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元ちゃんハウスより~がんと生きる医師・西村元一の手紙

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一晩にしてがん治療を提供する立場から、がん治療を受ける立場に!

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西村元一さん

西村元一さん

 消化器外科の専門医である私は、完治が難しい進行性胃がんと診断されてから手術、抗がん剤治療、放射線治療などを受け、小康状態と悪化の繰り返しで現在に至っています。そして闘病の傍ら、仲間と共にがん患者が地域で安心して生活していけるような支援施設「元ちゃんハウス」を昨年12月に設立しました。

 この連載では、医師の自分が患者になって感じたり考えたりしたことや、「元ちゃんハウス」での色々な患者や家族の声をご紹介していきたいと思います。

 2016年12月31日、今ヨミドクターの1回目の原稿を紅白歌合戦を見ながら書いています。病気が見つかった前年の3月の段階では、その後に2回も紅白歌合戦を見ることができるとは夢にも思いませんでした。

消化器外科医として患者の手術を行っていた私

消化器外科医として患者の手術を行っていた私

 2015年3月は通常の診療に加えて年度末ということもあり、出張や会議などが目白押しで、自分でもオーバーワークではないかと思うほど忙しい日々を過ごしていました。そして新年度まであとわずかとなった3月26日木曜日、いつものように外来診療を行っていたときに、急に気分が悪くなりトイレに駆け込んだところ、下血していることが分かりました。しばらくして落ち着いてから「潰瘍でもできたかな?」と安易な気持ちで外来に戻りましたが、顔面が真っ白だと言われてすぐに胃カメラの検査を受けることになりました。

 すると、胃の入り口部分に食道まで広がった病変が見つかり、その後の画像検査で少なくとも3個以上の肝転移と広範囲のリンパ節転移、横隔膜や膵臓すいぞうにまで転移が疑われる、根治が不可能な胃がんの存在が疑われました。

 さらに、動脈からの出血が見られたため金沢大学付属病院(以下、金大病院)に緊急搬送され、その後の検査や治療は消化器・腫瘍再生外科で受けることになりました。すなわち一晩にしてがん治療を行う側からがん治療を受ける立場にと、自分自身も家族も全く予想もしない展開となってしまいました。

 今となっては、なぜ胃がん検診を受けなかったのかと後悔しかありませんが、自分は大丈夫だという変な過信があったのか、忙しさにかまけて先送りにしていたのか、それとも病気が見つかるのが嫌だったのか、6年ほど胃カメラ検査をしていなかったバチが当たったと言ってしまうと身も蓋もありませんが……。

選択、選択の繰り返し!

 さて、医師の立場で考えていた時、クリニカルパス(入院してからのスケジュールを患者に分かりやすくまとめた入院診療計画書)の考え方が染み付いてきたのか、何となく患者は診断がついたらベルトコンベヤーに乗せられたように検査や治療が進んでいく気がしていました。おそらく、医療者(特に地方)や治療を受けたことがない人の大多数はそう思っているような気がします。

抗がん剤治療は今も続けている(金沢赤十字病院で、昨年9月撮影)

抗がん剤治療は今も続けている(金沢赤十字病院で、昨年9月撮影)

 ところが今回、いざ患者の立場になってみるとすぐに色々な選択を迫られることがよく分かりました。まずは、どこで治療を受けるかを決めなくてはなりません。自分の場合は教授から「どこで治療を受ける? 自分の命がかかっているんだから行きたい病院、手術をしてもらいたい医師がいたらそこで治療を受けてもいいよ」と言われました。

 知り合いには胃がん治療のスーパードクターが何人もいるので全く悩まなかったと言うとうそになりますが、後輩の技術も十分知っていたこと、そして金大病院には20年余り勤めていたので、外科の医局のみならず病棟、手術室など色々な部署に気心の知れたベテランがいたこと、さらに長期戦に備えた家族の利便性を考慮して金大病院で治療を受けることに決めました。

 3個以上の肝転移と多発性のリンパ節転移があること、主な病変が食道胃接合部にあり、かなり大きく横隔膜など周囲への広がりがあるため根治は望めず、基本的には抗がん剤治療が効かない限りは良い経過が期待できません。ただ、早晩がんが胃の入り口などをふさいでしまう可能性が高いことも考えておく必要があります。そういう状況で、次は治療についての選択が迫られましたが、基本的には病院の方針である抗がん剤治療を2コース実施し、その効果をみて外科治療を施行するという手順に従うことになりました。

 結果としてそれなりのQOL(生活の質)を保ちながら、少なくとも2年足らずを生きられたことは、今まで行ってきた選択が間違っていなかったと言えると思います。ただ、色々な副作用や後遺症に悩まされた時は、手術を選択せずに抗がん剤治療を選択したらどうなったか?などと思ってしまったのはやむを得ないのかもしれませんが!

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nishimura_200

西村 元一(にしむら・げんいち)

 金沢赤十字病院副院長、第一外科部長。1983年、金沢大学医学部卒業。同大学病院教授を経て、2008年4月より金沢赤十字病院外科部長、09年副院長に就任。専門は大腸外科。日本外科学会、日本消化器外科学会、日本消化器病学会など複数の学会の専門医・指導医。がんとむきあう会代表。15年3月、肝臓に転移した胃がんが見つかった。闘病前から温めていた「街中にがん患者が医療関係者と交流できる場所を」という願いを実現し、16年12月、金沢市内に「元ちゃんハウス」をオープンした。17年5月死去。がんとむきあう会のウェブサイトはこちら

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2件 のコメント

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ご冥福をお祈りします

まきりんこ

最初に地元紙に掲載された時から拝読していました。 西村先生のお話を直接元ちゃんハウスでお聞きしたいと思いながら、ついにかなわず残念です。 今春、...

最初に地元紙に掲載された時から拝読していました。
西村先生のお話を直接元ちゃんハウスでお聞きしたいと思いながら、ついにかなわず残念です。
今春、主人に早期がんが見つかり、思わぬ形で当事者になりました。
元ちゃんハウスが存続するよう、私にもできることがあればと思っています。

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楽しく拝読させていただきます

すずめの父

勝俣先生のコラムを愛読しています。 西村先生は,がん患者の立場も加わるので,参考になると期待しています。 私,がんサバイバーです。 ・結腸がん:...

勝俣先生のコラムを愛読しています。
西村先生は,がん患者の立場も加わるので,参考になると期待しています。

私,がんサバイバーです。
・結腸がん:ステージⅣ(6年前)。手術10回。取りつくししたと自負。根治を目指した武闘派。
・膵がん:ステージⅣ。2年間抗がん剤治療。主要な3種類の抗がん剤を経験。よいQOLを求める穏健派。

外科手術は,覚悟のみで体当たりしていました。ICを聞いても,「やるしかない」が判断基準でした。若く体力もあり,健康状態も良好でした。外科手術ができれば,一番良いと理解しています。
抗がん剤治療は,主治医と相談しながら選択です。最初に決めなくてはならないのは,自分の命をどの程度永らえ,その間に何をするか,でした(医師との相談ごとではありません)。自分の生き方(過去・現在・未来)を,妻・家族に説明するのが,一番困難でした。身内になるほど,「情」が多くなり,理性的な説明に反発される傾向があります。
抗がん剤治療は,終点がヒタヒタと迫ってくるようで(事実),前へ向かって生き続ける強い自分を保てるよう,祈るばかりです。

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