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虹色百話~性的マイノリティーへの招待

医療・健康・介護のコラム

第69話 トランプ大統領就任と日本のLGBT運動

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トランプ氏とLGBTについて覚えておく四つのこと

トランプ大統領就任と日本のLGBT運動

 このところメディアは、トランプ新大統領の就任をめぐるニュースで持ちきりですね。政治経験もなく、当初は「 泡沫(ほうまつ) 」扱いだった候補者が共和党候補となり、大方の予想を「裏切って」大統領に上り詰めたのは、私もビックリの一語に尽きます。数々の暴言で名を売って、「選挙後は保守系メディアを立ち上げて、そっちで (もう) けるつもりでは」などと観測していた 呑気(のんき) さが、いまでは白昼夢のようです。

 そのトランプ氏の言動には多くの「識者」「リベラル」が眉をひそめ、ときに抗議を重ねましたが、オバマ時代を通じたそんな「識者」「リベラル」の「政治的正しさ」への反感こそが、トランプ氏を押し上げたとも言われています。

 女性や黒人、障害者、そして移民などへの発言が選挙戦中からたびたび話題となりましたが、トランプ氏は性的マイノリティーにも多分に親和的ではないだろうと目されています。伝えられる閣僚人事からは、かなり保守的・排外主義的な政権となることを予感させます。

 就任式にあわせてワシントンで女性団体が呼びかけ、歌手のマドンナらも参加した抗議デモには、障害者、人種差別、環境保護などに取り組む人びととともに、性的マイノリティーの姿もあったことが伝えられています。

 ここでトランプ氏と性的マイノリティーについて、これからを考えるうえで覚えておきたいことを、大急ぎで整理しておきたいと思います。

(1)レインボーフラッグを振ったトランプ氏の真意は?

 報道を振り返ると、移民排斥などのように、トランプ氏が明確に性的マイノリティーへの攻撃的発言をしたことはないようです。 第47話 でもお伝えしたゲイ(性的マイノリティーの総称としての使用)クラブ「パルス」での銃乱射事件で来場者49名が犠牲になったときには、「私はあなたがたのために戦う」など、支援表明ともとれる発言をしています。

 選挙戦終盤(10月30日)のコロラドでの演説会では、共和党支持の当事者から贈られたとおぼしき「トランプを支持するLGBT(LGBTS FOR TRUMP)」と書かれた レインボーフラッグを持って登壇 しています。彼の真意はどこに?

(2) 最高裁判事の指名に言及

 LGBTを名指しての明確な差別発言はなかったものの、2015年6月に連邦最高裁で合憲化された同性婚には反対を表明していました。

 定員9名の最高裁判事は、保守系5名、リベラル系4名で推移するなか、元来は保守系であったケネディ判事(80歳)が賛成に回ったことから同性婚の合憲化がなされました。その後、保守系の判事が亡くなって欠員ができ、さらに最高齢(83歳)がリベラル系であることから、任期中に2名の指名をする可能性が出てきました。最高裁判事は大統領が指名し、上院が承認し、かつ終身ポストです。上院は共和党が過半数を占めており、先の最高裁決定を覆すに足る判事指名を行う可能性もとりざたされています。

 そのほか、就任とともにホワイトハウスのホームページから、地球温暖化とLGBTにかんする記述が削除されているという報道もありました。

(3) 当選後、LGBTへの暴力が続いた

 トランプ氏の当選が報じられると、その日から「わが世の春」到来な人びとによってLGBT当事者への暴力を伴う攻撃が起こったことが報じられています。被害者が血だらけの写真とともにSNSに投稿するなど、生々しい画像はいまもネットのそこここに残っています。

 性的マイノリティー対象に限りませんが、トランプ氏の当選はこれから一部の人たちの「思っていることを言ってもいい、やってもいいんだ」という姿勢を増長させていくのでしょう。

(4) トランプ氏が失脚すると……

 これからの4年間(ヘタをすると8年間)、トランプ時代が続く現実をまえに、「もしここでトランプが消えてくれたら」という考えが脳裏をかすめる人もいるかもしれません。暗殺を願うのは論外としても、なにか決定的事実が明らかになって弾劾に追い込まれる、とか。

 その場合、憲法の規定により副大統領が大統領に昇格します。ちなみに副大統領のマイク・ペンス氏(57歳)は、熱心なキリスト教徒で宗教右派の信頼が厚く、インディアナ州知事時代は同性愛者らを事実上差別する条項を盛り込んだ法律を成立させたとか……。

 いやはや、トランプ氏の任期満了を願うしだいです。「神のご加護のあらんことを」

在日米国大使館のLGBT活動は消滅する?

