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室伏由佳のほっこりスポーツカフェへようこそ

コラム

アスリートの体験は社会でどのように生かせるのか?

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ドリップしたコーヒーはいかがですか?

ドリップしたコーヒーはいかがですか?

 2016年も残りあとわずかとなりました。ほっこりスポーツカフェの開店は今年最後になります。

 とても寒い日が続いていますが、皆さん温かい飲み物などで体を温めたりしていますか。わたしは最近、コーヒーのたて方を習ってとても楽しい時間を過ごしています。コーヒー豆を いてドリッパーに。お湯を少し注いで蒸らし、そのあと少しずつまたお湯を注いでいくと、とっても豊かな良い香りがしてきます。心地よく深呼吸しながら、ゆったりと流れる時間に浸り、入れたてのコーヒーを味わう。ホッとするような心地よい穏やかな気持ちになりますね。

 前回までの連載で、競技者としての体験をお伝えしてきました。競技者として、たくさんの素晴らしい体験をすることができ、そして2012年9月に第一線から退きました。戦いの世界は厳しく、自分を律していく日々だったため、現在のようにゆったりリラックスして飲む「コーヒーの味」も当時はずいぶん違いました。

 常に緊張感のある日々。全力を尽くした者にしかわからない世界があるのだと知りました。今では、あのピーンと張り詰めた緊張感を体験できたこと、本当に良かったと思っています。人間は刺激によって動かされることも知りました。

 現在、このように連載などで、これまでスポーツで経験したことを発信する機会をいただいています。小学生から大学生まで、若い皆さんや、老若男女さまざまな方に向け、スポーツから得た経験等をお話しする講演や講義などの機会などもあります。アスリートの経験を終え、わたしがいま目指していること、そして、それにより何を得ているのかを、ここで少しだけ書いてみたいと思います。

 中学校の部活動から陸上競技を始めて、24年間アスリートとして過ごしてきました。そのなかで、競技スポーツは、目指すものがはっきりしていると感じられました。

 わたしは、オリンピックや世界選手権など、大きな国際大会に出場したい! そのようなはっきりとした夢と目標がありました。でも、「どれだけ努力したって、 かな わない夢かもしれない」。夢を目指す途中では、そう思うこともたくさんありました。そして、円盤投げやハンマー投げの記録を「できるだけ遠くまで伸ばしたい!」という目標も常に持っていました。自分を高めていく喜びを得たいと思っていたからです。

 記録や勝敗がかかっていますから、いま目指していることに、自分がどれだけ近づいているのか? その手ごたえを感じやすかったのではないかと、振り返り思うところがあります。

 競技引退後、ハンマーや円盤を投げなくなって、何をすれば(投げれば?笑)いいのか? はじめの2年間ぐらい、迷いの中にいた時期がありました。スポーツで得た特殊な体験は、どんな方の役に立つのだろうか……。そう思うことも多くありました。これから自分自身が何に向かって、どんな目標を持つべきなのか。 肉体的にも、精神的にも、力の限り、限界を目指した挑戦。それは、「頑張っている感」があって、「目標に確かにいま自分は向かって走っているんだ!」という手ごたえがあり、とても充実していたことが思い出されます。

 たとえ、どんなに苦しいことがあっても、いましかできない挑戦は、人を大きく変えるエネルギーや行動力が湧き起こるのだと思います。そして、「どんなに苦しいことがあっても」という中には、いろんな種類のことがありました。記録が伸び悩む時、思い通りにいかない時。競技に直接関係することはもちろんたくさんあります。ほとんどが、失敗することで、成功はほんの少しだったと思います。

 そして、苦しかったことのもう一つ。それは、連載の中で つづ ってきた腰痛などのスポーツ障害や、婦人科疾患などの病を通してのことです。けがや病気をきっかけに、自分の身体とそして心と向き合うことがとても多くなっていきました。思うようにいかないことばかり、それはそれは…….とても つら いものでした。

 もちろん、そのときは自分のことだけで精いっぱい。でも、そのうちに、「この経験は、わたし一人で抱えるものではないのかもしれない」。苦しみながら、そんなふうに思い始めました。この体験は、どなたかと共有すれば、何かの役に立てることがあるのではないかしら? そう考えるようになっていきました。

