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精神科医・松本俊彦のこころ研究所

コラム

危険ドラッグ狂騒曲の時代――規制強化の功罪を考える

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本当に終焉なのか

 ともあれ、冒頭にも述べたように、2015年に入った途端、危険ドラッグ狂騒曲の時代は唐突に終焉を迎えます。原因は明らかでした。2014年11月に国会で成立した改正薬事法です。この法律に、立ち入り検査命令や販売等停止命令の対象を拡大し、「何となくヤバそうな製品は売っちゃダメ。どうしても販売したきゃ、自分たちでその安全性を科学的に証明しろ」という内容が盛り込まれたのです。これにより、全国各地の危険ドラッグ販売店はいっせいに撤退しはじめました。

 最終的に、この改正薬事法制定以降、販売店舗は一掃され、危険ドラッグ絡みの事故や事件も聞かなくなったわけです。

 これで一件落着でしょうか。

 私にはなかなかそうは思えないのです。なるほど、2015年以降、危険ドラッグ依存症患者の新規受診は途絶えましたが、元・危険ドラッグ依存症で、いまは覚せい剤や大麻に依存する新規患者は、いまだに受診してきます。そのせいで、この終焉は、いわば「見せかけの終焉」にすぎないのではないか、という疑念をいまだ払拭できません。

 気がかりなデータがあります。

 私たちの研究チームが隔年で実施している、薬物関連障害患者(薬物使用により何らかの症状を呈し、精神科病院で治療を受けた患者)の全国調査は、興味深い事実を示してくれます。その事実とは、2012年から2014年にかけて、危険ドラッグ関連障害における依存症該当率が59.3%から75.5%へと大きく跳ね上がっている、というものです(図)。ちなみに、同じ時期、覚せい剤関連患者における依存症該当率には統計的に意味のある変化は見られていません。

図: 全国の精神科病院で治療を受けた危険ドラッグ関連障害患者の依存症該当率の2012年から2014年にかけての推移: 覚せい剤関連障害との比較(Matsumoto et al, Psychiatry and Clinical Neurosciences, 2016)

図: 全国の精神科病院で治療を受けた危険ドラッグ関連障害患者の依存症該当率の2012年から2014年にかけての推移: 覚せい剤関連障害との比較(Matsumoto et al, Psychiatry and Clinical Neurosciences, 2016)

 この結果は、さまざまな規制強化にもかかわらず、危険ドラッグの依存症――「自分の意志ではやめられない、とまらない」という病気――に 罹患りかん する患者はむしろ増加した可能性を示唆しています。

 ここにわが国の課題があります。国が薬物対策に取り組む際には、「車の両輪」となるべき二つの対策の方向性が必要です。一つは、「供給の断絶」です。これは、危険な薬物が国内に流通しないように、規制や取り締まりを強化することです。そしてもう1つは、「需要の低減」です。これは、薬物を欲しがる人――薬物依存症者――を減らすこと、つまり、依存症の治療なのです。

 依存症に罹患している人の場合、危険ドラッグが入手できなくなれば、今度は別の薬物へと依存対象を変える可能性があります。平成28年度版犯罪白書には、大麻取締法違反による検挙者数が26、27年度と急激に増加したと報告されていますが、もしかすると、これは、水面下における危険ドラッグから大麻への移行を間接的に示すデータなのかもしれません。

危険ドラッグの「メリット」

 最後に、危険ドラッグの「メリット」に触れておきましょう。

 危険ドラッグは恐るべき薬物でしたが、一つだけよい点がありました。それは医療アクセスのよさです。覚せい剤依存症患者の場合、初めて覚せい剤を使ってから専門治療につながるまでに一般に10年以上の歳月を要しますが、危険ドラッグ依存症の場合、初回使用からわずか数か月で治療につながっていたのです。

 なぜ、これほどまで医療アクセスがよいのでしょうか。もちろん、危険ドラッグが引き起こす症状の激しさも影響はしているでしょうが、それだけではありません。実は覚せい剤依存症患者にしても、かなり早い段階で仕事や家庭生活に支障を来たしたり、逮捕されたりと、困った問題が生じているものなのです。それでも受診を 躊躇ちゅうちょ するのは、「病院で正直に覚せい剤のことを話すと、警察に通報されるのでは?」という不安があるからです。危険ドラッグの場合、そうした心配は無用でした。

 あたりまえですが、早期治療にはメリットがあります。薬物使用期間が短ければ、依存症の重症度は比較的軽く、まだ仕事や家族、友人も失っていないため、治療後に戻れる居場所が残されています。当然、薬物依存症からの回復は容易となります。

 危険ドラッグ狂騒曲の時代は、私たちに重要な問題を投げかけてくれているような気がします。私たちは、対策の過程で何を得て何を失ったのかを吟味し、今後の薬物対策への教訓として生かしていく必要があるでしょう。

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松本 俊彦 (まつもと・としひこ)

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長

 1993年、佐賀医科大学卒業。横浜市立大学医学部附属病院精神科助手などを経て、2004年に国立精神・神経センター(現、国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所 司法精神医学研究部室長に就任。以後、同研究所 自殺予防総合対策センター副センター長などを歴任し、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

 『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『もしも「死にたい」と言われたら――自殺リスクの評価と対応』(中外医学社)、『よくわかるSMARPP――あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存臨床の焦点』(同)など著書多数。

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