 さて、トランプ新大統領のもつ意味についてはアナリストや評論家、ジャーナリストがさまざまに論じています。

 私はきわめて内向きで視野の狭い人間ですので、トランプ騒動には「どうせ他人(ひと)の国の話だし……」と思ってきました。オバマ時代の同性婚合憲化もやはり「他人(ひと)の国の話だし……」。日本で生きる私たちの仕事は、「オバマさんありがとう!」などと無邪気に喜んだり、SNSのアイコンを虹色に変えたりすることではなく、この日本で動き続け、声を上げ続けることだろう、と。

 では、米国大統領の交代が日本のLGBT運動にまったく影響がないのかといえば、どうなのか? これまであったものがなくなるかもしれないということを、いくつか挙げてみましょう。

 毎春、東京の代々木公園で開催されているLGBTのプライドイベント( 第43話 参照)に米国大使館はブースを出展したり(2015年)、 ケネディ大使が登壇してスピーチ したり(2016年)しています。今年は5月6、7日に予定されていますが、大使館の対応が注目されます。

 オバマ政権下では、在日米国大使館でLGBTの人権推進に関するイベントもしばしば開かれてきました。おそらくそれはアメリカの人権外交とでもいうものの一環として位置づけられていたでしょう。

 6月は北半球ではLGBTのプライド月間とされ、各国でプライドパレードが開催されますが(東京は梅雨のため春に開催しています)、2012年から大使公邸でレセプションが開催され、LGBTコミュニティーやHIVコミュニティーの活動家たちも多く招かれ、楽しみにしていたようです(伝聞で書くのは、残念ながら私たちNPO法人パープル・ハンズの活動は小さくて、招待リストに入っていなかったためです)。同時に、国内ではいろいろな事情から一堂に会することが難しい場合もある活動家が、大使館という場を借りて直接話し合う機会を得られたことが、陰に陽にその後の動きを作り出す下地になったとも聞きます。( 2012年の模様2013年の模様2014年の模様

 そのほか同性婚合憲化に大きな力があった弁護士エバン・ウォルフソン氏の講演会などは2度開催され、その際は日本の活動家が司会に招かれ、大使館と活動家の連携の機会になっています。( 2016年2月2016年8月

 さらに米国務省では、各国3~4名の参加者が訪米し、政府機関やNGO/NPO、企業、個人を訪問する交流プログラム(INTERNATIONAL VISITOR LEADERSHIP PROGRAM)を実施していますが、日本向けプログラムのテーマには「LGBTの人権」が設定され、2013年、15年の2度、日本のLGBT活動家が渡米しました。帰国報告会や寄稿などで広く情報がシェアされ、コミュニティーに刺激を与えてきましたが、今後こうしたプログラムも消えるのでしょう。

 こうして見ると、トランプ大統領の登場は、日本のLGBT活動といった極東の「末端」部分にもなんらかの影響がないとはいえません。

 日本の活動家がこれまでさまざまに参考にしてきた米国の活動はしばらく停滞するかもしれませんが、いま、LGBT活動には、隣りの台湾の同性婚立法をはじめ、米国以外の地域にもさまざまな焦点が生じています。日本の活動家がそうしたエリアからも新たな学びを吸収する機会と捉えるのも、(もと中国文学徒の私としては)大事ではないかと思っています。

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永易写真400

永易至文(ながやす・しぶん)

1966年、愛媛県生まれ。東京大学文学部(中国文学科)卒。人文・教育書系の出版社を経て2001年からフリーランス。ゲイコミュニティーの活動に参加する一方、ライターとしてゲイの老後やHIV陽性者の問題をテーマとする。2013年、行政書士の資格を取得、性的マイノリティサポートに強い東中野さくら行政書士事務所を開設。同年、特定非営利活動法人パープル・ハンズ設立、事務局長就任。著書に『ふたりで安心して最後まで暮らすための本』『にじ色ライフプランニング入門』『同性パートナー生活読本』など。

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2件 のコメント

カイカタ

アメリカはアメリカ 日本は日本

いろいろと違いがあります。宗教理念と合理主義がぶつかり合う政治がアメリカ。日本は、何となく雰囲気や周囲の空気を読みながら、それに何となく合わせて...

いろいろと違いがあります。宗教理念と合理主義がぶつかり合う政治がアメリカ。日本は、何となく雰囲気や周囲の空気を読みながら、それに何となく合わせて動く社会。アメリカの事例は参考になっても、日本が同じようにできるかといえば、ちょっと考えるべきかも。

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最高裁判事が一番厄介

まんま

トランプがどんな人間でも8年で終わりますが、アメリカの最高裁判事はみんな平気で30年とか勤めあげちゃいますよね。 最高齢はギンズバーグでしたっけ...

トランプがどんな人間でも8年で終わりますが、アメリカの最高裁判事はみんな平気で30年とか勤めあげちゃいますよね。

最高齢はギンズバーグでしたっけ。労働者の権利、女性の権利、そしてLGBTの権利のために闘ってきた筋金入りのリベラル。

是が非でも92歳まで生きていて欲しいものです。

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