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がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点

医療・健康・介護のコラム

“画期的ながん治療”の罠(1)

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 “プレシジョン・メディシン”

 “遠赤外線治療”

 “P-THP治療”

 最近、メディアで流されていて、患者さんからよく質問される治療法です。

 これらの治療法は、全てまだ研究段階であり、実用段階に入っている治療ではありません。

 プレシジョン・メディシン(Precision Medicine)とは、直訳すると、“精密医療“という意味になり、は、細胞を遺伝子レベルで詳しく分析し、特定な分子に対する薬剤を投与し治療を行うという試みです。

 米国でさきがけて臨床試験が始まり、日本でも、国立がん研究センター東病院を中心に臨床試験が始まっています。

 プレシジョン・メディシンは、NHKスペシャル - “がん治療革命”が始まった~プレシジョン・メディシンの衝撃~で、2016年11月20日に放送され、紹介されました。

メディアのがん治療に対する誇張表現

 放送内容自体はそれほど問題ではなかったと思いますが、問題なのは、

 “がん治療革命”

 “画期的な”

 “最先端の”

 というオーバーな表現です。

 このような言葉は、「期待されている」「わかりやすい」という良い面もありますが、

20170116-katsumata500

 患者さんに、“実験的・研究的な治療を誘導してしまう”、リスクがあります。

 医学研究は、医学の進歩のために必要なものではありますが、必ずしもうまくいくとは限りません。効果がない治療法を患者さんに施してしまうという最大のリスクをきちんと患者さんに伝えることは、医学研究をする上で必須のことです。

 患者さんの立場というのは、いつの時代も弱いものです。専門的な情報は圧倒的に不足しています。治癒が難しいがん患者さんになりますと、なおさら、“ (わら) にもすがりたい”気持ちになるのはどんな人でも同様です。

 そのような状況の患者さんに対して、

 “奇跡的な”

 “画期的な”

 “最先端の”

 などとのタイトルをつけた医療情報を流すことは、十分に注意しなければなりません。

 このようなオーバーでセンセーショナルな表現を使った医療情報を流すことは、メディアにとっては、より多くの患者さんに伝えられること、視聴率を上げること、のメリットがあるのかもしれません。

 しかし、患者さん、一般国民にとってはどうでしょうか?

 レベルの安易な情報に患者さんは惑わされ、効果がない可能性の高い実験的研究、もしくは研究段階に至ってもいない営利目的のトンデモ医療・インチキ医療に誘導されてしまうという危険をはらんでいます。

米国の例

 米国の医学生が、米国のインターネットのがんに関するニュースで使われている用語は、オーバーな表現が多かったことの研究結果を報告しています(1)。

 “画期的な”“奇跡的な”“治すことのできる”“ホームラン”“革命的な”“革新的な”“命を救う”“驚異的な”のような、オーバーで誇張した言葉を含むがんのニュースを検索したところ、2015年の1年間で、97の誇張表現が使われていたそうです。

 そのうち、40%が分子標的治療薬であり、38%が免疫チェックポイント阻害剤であったということです。

 著者らは、誇張表現が使われていた治療薬の半数(50%)は、FDA(米国食品医薬品局)で承認されていないものであり、患者さんを不確かな医療に誘導する可能性があり、問題ありと指摘しています。

 米国でもやはりメディアは誇張表現を使うものだと思いましたが、日本のメディアのほうが、もっとひどい状況であると思います。

 なぜなら、日本のインターネットでは、承認されていない怪しいがん治療について紹介する際、

 “画期的な”

 “奇跡的な”

 “99%がんが治る”などの表現が羅列されています。

 また、誇張された表現を使うサイトを見ると、たいていは、営利目的の怪しいクリニックなどにリンクされていたりします。

 日本のインターネット情報の危うさは以前にも紹介しましたが、正しいがん情報にヒットする確率は、50%以下(米国では80%以上)であり(2)、患者さんにとって危険・有害なサイトは、39%もあることがわかっています(3)。

米国食品医薬品局(FDA)の役割とは?

