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虹色百話~性的マイノリティーへの招待

医療・健康・介護のコラム

第67話 昨年はLGBT関連の法律書籍が出版ラッシュだった

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 新年おめでとうございます。今年も性的マイノリティーに関して、啓発臭い基礎知識系をちょっと超えた(笑)、マジョリティー/マイノリティーがおなじテーブルで考えられる記事と、そのための前提にしたい歴史的整理の情報をお届けできるよう、いっそうの精進を重ねたいと思います。今年もご愛読をよろしくお願い申し上げます。

法律問題Q&Aが1年で3冊も!

 さて、昨年を振り返ると、専門雑誌で性的マイノリティー特集が相次いだことを紹介しましたが( 第54話 参照)、単行本の分野でも、多くの出版がありました。とくに、私もその一端にかかわる法律関連の書籍が目につくのです。

昨年はLGBT関連の法律書籍が出版ラッシュだった

 性的マイノリティー分野の書籍では、まずは基礎知識、そして当事者のライフヒストリー(生育史)がテーマとなります。ライフヒストリーの多くは自己の気づきと受容という、いわば青年期らしい「自分探し」の課題が焦点となるせいか、学校・教育や家族、コミュニケーション(当事者とどう向き合うか)にかかわる関連書がそれに続きます。基礎知識系のバリエーションとして、映画や本、風俗ルポを含むLGBTカルチャーのガイド本もあります。

 性的マイノリティー関連の書籍は、教育・心理・文化的な内容で、文体も文学・ノンフィクション的な世界が多いなか、これから紹介するような法律に関する実務的な本の出版が立て続くのは、私にとっても新鮮な気がします。

 まずは、生活のさまざまな場面での法律Q&A的な本が、3冊立て続きました(発行月はいずれも2016年)。

 (1)大阪弁護士会人権擁護委員会 性的指向と性自認に関するプロジェクトチーム編
 『 LGBTsの法律問題Q&A 』(弁護士会館ブックセンター出版部LABO、6月)

 (2)LGBT支援法律家ネットワーク出版プロジェクト編
 『 セクシュアル・マイノリティQ&A 』(弘文堂、7月)

 (3)東京弁護士会 性の平等に関する委員会セクシュアル・マイノリティプロジェクトチーム編
 『 セクシュアル・マイノリティの法律相談 』(ぎょうせい、12月)

 いずれも性的マイノリティーの典型的な困難状況を設定し、それへの法律的見解や解決策を紹介した内容で、弁護士をはじめとする実際に相談等にあたっている法律実務者が執筆しています。

 直面する困難状況の分類や章立ては各書によって若干異なりますが、トランスジェンダーの性別変更、同性カップルのパートナーシップ保証、住宅、医療・介護、財産管理、保険、老後、死別や相続、労働現場、子どもをもつこと・育てること、関係の解消やトラブルなど、およそ人生と社会のあらゆる場面にわたり、性的マイノリティーとしてのライフコースを 俯瞰ふかん することができます。

 こうしたQ&Aに、各書ともコラム、座談会やインタビュー、判例解説、相談先や図書リストなど、豊富な内容で特色を出しています。(1)や(3)など弁護士会主体で、あるいは(2)のように法律家の自主ネットワークで編集され、一般の人にも読める体裁をとりつつ、所属弁護士などへの啓発も狙いのようです(弁護士も性的マイノリティーへの偏見・誤解は一般の人となんら変わらないでしょうから)。(3)では、弁護士向けの相談ロールプレイングも載せています。

 各書はL・G・B・Tあるいはそのほかのセクシュアリティーも含め網羅的に扱っていますが、どのセクシュアリティーの方でも、どれかを本棚に常備しておくと、ふと疑問に思ったときにはきっと役に立つでしょう。

同性パートナーシップ制度を深く考えるために

 こうした網羅的法律書とともに、自治体での同性パートナーシップ公認制度開始を受けて、同性パートナーシップに関して掘り下げる書籍も2冊、刊行されました。

 (1)同性婚人権救済弁護団編
 『 同性婚 だれもが自由に結婚する権利 』(明石書店、10月)

 (2)棚村政行・中川重徳編著
 『 同性パートナーシップ制度 』(日本加除出版、12月)

 (1)は、現在、日弁連へ向けて行われている同性婚人権救済申立てについて、申立ての経緯とともに、性的マイノリティー当事者*が置かれている悩み・孤立・生きづらさや、同性カップルを取り巻く不利益の実態が紹介されています。人権救済申立てには当初の予想を大きく上回る、全国で455人(そのうちカップルは142組)が申立人となり、全国から当事者たちの陳述書が集まりました。それらが豊富に引用された記述は、きわめて強い説得力をもって読者に迫ります。

