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「認知症、ってなんだろう」

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「認知症、ってなんだろう」

イラスト・名取幸美

 田中美恵子さん(仮名、75歳)が言うには。

 田中さん「先生」

 私「あっ。ども。あっ、お友達と旅行。どうでしたか」

 田中さん「私、アルツハイマー型の認知症ということでしたよね」

 唐突に切り出されます。

 私「えっ。そうそう」

 田中さん「でも、友達の中には私よりも、忘れ物したり、外出先でしょっちゅう間違った方角に歩きはじめたりする人がいるんです。しかもその人たちは『もともとだから』と気にするわけでもなく、病院なんかには行きません。ではなぜ私は認知症で、友達は認知症じゃないんでしょうか? 認知症って何なのか。とても戸惑っています」

 私「ほごぉーー」

 私はいろいろな思いが交錯し、思わず意味のない言葉(「ほごぉーー」)を発してしまいました。

 そこにあるのは本人の理不尽と思う気持ちと、自分の今の根源の悩みである、認知症。そもそも認知症ってなんだろう、という素朴にも聞こえる疑問。しかし、そのときの本人の深刻さは計り知れない。不全感。幾重にも確認しなくてはいけないことがあるような気がします。一筋縄では解ける感じがしない。 忽然こつぜん と現れた高い壁。

 ひとつひとつ考えて、この壁を越えていきましょう。

 認知症とは「症候群」の名前です。症候群とは一連の状態(症候)の集合体。症候名や病名を医学的に決するのは医師です。高血圧症とか糖尿病とか、がんもそうですね。医学的な検査を経ていろいろな病名を医師が診断します。医学上の症候名である「認知症」については、どうしても医師が介在せざるを得ない。自分で自由に「認知症である」と公に宣言することができない、という制約が他の病気と同様にあります。医療機関に行かなければ、その病気である、とすることができない(参考 「医師法第十七条 医師でなければ、医業をなしてはならない」 そして医業に診断が通常含まれます)。

 さて、よく聞くところの「アルツハイマー」。これはアロイス・アルツハイマー(Aloysius Alzheimer)氏の苗字。ドイツの医学者。ちなみにレビー(Frederic H. Lewy)やピック(Arnold Pick)もそう。人の名前。剖検(死後解剖して調べること)を通じて、病理的な変化を見いだした歴史的な人々の名前です。

 「うちの父はアルツハイマーで、母はレビーです」

 そう言われると、わかっちゃいるけれど「それはないだろう。あなたをみれば父親はどうみても日本人だし、しかも母親は男か」と突っ込みたくなる。言いたいことはわかるので、事を荒立てたりはしませんが。

 さて診断名として、アルツハイマー型認知症と言ってみたり、アルツハイマー型老年期認知症と言ってみたり、アルツハイマー病と言ってみたり、複数あります。DAT(Dementia of Alzheimer’s Type)、SDAT(Senile Dementia of Alzheimer’s Type)、AD(Alzheimer’s Disease)がそれぞれの英語。

 ややこしいことに最近では、posterior cortical atrophy(PCA、後頭葉が特に目立って 萎縮いしゅく するタイプ、ADが多いらしい)、frontal variant AD(前頭葉が優位に萎縮するタイプのAD)、behavioral variant of AD(bvAD、特徴的な行動障害を有するAD)、behavioral variant of FTD(bvFTD、特徴的な行動障害を有する前頭側頭変性症なのですがADとの区別が難しい)など百花 繚乱りょうらん 。しかも、いろいろな議論が山積み。これからも病名が変わる可能性があります。私もひとつひとつ勉強してはすぐに忘れてしまう。毎度調べてからでないと、これらをちゃんと説明できません。そこで、なぜこんな複雑なことになるのか。その原因は脳の病理学的な見立て(場合によっては遺伝子)のパターンと実際の症候(認知機能の低下のパターンや行動様式の特徴的なパターン)とがうまくかみ合っていないから。この組み合わせを見つけるのは難しいパズルです。より整合性のある組み合わせを世界中の専門家は日夜探しています。

