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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

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健康に生きるための「3つのメッセージ」

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 さて、今日はこの連載の最終回です。3年以上にわたり、毎週書いてきました。一区切りとしてはちょうどいい時だと思っています。今日は健康に生きるための、僕からのメッセージです。まず3点が重要です。この連載エッセイの根底に流れている気持ちです。

些細(ささい) なことの積み重ねで 奇蹟(きせき) も起こる

・人はいろいろ

・精いっぱいに生きて、そして潔く

「奇蹟なんて起こるはずはない」と思っていたが…

 他の病院で見放されたがんの患者さんをたくさん診るようになって、確かに奇蹟は起こることがあると自信を持って思えるようになりました。がんの手術をたくさんやっている頃、外科医の仕事は、がんを取り残すことなく完全に切除することだと思っていました。そのためには、進行がんの状態では、拡大手術が必要になります。そこで、血管を扱えることが拡大手術のための必須事項だと考え、消化器外科医でありながら、血管外科の修練を積みました。

 そんな研修時代に、大変にお世話になった先生がいました。毎日、手術も一緒、夕食も一緒、そして医療のことを語り合いました。いろいろな手術ができるスーパースターのような先生で、僕たちは彼を「雨ちゃん」と呼んでいました。その彼がしばしば、「がんの手術は、さらっと手際よく終わるのがいい」と言っていました。つまり長時間を要する拡大手術などはしない。万が一、がんが体に残っても、できる限り患者さんのダメージが少なく、そして短時間に終わる手術が最良だという意見です。がんの取り残しなどは、命を預かった外科医としては敗北とも思える結果です。しかし、彼はそれでもいいと言うのです。実際に、がんが少々残っても、その後に画像診断でがんが消失した症例を「雨ちゃん」はいくつも知っていました。そのなかのひとつは、別の病気で開腹手術をして、肉眼的に、そして病理学的にがんが消失したことを確認してあるそうです。僕には信じられないことでした。「そんな奇蹟は起こるはずはない」という若き外科医の直感でした。

漢方薬を併用すると、奇蹟は起こった

 その後、移植医療の基礎研究、とくに免疫学的研究に興味が湧き、オックスフォード大学の博士課程で5年間勉強しました。そして日本に戻って、セカンドオピニオン外来を国内で初めて大学病院で、そして保険診療で行いました。がんの患者さんが全国から集まり、外科治療、放射線治療、そして抗がん剤治療で思い悩む患者さんのお話を伺いました。その中には、西洋医学的には治療手段が残されていない患者さんも多数いました。そして、漢方にますます興味を持ったのです。理由は簡単で、漢方は保険診療だからです。打つ手がない患者さんに漢方薬を併用すると、確かに奇蹟は起こりました。外科医としては「残り○○か月」と思っていた人が、○○か月以上元気に生存することも多々経験しました。漢方が効いたのかどうかは不明ですが、確かにそんなことも起こるのです。多くの臨床医が常識と思っていることを超える結果を、ここでは「奇蹟」と表現しています。「雨ちゃん」が言っていたことも確かに本当だったと今、思えるのです。

「些細なこと」=「エビデンスがないこと」

 同じ治療をしても、予後(その後の経過)に差があることは誰もが知っています。以前は遺伝子が違うから、または育ってきた環境の違いなどが、その要因だと思っていました。しかし、最近は「些細なこと」の積み重ねで奇蹟が起こると思っているのです。些細なこととはエビデンスがないことです。エビデンスとは臨床研究です。西洋医学的エビデンスは、何より大切です。そして、それが最優先になされるべき治療です。しかし、エビデンスがなくても、臨床経験が豊富な医師が経験的によいと思っていることを積み重ねることが、やはり相当大切なことだと思っています。

 がんでは、

・炭水化物を少々控えて、高 蛋白(たんぱく) 食にする

・適度な有酸素運動を毎日行う

・体を冷やさない。温かい物を食べる。

・保険適用の漢方薬を内服する。

・そして希望を持ち、まわりに感謝する。

 …そんなことの積み重ねが大切だと思っているのです。

「人はいろいろ」知らない医師に診てもらうと…

 もうひとつのメッセージは、「人はいろいろ」ということです。甘い物ばかり食べて太っているのに、がんとは無縁で長生きする人もいます。運動なんか大嫌いなのに、長寿を 謳歌(おうか) する人もいます。たばこを吸いまくっているのに肺がんにならない人もいます。お酒を浴びるほど毎日飲んでいるのに、肝硬変から肝臓がんにならない人もいます。「人はいろいろ」なのです。そんな「人はいろいろ感」を知らない医師に診てもらうと不幸になることもあります。ガイドラインは多くの人に当てはまる方針であって、実はそこに「人はいろいろ」という要素は通常含まれていません。最近になって、オーダーメイド医療とか、個別化医療と称して、薬が効く人と効かない人を分ける戦略が進んでいます。それは、まだ緒に就いたばかりです。これからの時代は、この「人はいろいろ」に沿って、医療が展開されるのだろうと思っています。

母を看取って、強くなった思い

 最後のメッセージは「精いっぱいに生きて、そして潔く」です。母を 看取(みと) って、その思いは強くなりました。どこかでお迎えが来るときが必ず来ます。そんな時は「潔く」受け入れた方が良いです。どこで受け入れるかには「人はいろいろ」という条件がからんできます。また、ご家族のご意向もあるでしょう。しかし、どこかで逝く時を潔く受け入れるのです。母は点滴も胃 (ろう) もしませんでした。どちらかを行えばもっと長生きしたでしょう。しかし、僕たち家族は「食べられなくなったら、その時だ」と思っていたのです。一口しか食べなくても3か月ぐらい生きました。ほとんど飲めなくなっても3週間持ちました。これも奇蹟です。最後は娘よりも軽くなって、そして 菩薩(ぼさつ) さんのような顔で旅立ちました。そして娘と犬は、一晩一緒に冷たい母のそばで寝ました。いつか、僕たちも潔く旅立つ日が来ます。それまでは精いっぱい生きようと思っています。

 今日でこのエッセイは最終回です。3年以上にわたりご愛読ありがとうございました。人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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