精神科医・松本俊彦のこころ研究所
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相模原事件――危険な人物との共生は可能か
相模原事件の最終報告書
去る12月8日、「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」(以下、検証・検討チーム)の最終報告書が公表されました。
この報告書では、事件の再発防止策として、「措置入院」という強制的な入院治療を終えた後に、患者を地域で孤立させないことの重要性が強調されています。そして、具体的な対策として二つの方向性が示されました。一つは入院中における退院後支援計画の作成であり、もう一つは退院後の訪問支援です。
私は、大筋においてはこの方向性に満足しています。もちろん、これによって本当に再発が防止できるか疑問な点もありますが、それでも、地域における精神保健的支援のレベルは飛躍的に向上すると確信しています。
しかし、残念ながら批判的な意見もあります。よく耳にするのは、「退院後支援計画を作るために措置入院期間が長くなるのは、人権侵害だ」、それから、「退院後訪問支援は、支援の名を借りた社会防衛のための監視だ」という批判です。
一応、私も検証・検討チームの構成員の一人であったので、今回は、このような批判に対して私なりの見解を述べてみたいと思います。
措置入院とは
最初に措置入院について説明しておきましょう。
措置入院とは、2人の精神保健指定医が一致して、「精神障害の影響により差し迫った自傷・他害のおそれがある」と判断した者を、都道府県知事・政令指定都市長の名において強制的に入院させる制度です。
強制的な入院といっても、決して懲罰や社会防衛のための制度ではありません。あくまでも、精神障害の影響で危機的状況にある人に対して、迅速に医療を提供することを目的としています。
とはいえ、措置入院には危うさもあります。警察でさえも「他害のおそれ」の段階では危険な人物の身柄を拘束できないのに、措置入院では、精神障害の影響によるものとはいえ、まだ何も行動を起こしていない、「他害のおそれ」の段階で身柄を拘束できてしまうからです。
それだけに、この制度が乱用されれば、恐ろしい事態も起こり得ます。事実、旧ソ連邦では、「反社会性人格障害」などの診断を根拠に、反体制活動家を精神科病院に強制的に入院させた時代がありました。これは治安維持を目的とした精神科医療の乱用であり、絶対にあってはならないことです。
以上のような理由から、措置入院の運用にあたっては、患者の人権制限を最小限にとどめるべく、「入り口は狭く」(=入院決定は慎重に)、「出口は広く」(=退院・解除の決定はすみやかに)が暗黙のルールとなってきました。
退院後支援計画の策定
しかし、「出口は広く」といっても、精神科医にとって措置解除は荷の重い仕事です。自傷・他害のおそれが「ある」と判断したのに何も起こらなかったからといって、誰も責めたりはしないでしょうが、「ない」と判断したにもかかわらず、措置解除後に殺人事件や自殺が発生すれば、話は別です。そのことは、今回の事件での措置入院先の医療機関に対する批判からも明らかでしょう。
だからといって、いつまでも解除しなければ人権侵害です。
一体どうすればよいのでしょうか。たとえば、患者に「誰かを殺したい気持ち/自殺したいという気持ちはあるか」と質問し、患者が「ない」と答えればオーケーでしょうか。
まさか。
患者から「もうしません」との言質をとり、約束をとりつけるだけならば、素人でもできます。精神科医ならば、そこから一歩進めて、「もしも退院後に誰かを殺したい/死にたいという気持ちに襲われたら、どう対処するか」について、患者や家族、関係機関の援助者と話し合い、実現可能性の高い(=患者が納得できる)危機対応策を計画しなければなりません。
要するに、これが、報告書で示された「退院後支援計画の策定」なのです。実は、これまでの措置入院では、こうした手続きが義務化されていませんでした。極端な話、一人の精神科医の職人的勘、もっといえば、「エイヤッ」という気合と度胸で措置解除がなされることさえありました。しかし、危機対応策がないまま、「自傷・他害のおそれが消失した」と判断するのは、どう考えても乱暴です。
その意味で、今回の報告書は、措置解除の方法が「まとも」になる道筋をつけたともいえます。
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