 それでは日常診療の現実的な話。生きている間はどう診断するのか。頭の磁気共鳴画像(MRI)などの画像検査と神経心理検査をする。何も特別な症状がない。記憶力の低下がある特徴的なパターン。そのときたとえば、アルツハイマー病だろうと判断すれば、私はアルツハイマー型認知症(Dementia of Alzheimer’s Type アルツハイマー病のタイプの(ような)認知症。私の意訳ですが)という病名をつけ診断します。ただし、あくまでこれは診療上の診断であって、確定診断ではない。アルツハイマー病かどうかを本当に知りたければ、脳そのものをみないといけないので。

 この話を拡大解釈します。人の生きる長い経過の中で、別の症状が出てきた場合には、途中で病名が変わる可能性がある、ということでもあるのです。医師の世界では、「後医は名医」という言葉があるらしい(という話を聞いたことがあるので)。最初は「うつ」と診断され、あとになって別の医師にアルツハイマー型認知症と診断された。あるいは、アルツハイマー型認知症とされていた人があとになってレビー小体型認知症の合併と診断された。そういうことはしばしばあります。この現象をひっくりかえしていえば、それがいまの医療の到達点なので、ご理解いただけると助かります。

 MRIの画像や質問形式の神経心理検査をあれこれ繰り返したり、採血して全身の状況をみたり、問診を交えつつ症状をみたりして、「たぶん、このタイプの認知症だろう」と医師は診断します。ところでこの「たぶん」にも意味があります。かなり確率の高い「たぶん」とそれほど高くない「たぶん」があります。英語ではそれらをprobable(かなり、たぶん)とpossible(ちょっと、たぶん)と分けて表現します。

 最近では早期発見技術が進歩して、ずいぶんと早い段階から認知症診断ができるようになりました。要求される診断内容がより微細になってきている。だから、この「たぶん」の度合いがだんだん重要な意味を帯びてきます。上述したような今の認知症医療の枠組みだと、あとになって病名の変更も余儀なくされるかもしれません。したがって医師の方も状況の変化に応じて、いったん下した診断名の変更を 真摯しんし にする勇気を必要とされる時代でもある、と思うのです。

 頭のMRIの画像は問題なし。長谷川式やMMSEといった簡易のスクリーニング(ふるい分け)検査では満点。脳の血流の画像検査でも問題なし。しかし複雑な神経心理検査ではじめて見つかる場合もあります。つまり はた から「認知症らしさ」はわからないケースが増えてきています。「認知症の悩み」が本人の中だけにあるのです。その話をしなければ誰にもわからない。

 田中美恵子さんの頭部のMRI画像では、わずかに側頭葉の内側がすこし痩せている感じがする。複雑な検査では「新たに記憶すること」が苦手であることがわかりました。いわゆるMCI(軽度認知障害)でもない。本人は自身の能力の低下に深刻な悩みと不安を抱えていました。しかし傍からは全くわからない。そんな状態。診断されて以来、田中さんは自らの意思で、人知れずに認知症の薬は毎日欠かさず飲むようになりました。

 旅行好きの友達としばしば出かける田中さん。自分が認知症と診断されてから、友達が道を間違えたり忘れ物をしたりするのを見かければ、とても気になります。

 「なぜ、この人たちが認知症ではなくて、私が認知症なのか」

 「私はそんなふうに道を勘違いしたり、忘れ物をしたりすることはないのに」

 気心しれた友達には田中さん自身、自分の認知症のことをカミングアウトしています。周りの友達も気を使ってか、「この薬なあに?」とか聞こうとはしません。

 それでは、本当に友達は認知症ではないのか。これだけの話では、私にはわかりません。検査をすれば認知症かどうかわかるかもしれないし、もしかしてわからないかもしれません。それは考えればわかることです。田中さんはもしかして、「本当に友達は認知症ではないのか」と質問をして聞きたかったことは、本当は別にあるのかもしれません。

