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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

貧困と生活保護(45) 在日外国人は保護を受けやすいという「デマ」

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朝鮮半島・台湾出身者の歴史的経緯

 朝鮮半島、台湾は、かつて日本が植民地支配していました。その地域の住民は大日本帝国の臣民でした。とりわけ朝鮮半島からは軍事徴用、企業での労働、事業、進学などで日本へ渡った人たちが約230万人にのぼりました。

 1945年に戦争が終わると、約4分の3が朝鮮半島へ戻りましたが、60万人以上が残りました。日本で生活基盤を築いた人たちや、帰国しても生活拠点の乏しい人たちです。50~53年には朝鮮戦争が起きます。その戦争中の52年4月、サンフランシスコ平和条約の発効で日本が主権を回復したのに合わせ、日本政府は、旧植民地出身者やその戸籍に入っていた日本人配偶者の日本国籍を喪失させました。選択の余地なく、日本人から外国人にされたのです。

 その後、暫定在留、日韓協定による永住、特例永住と扱いが変わり、91年の日韓覚書を受けた入管特例法で、旧植民地出身者とその子孫は「特別永住者」という在留資格になりました。16年6月時点の特別永住者は、韓国・朝鮮が34万0481人、中国・台湾が2232人など。在日4世、5世が増えて6世も生まれ、日本人との結婚も珍しくありません。

 「自分の国へ帰れ」などと嫌がらせをする人たちもいますが、特別永住の外国人は、過去に植民地支配をした影響であり、もとをたどれば日本国籍だった時期もあります。条件の厳しい帰化ではなく、民族性を認めつつ無条件で日本国籍を選択できるようにするのも、ひとつの方法かもしれません。

無年金・低年金が貧困の大きな要因

 さて、在日コリアンの高齢者は、なぜ貧困が多いのでしょうか。主な背景は、過去の就労形態と年金制度にあります。かつては就職差別が厳しく、韓国・朝鮮人が大手企業に就職するのはきわめて難しく、公務員への道も閉ざされていました。このため町工場、商店、飲食店などの自営業、あるいは中小事業所や現場の労働者として働いてきた人が多いのです。

 国民年金制度は、82年1月1日より前は、外国人は加入できませんでした。81年に日本が難民条約を批准するのに合わせ、国民年金法と、児童手当法、児童扶養手当法などの国籍条項が削除され、外国人も対象になりました。国民健康保険法は83年の法改正で国籍条項が削除されました。それまでは多くの社会保障・社会福祉制度から、外国人は排除されていたわけです。

 国民年金の場合、国籍条項で加入できなかった期間は、老齢基礎年金の受給資格を得るのに役立つ合算対象期間(カラ期間)になります。しかし制度改正の周知不足で、82年当時に35歳以上だった人は、今から入っても60歳までに必要な加入期間(25年間)に届かないと思って入らない人がかなりいたそうです。また受給権を得ても、保険料納付期間が少ないと老齢年金の額は少なくなります。障害基礎年金も、生まれつきの障害で82年当時に20歳を過ぎていた人は受給できません。厚生年金保険なら国籍条項はありませんが、小さな個人事業所は、適用外です。

 それらの結果、在日コリアンには無年金・低年金が多いわけです。日本人とは異なる事情があります。

通知に基づく行政措置として保護を実施

 生活保護について、厚労省保護課は「外国人でも保護の要件や基準に違いはない。外国籍だからと言って保護を受けやすくする、受けにくくするということはない」と説明しています。

 ただし厚労省は、保護の対象になりうる外国人を、<1>永住者(法務大臣の無期限許可)<2>日本人の配偶者・子・特別養子<3>永住者・特別永住者の配偶者、日本で生まれて引き続き在留している子<4>定住者(第三国定住難民,日系3世,中国残留邦人等)<5>特別永住者<6>難民認定者――に原則として限定しています。

 また、法令上の根拠が日本人と違います。外国人の場合は生活保護法ではなく、「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」という1954年の旧厚生省社会局長通知に基づき、行政措置として、法による取り扱いに準じて必要な保護を行うとされています。日本人と外国人の両方がいる世帯では、世帯主の国籍によって法か通知かを分けます。

 実際にはその後、外国人に生活保護法を準用する(法を適用する)と解釈した判例もありました。

 しかし、2014年7月18日の最高裁判決は、永住資格を持つ大分市の中国籍女性の保護申請却下をめぐって「外国人は、生活保護法に基づく保護の対象とならない」と判断しました。旧生活保護法(46年制定)には外国人を区別する条文がなかったが、憲法25条に基づく現行生活保護法(50年制定)の条文は「すべての国民に対し」と書いてあるから、という理由です。

 この判決の後、外国人への生活保護は憲法違反だからやめろと主張している人たちがいます。判決について誤解を招くような報道があったことも一因ですが、判決の内容を全く取り違えた主張です。最高裁は外国人の保護を否定したわけではなく、通知に基づく行政措置によって事実上の保護の対象となりうることは認めています。憲法上の権利や法律に基づかない行政施策はいくらでもあります。

 もし、外国人を保護から排除したり不利にしたりすれば、社会保障に内外人同等の扱いを求めた国際人権A規約(社会権規約)、難民条約の違反になりかねません。そもそも在日外国人も所得などに応じて課税されます。排除するなら、生活保護分の税金は割り引くのでしょうか。自国民の生活保障は本国の責任と言う人もいますが、日本人が海外で生活に困窮したとき、現地で日本の生活保護の適用はありません。

審査請求ができないのは、おかしい

 外国人の保護に関する決定について厚労省は、当事者から行政不服審査請求があっても、通知に基づく決定は行政処分性がないから却下する、生活保護法に基づく審査請求なら日本国籍がないという理由で棄却する、という対応を自治体に求めています。

 しかし、外国人への保護が一方的な恩恵であって審査請求でも行政訴訟でも一切争えないのでは、行政のおかしな決定をただす手段がなくなります。本人の権利、義務、利害、生命にかかわることなのに救済の道が閉ざされます。行政処分とは何かについては法的解釈があまり煮詰まっていません。最高裁判決があっても、議論を積み重ね、通知による制度運用の中身を行政法的に争う道はないか、積極的に試みる価値は高いと思います。

緊急時の医療支援の仕組みを

 近年は来日外国人が大幅に増え、国籍も多様になりました。気になるのは、滞在中の外国人が重いけがや病気をしたときです。3か月を超えて適法に滞在する外国人は12年7月から国民健康保険・国民年金の加入対象になりましたが、短い滞在や不法滞在の外国人もいます。

 無料低額診療を行う医療機関はありますが、無保険の患者を費用持ち出しで診療する施設は限られています。行旅病人及び行旅死亡人取扱法を使う方法もありますが、どういう場合に使うかは自治体によってまちまちのようです。すべての患者を安易に無料で受け入れるわけにはいきませんが、人道的な見地から、緊急時に一定の医療支援を可能にする公的な仕組みが必要ではないでしょうか。

 *参考文献:『在日外国人 第三版』(田中宏、岩波新書、2013年)、『貧困の現場から社会を変える』(稲葉剛、堀之内出版、2016年)、『外国人の医療・福祉・社会保障相談ハンドブック』(外国人生活・医療ネットワーク関西/外国人医療・生活ネットワーク編集、福島移住女性支援ネットワーク発行、2016年)、『生活保護「改革」と生存権の保障』(吉永純、明石書店、2015年)

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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