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精神科医・松本俊彦のこころ研究所

コラム

危険ドラッグ狂騒曲の時代――規制強化の功罪を考える

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危険ドラッグ騒動

 2011年から3年ほど、私の外来は、連日、多数の危険ドラッグ依存症患者でごった返していました。まるで学校の健康診断のような勢いで次々に診察をこなしながらも、私は、患者が示す症状や薬物渇望の激しさにしばしば 呆然ぼうぜん としていました。「どう考えても覚せい剤よりも危険だ」。それが率直な印象でした。

 そうこうするうちに、危険ドラッグを使用したドライバーによる自動車事故が報じられるようになりました。確か2012年頃のことです。同様の事故報道は日を追って増えていき、2014年に入ると、連日、新聞やテレビは、各地で発生した危険ドラッグ関連の事故報道で持ちきりという状況になりました。

 しかし、この「危険ドラッグ狂騒曲」の時代は、2015年に入ったとたん、唐突に 終焉しゅうえん します。関連ニュースはぷっつりと途絶え、私の外来にも、危険ドラッグ依存症患者が新規に受診することはなくなりました。

 普通ならば、ここは「めでたし、めでたし」と素直に喜ぶべきところなのでしょう。しかし、私は少し複雑な気持ちを抱いています。

 今回はその理由について書きたいと思います。

危険ドラッグとは何か

 危険ドラッグとは、含有成分の化学構造式を「樹木」にたとえると、「幹」の部分はそのままで、「枝葉」の部分に少しだけ改造を加えた薬物のことです。わが国では規制対象薬物は化学構造式で定義されているので、こうした改造を施せばその薬物は、違法薬物と同じ効果を持ちながらも、うまいこと規制に引っかからなくなります。

 もちろん、国も手をこまねいていたわけではなく、新たな改造薬物を見つけ次第、 しらみ 潰しに規制していました。しかし、危険ドラッグ開発者は、そうした規制に先んじて、「枝葉」にさらなる改造を施し、巧みに規制の網の目をかいくぐってしまうのです。まるで「モグラ叩き」、いや、より正確にいえば、「同時多発的に出没するモグラを前に、ハンマーを片手に呆然」という状況だったわけです。

 おそらく開発者は徹底的に日本を狙い撃ちしていたのだと思います。というのも、わが国の薬物マーケットでは、「脱法」であることが非常に高く評価されるからです。事実、同じ危険ドラッグ製品でも、含有成分が未規制のうちは高値で取引されていても、規制対象にリストされるやいなや、ダンピング同然の たた き売りとなっていました。

 皮肉な話ですが、わが国の厳しい規制と日本人の高い 遵法じゅんぽう 精神が、危険ドラッグの市場価値を高めていたわけです。

規制強化がもたらしたもの

 こうした「モグラ叩き」に終止符を打つべく、国が打ち出した新たな規制が「包括指定」という方法でした。これは、従来の、「『枝葉』を改造した新成分を発見した都度、後追い的に規制する」という方法ではなく、「『幹』に当たる部分を先取り規制し、『枝葉』をいくら改造しても、『幹』の構造が同じならアウト!」という方法です。

 すでにその時点で、危険ドラッグの主要成分には二つの系統の「幹」があるとの目星がついていました。一つは、「合成カンナビノイド」(大麻に含まれるテトラヒドロカンナビノールの類似成分)で、乾燥植物片に薬品をまぶした、いわゆる「脱法ハーブ」に含まれていました。そしてもう一つは、「カチノン」(覚せい剤類似成分)で、粉末状や液体状の製品に含まれていました。

 そこで、国は、まず2013年3月に合成カンナビノイドに対して、次いで2014年1月に、カチノンに対して包括指定を実施しました。これら主要成分2系統を封じれば、開発者も手詰まりになるにちがいないと踏んだわけです。

 ところが、予想は見事に外れました。2回目の包括指定を終えた頃から、危険ドラッグを使用した者が見せる症状が、かつてないほど深刻なものとなってきたからです。けいれん発作や全身硬直、激しい錯乱状態、意識障害、 横紋筋おうもんきん 融解症(全身の筋肉が溶け出す病気)などの重篤な身体合併症、さらには、死亡者まで報告されるようになったのです。池袋の事故をはじめとして、各地で危険ドラッグ使用下での交通事故が急増したのも、ちょうどこの時期と一致します。

 私は、「合成カンナビノイドでもカチノンでもない、もっと危険な、未知の成分を含有する薬物が登場したのではないか」と直感しました。そのとき脳裏をかすめたのは、禁酒法時代のアメリカで起きた、あまり語られていない悲劇――禁酒法が密造酒の流通を促し、その結果、メチルアルコールによる失明者や死亡者が続出したという事実――のことでした。

 誤解しないでほしいのですが、私は「薬物の規制はダメだ」と言いたいのではありません。むしろ、個人の健康や社会の安全を守るためには規制は重要だと考えています。

 しかしその一方で、規制が引き起こす弊害への目配りも必要です。たとえば、覚せい剤取締法制定は、「ヒロポン」(当時の覚せい剤)乱用者を街から一掃するのに有効でしたが、その反面、覚せい剤を暴力団の資金源へと変え、乱用者拡大の目的から、純度を高めた、より強力な依存性を持つ製剤の流通を促した面もあったわけです。

 危険ドラッグの場合はどうでしょうか。私は、少なくともある段階までは、規制強化は個人の健康被害をより深刻にし、交通事故などで社会の安全を脅かす事態を促したと考えています。

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松本 俊彦 (まつもと・としひこ)

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長

 1993年、佐賀医科大学卒業。横浜市立大学医学部附属病院精神科助手などを経て、2004年に国立精神・神経センター(現、国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所 司法精神医学研究部室長に就任。以後、同研究所 自殺予防総合対策センター副センター長などを歴任し、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

 『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『もしも「死にたい」と言われたら――自殺リスクの評価と対応』(中外医学社)、『よくわかるSMARPP――あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存臨床の焦点』(同)など著書多数。

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