 FDAは、米国で医薬品を審査・承認する国家機関です。

 抗がん剤の承認に関しても、数百人の専門家がいて、厳しく審査が行われます。

 基本的には、FDAで承認された薬剤、治療は、安全性・有効性がきちんと評価されたものと考えてもらってよいと思います。

 逆に言うと、FDAで承認されていない治療は、安全性・有効性のエビデンス(科学的根拠)に乏しいということになります。

 米国では、未承認治療薬を患者さんに無許可で投与することを厳しく規制しています。未承認薬を患者さんに投与する際には、必ずFDAに申請をして、臨床試験として行う許可を得なければなりません(4)。

 また、FDAは、承認していない怪しい治療に対しても、絶えず警告しています。

 「PNC-27」という薬剤は、抗がん作用をもつペプチド(アミノ酸が結合した物質)ですが、こちらのサイトを見ると、ニューヨーク大学の医師が出てきて、大絶賛しています(5)。よくよくサイトを見ますと、通常では手に入らず、米国外から取り寄せて投与するようです。

 このPNC-27のエビデンスを「PubMed(米国国立医学図書館が提供している自然科学分野の文献データベース)」(6)で調べてみますと、9つの文献がヒットしますが、全て基礎実験(細胞実験、動物実験)段階のものであり、患者さんに対しての臨床試験のデータは一つも出てきませんでした。

 また、「ClinicalTrials.gov.(米国の臨床試験が登録されているサイト)」(7)で調べても、臨床試験は一つも計画されていません。

 このPNC-27に対して、FDAは、ラボ(実験室)で調べると溶液に細菌感染が検出され、安全性・有効性に問題があることを指摘し、 “PNC-27を購入すべきでない”

 と厳しく警告しています(5)。

日本では、国民・患者さんが守られているのでしょうか?

 日本で、FDAに相当するのは、医薬品医療機器総合機構(PMDA)です(8)。

 PMDAは、厚生労働省の外郭団体で、医薬品の審査・承認を行ったり、副作用などの安全対策などを行ったりしています。

 PMDAで承認されますと、以前は、米国FDAと比べて、

 “審査・承認が甘く、必要のない医薬品が承認されてしまう”

 “審査・承認審査が遅く、必要な医薬品の承認が遅れてしまう(ドラッグラグと言います)”といったこともありましたが、

 最近では、厳しく・かつ迅速な審査承認体制となり、米国との差はわずかになってきています。

 つまり、FDAのように、日本ではPMDAで承認されていない薬剤・治療法は、安全性・有効性が乏しく一般に使用することが推奨されない治療法と考えてよいです。

 ただし、米国と異なっていることは、

 医師が行う自由診療に関しては、PMDAの規制外となっているところです。

 米国では、基本的には、未承認治療を使う場合には、臨床試験(研究)として、行うことの申請・許可をFDAに得なければなりませんが、日本では、未承認治療は、何の届け出もなく、医師であれば誰でも、自由診療として自由に患者さんに投与されているのです。

 つまり、日本では、がんに対して医師が未承認治療であったとしても、安全性・有効性が誰からも評価されていない治療であっても、自由に行えてしまうということです。

 このことは、大変恐ろしいことと思います。

 極端に言うと、何の変哲もないただの水を、“がんを治す奇跡の水”

 と言って、医師が自由診療として、一杯10万円の治療費を取ったとしても、何のおとがめもないということになります。

 もちろん、これを医師以外の人がやったとしたら、医師法違反で捕まってしまいます。

 美容整形などの領域では自由診療にすることは問題ないと思いますが、私は、がん治療で自由診療を認めてしまうことはとても危険であるため、欧米のように、政府機関に患者さんの安全性が保護された臨床試験・研究として届け出をするような規制が必要と思っています。

参考

1.Abola MV, Prasad V. The Use of Superlatives in Cancer Research. JAMA oncology. 2016;2(1):139-41.