 別の視点ですが、

 「なぜ、この人たちが認知症ではなくて、私が認知症なのか」

 「私はそんなふうに道を勘違いしたり、忘れ物をしたりすることはないのに」

 田中さんがそう思えるのは、おそらく以前よりもそうならないための工夫を人一倍がんばってやっているからだと思うのです。電話がかかってくれば、そのときの要件を自分の1冊のノートに日時、氏名、内容を、体言止めではなく、しっかりと文章にして残す。並大抵の努力ではありません。そうでもしないとやっていられない。認知症の薬も、祈りに近い気持ちで日々飲んでいるのかもしれません。

 「だから友達とこうやって旅行できる」

 そういう自信にもつながっているのかもしれません。

 効果が定かではない、認知症が進行しない予防法にずっと執着するよりも、大切な時間を過ごせたんだ、という認識を持てることのほうが私はよほど大切なことだと思います。私の場合、たとえ効果が定かであっても、いまあるような予防法をひねもすがら、する気になりません。なにせ、私はかなりのナマケ者なので、耐えきれない。もし私にそんなことができていれば、今頃、私はスマートないでたちで、イケメンだったに違いありません。三つ子の魂百まで、とはよくいったもので、友達となにか遊んでいるほうがいい。

 ただ、私が認知症になっても(いつかなるのですが)、異形の人にしないでほしい、と願っています。私を避けないでほしい。田中さんの友達にも、田中さんに対して、「いつもの田中さん」と思ってほしい。しわは増え、白髪が多くなって、ものを覚えることが苦手になっているかもしれないけれど、だからといって、田中さんがいなくなるわけではありません。

 今日も言われました。

 「認知症ケアのプロになりたいんです。いろいろと教えてください」

 熱意ある、エネルギッシュな介護専門職の人でした。そういう姿は 清々すがすが しく、心より敬服しました。

 言われた私は、

 「認知症ケア、ってなんだろう。認知症といえば、即ケアなのかなあ。友達と旅行に行くのはケアなのかなあ」

 いろいろと心のなかでつぶやき始めたのでした。

 そんなことをここに書けば、こんな声が聞こえてきそうです。

 「面倒を見る家族の立場にもなってみろ。どれだけ大変なのか。俺なんか仕事も続けられないんだぞ」

 たしかに、そういう方も私のクリニックを訪れます。

 おとなしくなる薬を処方する。

 後日

 「いやあ、ホントに助かりました」

 と感謝される。

 私は悪い意味で、そんな人間です。

 それでも「これでいいのかなあ」と良心に痛みを覚えつつ、自問自答を繰り返す日々。

 希望をもって純粋に「教えてください」と言われても、私がなにかを教える資格なんてあるのでしょうか。

 よくある講演依頼で、そのタイトルが「処遇困難事例の認知症対応」などといったものがあります。

 「処遇困難事例の認知症対応」を教えればいいのでしょうか。

 〇〇メソッド? 〇〇法? 人に触れて話しかける。認知症の人と話すのなら目線を合わせる。

 たしかに、それも、ある時期のある状態において必要な場合もあるかもしれません。

 おとなしくなる薬の使い方。

 飲んではいけない薬、あるいは薬の副作用について。

 そういうことなのでしょうか。

 それとも認知症の人に対するお世話の仕方なのでしょうか。たとえば、食べようとしない人に食事をどう食べさせるのか。風呂に入ろうともしない人にどう風呂に入ってもらうのか。どれもこれも、局面によっては、重要なことだと思います。

 でも、これらは田中さんの質問に対する答えではないような気がするんです。

 認知症に対する対応方法から離れて、認知症であろうがなかろうが、「人は人」ということをそのフタッフと共有すればいいのかなあ。

 それとも視点を変えて、「明日のあなたの姿」をリアルに感じてもらえることで、なにか変わりそうな気がするのです。

 純粋な目をしたそのスタッフ、そして皆さんとともに、田中さんがいつまでも田中さん自身の大切な時間を過ごせるように、どう考えたら良いのか。

 田中さんの「認知症ってなんだろう」は、その答えを待っているような気がしたのです。

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