 自分のことで精いっぱいだと、自身のためだけに行動することが多いのではないかと思います。失敗の連続から学んだことや、得られたこと。自身と自身の身体と向き合ったこと。周りから伝えられ、教わってきたこと。これらは、少しでもたくさんの方に私ができる限り発信し、伝え、そして共有するために、このような経験をした部分もあるかもしれないと感じています。

 語ることは、とてもエネルギーがいります。かつて体験した苦労を思い出して、苦しくなることもあります。それでも、スポーツが終わったからといって、そうした苦労は終わりではないのだとも思うようになりました。語り方や伝えることは年々変わっていくかもしれませんが、これからも皆さんとさまざまな体験の共有、シェアをしていきたいと思います。

 来年、2017年のカフェもどうぞお楽しみに! それでは、皆さん、よいお年をお過ごしくださいね。

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室伏由佳(むろふし・ゆか)

 1977年、静岡県生まれ・愛知県出身。株式会社attainment代表取締役。2004年アテネオリンピック女子ハンマー投げ日本代表。円盤投げ、ハンマー投げ2種目の日本記録保持者(2016年4月現在)。12年9月引退。

 アスリート時代には慢性的な腰痛症などスポーツ障害や婦人科疾患などの疾病と向き合う。06年中京大学体育学研究科博士課程後期満期退学(体育学修士)。スポーツ心理学の分野でスポーツ現場における実践的な介入をテーマに研究。現在、スポーツとアンチ・ドーピング教育についてテーマを広げ、研究活動を継続。現在、上武大学客員教授、朝日大学客員准教授や、聖マリアンナ医科大学スポーツ医学講座、徳島大学医学部、中央大学法学部など、複数の大学において非常勤講師を務める。スポーツと医学のつながり、モチベーション、健康等をテーマに講義や講演活動を行っている。日本陸上競技連盟普及育成部委員、日本アンチ・ドーピング機構アスリート委員、国際陸上競技連盟指導者資格レベルIコーチ資格、JPICA日本ピラティス指導者協会公認指導師。著書に『腰痛完治の最短プロセス~セルフチェックでわかる7つの原因と治し方~』(角川書店/西良浩一・室伏 由佳)。

公式ウェブサイトはこちら

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4件 のコメント

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標準理論を塗り替えて競技と医療を構築する

寺田次郎 アマチュア・フットボーラー

正月はスポーツ番組が多く、テレビ不所持の僕も当直先でちょっと見ました。 それで、「椎間板ヘルニアで、夜中うめいている選手が復帰した」というコメン...

正月はスポーツ番組が多く、テレビ不所持の僕も当直先でちょっと見ました。
それで、「椎間板ヘルニアで、夜中うめいている選手が復帰した」というコメントを耳にしました。

診断医のその時点での診断は尊重するべきですが、一定確率での見落としや類似症状の疾患の混在、診断後の病状の悪化などはどこかで疑わないといけません。

特に整形外科疾患と内科疾患の境界領域や混在は見落とされやすく、意識して鑑別(区別)を行う必要があります。

放射線科関連学会が最先端ですが、今の標準に比べて、多くの画像診断機器の臨床最先端は優れており、研究最先端機器は今まで見えなかった構造や病変も可視化できます。

高価で、場所や使用者の制限もあるので、多くの人が直接恩恵を受けられるわけではありませんが、その知見や応用は臨床の常識を塗り替えつつあります。

今日の読売新聞夕刊で、コグニサイズというラダートレーニングによく似た認知症の予防運動が紹介されていましたが、最新の医療もトレーニング理論も専門家だけでなく、個々人の向き合い方が問われると思います。
(古い理論も再評価されるべきですが。)

調理師学校経由でプロ指名された選手のニュースもありましたが、今後も様々な寄り道学習を経たプロ選手や指導者は増えるでしょう。
逆に、プロやトップアマならではの経験の還元も重要になると思います。

医学的知見で解明しきれていないスポーツやその他の芸術のノウハウはあり、自分も色々な本を読みながら競技場の参考にしたり、理屈を考えます。

動機が何であれ、他人や社会に貢献することができればいいと思います。

普通の医者や看護師は怪我に対して標準的な治療をするしかできませんが、競技経験者が学べば、受傷後のメンタルの理解や代替動作の教育や復帰後の準備のサポートもできます。

今後はより細かなキュアやケアが重要になる時代が来ると思います。

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何かを抱えて生きる メンタルロスの構造

寺田次郎 元六甲学院サッカー部補欠

「何一つ夢は叶っていない。だから45歳までやれた。」 最近引退したJリーガーの言葉です。 夢を叶えるのも幸福なら、趣味や仕事を通じて友人・知人と...

