治療を続ける事ができますし、自分の限界を自覚しつつも、最善を尽くせるのです。

 鎮静を経て亡くなった岸さんですが、残されたご家族はその後もその家で生き続けなくてはなりません。私にできることは、そのご家族と、患者さんが亡くなってからも関係を持ち続けることです。患者さんが亡くなってからも、ご家族と会い、線香をたむけ手を合わせてから、鎮静という治療も含めてどんなことを考えているのか、語り合っています。この語りを通じて、私とご家族は患者さんとの時間を懐かしみ、かつての時間を慈しみ、そして慰め合っているのです。語り合いの時間には、決して苦しみ抜いた悲しいことばかりを思い出すのではありません。つい、くすっと笑ってしまうような思い出もあるのです。鎮静を巡る苦しみの時間の中でも、ユーモアに満ちた時間もたくさんあり、残った私たちの心を癒やしていきます。患者さんの死という大きな喪失と同時に、私とご家族との間には心がつながる創造があるのです。

 苦痛を緩和する最後の手段として、一部の患者さんには鎮静は確かに必要です。しかし、同時に私は、自分の関わる全ての人が、鎮静をしなくてもよいように、苦痛なく過ごしてほしいと心から願っています。今よりも医療や看護、ケアが進歩して、鎮静が必要なくなる日を待っています。

「鎮静」をする医師には何が必要か

 さて、「鎮静」を実際に行う医師が習得すべき重要なことについて述べます。「鎮静」のガイドラインは存在していますが、読んだだけでは、よりよい方法で鎮静を実行することはできません。終末期の苦痛を判断し、患者さんとそのご家族にきちんと説明し、安全な方法で鎮静薬を投与できるようになるには、医師にも教育と経験、そして治療に対する責任が必須なのです。

 私もいろいろな病院で勤務、見学した経験から、「鎮静」についてのさまざまな問題点を感じるようになりました。まず終末期の苦痛の判断です。在宅医療のある医師は、「人は生まれてくるときにも苦しい思いをする以上、亡くなるときも苦しいのが普通なのだ」と、私から見れば相当苦しそうにしている患者さんをそのまま静観していました。

 確かに患者さんの意識も亡くなる前はぼんやりしてくるので、常時苦しそうにしているわけではないのですが、苦しそうに起きているときと、どうにか眠れているときとが短い時間で繰り返される毎日に、ご家族も相当疲労し、苦痛を感じているように見えました。私は相当苦しいのだろうと思ったのですが、患者さんの治療を担当している医師はそれほど苦しくないと考えたようです。患者が苦しんでいるかどうか、医師がどう判断するのかにより、「鎮静」するかしないかの判断に差が出ると感じました。

 次に医師の信念です。「『鎮静』というのは、鎮静薬で意識がなくなりそのまま亡くなるのであれば、何ら安楽死とは変わらない。直接、鎮静薬で命を奪っているわけではないにしろ、対話ができなくなるということは、社会的な死である。人道的に許しがたい」と主張する医師がいました。私から見れば、苦しみの真っ 只中ただなか にいる患者さんは周りの家族との対話どころではなく、 朦朧もうろう とした意識の中でまとまりのない独り言のような言葉をつぶやきながら、ただ「苦しい」「苦しい」と言い続けるのです。このような患者さんの苦痛をそのままに放置することの方が、私は人道的に許しがたいと感じました。

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ガイドラインを読み、ルールを理解しておくのは大前提。私たちは、その先を個々の患者さんに応じて考え抜かなければならない

 さらに、医師の技術です。「鎮静」に使う鎮静薬は、健康な人たちの苦痛を伴う検査をするときに使う薬と同じとはいえ、相当慎重に投与しないと、効きすぎれば、呼吸が止まってしまうこともあります。衰弱したがん患者にとって、どのくらいの量が適切なのか、確かにガイドラインや本、論文には書かれていますが、経験が十分ではない医師にとっては、「苦痛が緩和される」利点よりも、「呼吸が止まる」危険を重くとらえ、鎮静の治療を始めることに 躊躇(ちゅうちょ) してしまうのです。鎮静薬の使い方については、経験が十分な医師が そば に付いてきちんと教育する必要があり、本を読んで即実践するといった聞きかじりの知識では実行してはいけないと感じます。