2.Goto Y, Sekine I, Sekiguchi H, Yamada K, Nokihara H, Yamamoto N, et al. Differences in the quality of information on the internet about lung cancer between the United States and Japan. J Thorac Oncol. 2009;4(7):829-33.

3.勝俣 範之:1 小涼, 赤石 優子:2, 豊岡 達志:2, 横山 雄章:1, 門倉 玄武:1, 1:日本医科大学・武蔵小杉病院・腫瘍内科 日医医. がん治療のインターネット情報の信頼度に関する調査研究 第54回日本癌治療学会学術集会 ワークショップ 96 総合 17: 患者支援

4.米国連邦規則集 CFR – Code of Federal Regulations Title 21

5.PNC-27

6.PubMed

7.ClinicalTrials.gov

8.医薬品医療機器総合機構(PMDA)

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katsumata

勝俣範之(かつまた・のりゆき)

 日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授

 1963年、山梨県生まれ。88年、富山医科薬科大卒。92年国立がんセンター中央病院内科レジデント。その後、同センター専門修練医、第一領域外来部乳腺科医員を経て、2003年同薬物療法部薬物療法室医長。04年ハーバード大学公衆衛生院留学。10年、独立行政法人国立がん研究センター中央病院 乳腺科・腫瘍内科外来医長。2011年より現職。近著に『医療否定本の?』(扶桑社)がある。専門は腫瘍内科学、婦人科がん化学療法、がん支持療法、がんサバイバーケア。がん薬物療法専門医。

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4件 のコメント

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ガン難民

予備軍

最近、免疫療法にすがって、結局帰らぬ人となった知人の遺族と話す機会がありました。膨大な費用を払わされ,治療効果は得られず,結局、もとの病院に戻ろ...


最近、免疫療法にすがって、結局帰らぬ人となった知人の遺族と話す機会がありました。膨大な費用を払わされ,治療効果は得られず,結局、もとの病院に戻ろうとしても、それに必要な書類も書いてもらえず(自由診療の名のもと、責任をとらないんですね),病院側も一旦自由診療に走った患者を再度受け入れるのには抵抗があるのか、最後は難民状態になって亡くなったとのことでした。後悔だけが残ったそうです。

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強い気持ちを保ちたいです

すずめの父

勝俣先生のコラム,愛読しています。 病と生き方を深く考える患者と,良心を持つ医療者がいて,良好な医療を実施できます。勝俣先生の情報発信は,新聞編...

勝俣先生のコラム,愛読しています。
病と生き方を深く考える患者と,良心を持つ医療者がいて,良好な医療を実施できます。勝俣先生の情報発信は,新聞編集者との議論を経ていると思われます。高品質な情報を勉強させてもらっています。患者にとって,重要な情報源です。

私,膵がんステージⅣ,抗がん剤治療中です。
治療も2年近くなり,3種類の標準治療を経験しました。
これからの選択肢は,徐々に狭まります。
覚悟しているつもりでも,不安は押し寄せます。
患者の問題です。強くありたいと願っています。
「とんでも医療」にだまされず,気骨あるがんサバイバーになりたいです。

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良い薬は劇薬 医療の宗教性と多様性

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

抗癌剤に限らず、たまにピタッとハマる症例もありますが、その1例が全例であるかのようなバイアス逆用例はたまにどっかの研究会でも見かけます。 難しい...

抗癌剤に限らず、たまにピタッとハマる症例もありますが、その1例が全例であるかのようなバイアス逆用例はたまにどっかの研究会でも見かけます。

難しいですね

人は心の平静のためにどこか奇跡を求める生き物です。

そういう気持ちは、希望の創出にも関わっており、安易に否定されるべきではありません。

ただ、おそらく、患者サイドに、心理メカニズムの理解がなければ、泥沼にはまっていくのではないでしょうか?

「良薬口に苦し」と言いますが、みんな甘いものの方が好きです。

じゃあ、「苦い薬は良い薬だ」ってわけでもないのが複雑ですけどね。

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