 また、つづく章では弁護団の徹底的な討議をふまえ、憲法や法律での取り扱いを検討して「憲法で禁じられている」の誤解を 反駁はんばく しています。

 *申立人には、同性愛者のみならず、自認性に対して異性のパートナーがいるトランスジェンダーの人もいます。さまざまな事情から性別変更をしない/できない場合、戸籍上は同性カップルとなり、申立てに参加しています。

 (2)は、世界の同性パートナーシップ導入国の状況、日本でパートナーシップ証明制度を実施する自治体での導入までの議論や制度解説など、網羅的で現状望みうる最深度の情報が収められています。執筆者も、各国法の研究者、弁護士、公証人、導入自治体の首長、議員、職員、関係委員、そして利用当事者など、多彩な陣容です。

 帯に うた うように、今後、制度導入を検討する自治体で必携の一冊といえるでしょう。同性パートナーシップ制度を深く考えたい人には、基本書といえます。

市民の視点から立法を問う

 もちろん、自治体で導入を目指すべきは、同性パートナーシップ制度ばかりではありません。自治体のパートナーシップ証明制度にはなんら法的効力がない現状で、また現在も多くの差別や偏見に苦しむ人が絶えないなかで、必要なものは国レベルでのなんらかの立法とそれにもとづく施策であることは論を待ちません。

 その点で、 第57話 でも触れたLGBT立法は、昨秋の臨時国会での議論が期待されたものの、結局、提出さえされませんでした(これから開かれる通常国会ではどうなのでしょう……)。

 遅々として進まない国の動きに対し、地方自治体には性的指向や性自認(いわゆるSOGI、 第28話 参照)に関する不合理な扱いを解消しようとする条項をもつ条例や規則・指針、行政計画を制定しているところが意外に多くあります。こうした事例を顕在化させ、さまざまな自治体での取り組みの参考にしてもらうとともに、地方自治体での先進的な取り組みで国を変えていこうという趣旨で、つぎの本が編集・刊行されました。

 LGBT法連合会編
 『 「LGBT」差別禁止の法制度って何だろう? 』(かもがわ出版、6月)

 同書に掲載されたリストによると、全国の自治体ですでに86本の条例や行政計画において、「性的少数者」「性的マイノリティー」「性同一性障害」「同性愛者」などのさまざまな表現で、性的マイノリティーへの言及があるとのことです。東京都の多摩市や文京区など、じつはすでに先進的な内容の条例を制定している自治体もあり、関係者へのインタビューや寄稿でよりくわしい背景を知ることができます。

 また、編著者であるLGBT法連合会も議論のたたき台として、「LGBT」差別禁止法の市民案を作成して収録しており、理念だけでなく具体的な法律論をするうえで参考となるでしょう。

 こうしてふり返ると、昨年は性的マイノリティーと法律をめぐる分野に議論の大きな積み上げがあったことがわかります。今年はこの議論のうえに、具体的な立法議論の開始、当事者間にあっては自分たちの生活や人生を法的保護の視点から捉える機運が盛り上がることを、私も願ってやみません。

【追記】
 なお、担当編集者から自著も紹介せよ、と言われました(苦笑)。すでに同性パートナーシップを営みながら人生を送っている方には、網羅的な法律情報本よりも、一昨年の刊行で恐縮ですが、拙著『 ふたりで安心して最後まで暮らすための本 』(太郎次郎社エディタス)が実践的でお役に立つでしょう。公正証書などの法的書面の知識と、人生の老病死それぞれの場面に即した役立つガイドが、ページの見開き単位で読みやすく整理されています。コラムや書き込みページも豊富です。ぜひ、ご参考にしてください。

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永易写真400

永易至文(ながやす・しぶん)

1966年、愛媛県生まれ。東京大学文学部(中国文学科)卒。人文・教育書系の出版社を経て2001年からフリーランス。ゲイコミュニティーの活動に参加する一方、ライターとしてゲイの老後やHIV陽性者の問題をテーマとする。2013年、行政書士の資格を取得、性的マイノリティサポートに強い東中野さくら行政書士事務所を開設。同年、特定非営利活動法人パープル・ハンズ設立、事務局長就任。著書に『ふたりで安心して最後まで暮らすための本』『にじ色ライフプランニング入門』『同性パートナー生活読本』など。

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1件 のコメント

カイカタ

映画ストーンウォール観ました

69年のニューヨークのゲイ暴動を描いた映画です。いまいちのできでしたが、観ましたか? だとしたら評論を期待したいです。びっくりするのは、アメリカ...

69年のニューヨークのゲイ暴動を描いた映画です。いまいちのできでしたが、観ましたか? だとしたら評論を期待したいです。びっくりするのは、アメリカでは堂々と法律でゲイが差別されていたのですね。そもそも日本よりひどい状況から立ち上がり、権利を獲得したのですね。

その他、ハンズオブラブなんてのもありますね。映画は、何がおすすめですか?

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