「何一つ夢は叶っていない。だから45歳までやれた。」
最近引退したJリーガーの言葉です。

夢を叶えるのも幸福なら、趣味や仕事を通じて友人・知人と共有する時間・自己と向き合う時間自体も幸福です。

もし学生・社会人サッカーや現代では簡単になった学校以外のサッカーや別の趣味で心満たされていたら自分の人生は全く違ったものになっていたと思います。

先日、御社にゆかりの旧読売クラブの故・相川亮一監督が姉妹校の出身と知りました。

若くから彼らのような夢も持てず、親の趣味と生活のために進学校経由で最低限の医学を学び、ここ数年は仕事消失時の保険とサッカー向上のために最新の医学を学んでいます。

医学もサッカーも公式の実績は皆無なので多くの人の理解を得られるとは思いませんが、多くの人の理解や実績を求めて人生を持ち崩すよりはいいです。

これまで読売新聞に投稿させて頂いたように、視野、心理、立ち方、走り方、蹴り方、身体の当て方などなど、サッカーには医学的要素も多く、言い換えれば、サッカーとは整形外科学、発達科学、脳・神経機能科学、循環器科学、社会形成学、数学、物理学などの総合学問でもあります。

生理的な発達を超えて、どれだけのものを人生に付加していけるか?

実績やしがらみがあるとかえって難しいですが、わずかな数字にこだわった時代を経て、そこを離れて見ると見え方も変わります。

いま、高校サッカー選手権をやっていますが、世界トップレベルを100点とすれば、20点から25点の選手が大半なわけで、20歳、25歳、30歳と年を重ねても競技や競技生活を楽しめるか、共生する覚悟を持てるかの方が半端な才能より大事だし、何よりも幸福に近いと気付きます。

ヨミドクには癌や難病のコラムもありますが、「何かを抱えて生きる」本質は一緒だと思います。

何かを失うのは何かがあったからです。

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種々の合理性と複雑性の理解 メンタルロス

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

付記 メンタルロスに関して、どう取り組むかは今後変わっていくと思います。 育成環境の改善により多くのプロ級のアマチュアが増えるからです。 今は、...

付記

メンタルロスに関して、どう取り組むかは今後変わっていくと思います。
育成環境の改善により多くのプロ級のアマチュアが増えるからです。

今は、プロ選手になれなければ、指導者か、辞めて一般人か、という風潮も強いですが、真剣に取り組んだ人ほど、良くも悪くも依存症があります。
依存症ではなく、習慣性や職業人格と言い換えるほうが適切かもしれません。
がんの告知後のプロセスに似たような心理変化ですね。

たいていのスポーツは早ければ、3歳から、遅くても中学生から始まり、引退は早くて中高生、遅ければ25から30歳くらいが一般的だと思います。
しかし、スポーツ科学の解明やプロのベテランによる具現化もあり、望む人はより長く現役を続けられるようになると思います。
格闘技の本なんかを読んでいると、純粋なフィジカルの強化から、その合理的な活用に移っていくと気付きます。
(柔道の達人の老人のビデオが残っています)

相手や場の観察から、物理的合理性と心理的合理性の判断を行うことで補っていけます。
家族や競技外の理由もあるので、30過ぎてでも現役プロと言うのは狭き門ですが、もしも、好きであれば、その時の事情なりに復帰したり、続けて、発見や喜びもあると思います。
それが、社会的にも価値のある知識やサービスの習得にも役立つと思います。

誰かに認められる、みんなに認められるということも大事ですが、自分自身の納得もまた大事で、動機がいずれにせよ向上することは悪くありません。

さじ加減は難しいですが、他人は自分の人生の責任を取れません。

お金は大事ですが、お金でだけで人は生きられません。

教科書を塗り替えるような高度な研究に様々な形でアスリートは関与すると思います。

今年もアマチュア・アスリートとして「個人で大学や協会の影響力を上回る文章を残す」という目標にトライさせていただければと思います。

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