 もう一つ大切なことは、医師の責任です。私は総合病院で週に1日だけ非常勤医師として働いています。私自身には緩和ケアの経験と知識があるわけですが、週に1度だけしか診察しない患者さんがどれだけ苦しんでいたとしても、その苦しみから救うために「鎮静」をその場で始めることはできないのです。患者さんが間もなく亡くなるであろうという見通しを立てて、他に苦痛を緩和する方法がないかを、患者さんに関わる他の医療者と話し合い、患者さんとそのご家族に現状を全て説明し、その上で医師として患者さんの苦痛を緩和するには鎮静するほかないということを伝えなくてはなりません。さらに、患者さんが判断できれば患者さんとそのご家族、判断できなければご家族に、鎮静を始めるかどうかの決定を促さなくてはなりません。週1回しか患者さんを診察しない私が、鎮静の開始に関わる責任をとれるわけがありません。経験と知識だけではなく、患者さんの治療に対する責任がなくては、「鎮静」は実行できないのです。

一般の人と専門家の認識のずれ

 さて、「鎮静」と、「安楽死」「医師による自殺 幇助ほうじょ 」の区別について、日本で行われた2003年の調査では、がん治療と緩和ケアに関わる医師は、「鎮静」と、「安楽死」「医師による自殺幇助」は明確に区別できると考えているが、一般の人たちは、両者はほとんど同じものだと考えていることが 分かりました 。私のような緩和ケアの専門家と一般の人たちの間には、「鎮静」に関してまだまだ大きな考えの開きがあることを示しています。

 私は、ホスピスを始め多くの病院で今も行われている「鎮静」は、医療を受ける患者さん、医療を提供する人たち、そして市民の皆様がもっと知るべきだと考えています。それぞれがこの問題を考え、議論してほしいのです。そのために私はこの文章を書いています。

 メディアでは2016年1月にNHKテレビの「クローズアップ現代」にこの「鎮静」が初めて番組として放映され、私の実践も 紹介されました 。今までに多くの意見を頂きましたが、「鎮静」があるなら安心したという方、このような治療は知らなかったという方、「鎮静」は非人道的だという方、安楽死と同じだという方、いろいろな意見を頂きました。

 患者さんから「最期は苦しみますか??」と聞かれたとき、「ほとんどの人は苦しみません。もし苦しんだときも必ず何か治療を(方法を)探します」とこれからも私は話すでしょう。医師として、患者さんに最適な治療を考えるのは自分であるという宣言とともに、もし苦しんだときの治療を考え続けると誓います。そして、自分の医療技術の 研鑚けんさん はこれからも続きますが、現実にがん患者さんの苦しみが取れないときは、「鎮静」の実践が必要不可欠と考えています。

 さてあなたは、「終末期の苦痛を緩和するための鎮静」についてどう考えますか?

 ※文章中の「鎮静」とは、「持続的な深い鎮静」(continuous deep sedation)のことを指します。「持続的」とは、鎮静を開始してから亡くなるまで持続すること、「深い」とは、会話ができないほど意識を深く鎮静することを意味します。

【略歴】

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新城拓也(しんじょう・たくや) しんじょう医院院長

1971年、広島市生まれ。名古屋市育ち。1996年、名古屋市大医学部卒。社会保険神戸中央病院(現・JCHO神戸中央病院)緩和ケア病棟(ホスピス)で10年間勤務した後、2012年8月、緩和ケア専門の在宅診療クリニック「しんじょう医院」を開業。日本緩和医療学会理事、同学会誌編集長。共編著に『エビデンスで解決!緩和医療ケースファイル』『続・エビデンスで解決!緩和医療ケースファイル』(ともに南江堂)、『3ステップ実践緩和ケア』(青海社)、単著に『患者から「早く死なせてほしい」と言われたらどうしますか?―本当に聞きたかった緩和ケアの講義』(金原出版)など著書多数。

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さよなら・その2-2-300-300シャドー

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

 終末期医療やケアに日々、関わっている当事者や専門家の方々に、現場から見える課題を問いかけて頂き、読者が自由に意見を投稿できるコーナーです。10人近い執筆者は、患者、家族、医師、看護師、ケアの担い手ら立場も様々。その対象も、高齢者、がん患者、難病患者、小児がん患者、救急搬送された患者と様々です。コーディネーターを務めるヨミドクター編集長の岩永直子が、毎回、執筆者に共通の執筆テーマを提示します。ぜひ、周囲の大事な人たちと、終末期をどう過ごしたいか語り合うきっかけにしてください。

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1件 のコメント

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安楽死とは少し違う

小児外科医の松っちゃん

子どもでは、モルヒネの飲み薬・貼り薬から始めてフェンタニールの持続静注に移行することが多かったです。たいていは、これで眠ってしまいます。稀に、興...

子どもでは、モルヒネの飲み薬・貼り薬から始めてフェンタニールの持続静注に移行することが多かったです。たいていは、これで眠ってしまいます。稀に、興奮してしまう子には鎮静剤も使いました。安楽に死ぬことが目的ではなく、残りの命を少しでも快適にすることを心がけました。安楽死という表現はちょっと違うと思います。

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