小泉記者のボストン便り
医療・健康・介護のコラム
日本の医療制度を海外に発信! 学生たちが奮闘中
言葉の壁 知られていない日本の情報
さらに同大学院のイチロー・カワチ教授は、「医療制度はもちろんだが、食生活や地域の絆の強さなど様々な日本社会の在り方も健康に大きな影響を与えている」と指摘します。例えば、日本のレストランでは、メニューのサンプル模型があることが多くどのくらいのボリュームなのかを注文をする前に把握できたり、ポテトチップスなどの袋入りのお菓子は米国よりずっと量が少なかったり、個別に包装をされていたりします。カワチ教授は、「日本には余分に食べ過ぎず自然に摂取カロリーを少なくする仕組みが根付いている」と話します。
少子高齢化が進む中で、日本では「老老介護」の問題や、介護人材の不足など課題が山積しているのは事実ですが、他の国と比較をすれば優れた医療や健康の仕組みが多いのだと思います。しかし、その現状は私たちが考えているよりはずっと世界には知られていません。
「日本には興味があるが、日本の事例は取り上げられない。英語の情報があまりに少ないからだ」。ジャパントリップを始めた中心メンバーである日本医療政策機構理事の小野崎耕平さんは、2004年から06年に同大学院に留学をした際、ある教授の言葉に大きなショックを受けました。医療政策の世界的権威として知られるその教授の授業では、アメリカ、カナダ、ドイツ、イギリス、シンガポールの事例が取り上げられましたが、日本には全く触れませんでした。別の日本人学生が理由を尋ねると、教授は日本についての情報が少ないことを指摘しました。皆保険など優れている制度も多いと考えていた小野崎さんは、「とても悔しかった」と当時を振り返ります。小野崎さんら日本人学生は、教授のこの言葉を重く受け止め、2005年には早速、日本の医療政策などを紹介する勉強会などを計画し、日本のことを知ってもらうための取り組みを始めました。
当時、ハーバード大学経営大学院などでは日本をめぐるツアーをすでに実施しており、それらを参考にしながら実際に日本の医療現場を見てもらうことで、より理解を深めてほしいとジャパントリップを計画したそうです。さらに、日本で公衆衛生に関する認知度を上げ、この分野に携わる若者を増やすことも目標にしました。忙しい学業の傍ら学校側や関係機関との交渉を進めて実施した第一回のトリップでは、地下鉄サリン事件の被害者を収容した聖路加国際病院や、高齢者向けのデイケアセンター、広島の原爆ドームなど様々な場所を訪ねました。参加した38人の学生らからは、大好評で、その後もトリップは後輩たちに引き継がれています。
日本の良さを再発見 日本人学生にも学びの場に
ジャパントリップは、将来各国の健康施策のリーダーになる海外の学生たちに日本の医療体制や文化について大きな印象を残しています。今年3月に行われたトリップに参加した米国出身のクリスティーヌ・ウリセさんは、都内の在宅医療や介護の現場を視察したことが印象に残ったといいます。「地域でお年寄りを支えている姿が素晴らしいと思った」と振り返ります。ウリセさんは、「家族の負担軽減など改善点があることも感じたが、米国でこれだけ充実した医療や介護を受けることはとても考えらない。皆保険や介護保険制度など日本から学ぶことはたくさんあると思った」と話しました。
日本食もとても気に入ったといい、「色とりどりの野菜を取り入れたとても健康的な食事を実際に味わって、日本のライフスタイルが長寿に大きな影響を与えていると思った」と振り返ります。今年参加した約20人の学生たちに特に人気だったのは、海藻や佃煮などたくさんの食材を少しずつ盛り付けてバランスよく味わうことができる日本の旅館の食事だったそうです。
トリップは、海外からの学生だけでなく、日本人学生にとっても学びの場になっています。ウリセさんたちが参加した今年のトリップを企画した同大学院研究員の古賀 林観 さんは、「色々な国籍の学生たちと日本の医療や公衆衛生について率直に話をする機会を持ったことで、食事や皆保険など当たり前だと思っていた日本の良さを改めて実感できた」と振り返ります。一方で、長寿社会の中での延命治療の在り方や、家族の介護の負担をどのように減らすかなど問題点も見えたといい、「大学院で学ぶこと以上の経験になった」と話します。
来年のトリップを企画している同大学院修士課程の平山敦士さんは、山形大学の医学生だった2007年、ジャパントリップの一環として開かれた公開シンポジウムに参加したことをきっかけに大学院への留学を目指したそうです。トリップの参加者らと交流をして、医療の専門家だけでなく、弁護士や行政関係者など様々な業種の人が協力して市民の健康を守るという「公衆衛生」の分野を知った平山さんは、「臨床医になることしか考えていなかったが、社会システムを含めて病院の外でも健康な社会を作るために色々なことができることを知り、公衆衛生を学びたいと思った」と振り返ります。平山さんは、「日本の学生や若者にも公衆衛生をもっと知ってもらいたい」と話しています。
小野崎さんたちと一緒に第一回のトリップの企画を担当した江副聡さんは、現在は厚生労働省に今年10月にできたばかりの「国際保健企画官」として、地球全体の人々の健康を守るグローバルヘルスの分野を担当し、UHCの普及、健康危機への対応や高齢化対策などのテーマについて、WHOやG7など国際的な場で活躍しています。
江副さんは、「トリップを通して、比較的低い医療費水準で高い健康水準を達成した日本が、どのようにそれを達成したのか、高齢化や財政圧力の中でいかにそれを持続させるのか、世界が注目していることを実感した」と振り返ります。また、「国や地球規模で健康の向上を目指す同志が日本を含め世界中にできたことも財産」と言います。トリップや、留学で学んだ視座を通して、世界の動向を日本に活かし、日本の経験で世界に貢献することを意識して、今の仕事を進めているそうです。
少子高齢化が進む日本の未来は必ずしも明るい話題ばかりではありませんが、将来の日本の健康施策の中心となって活躍するであろう日本人学生たちが、日本の医療を世界に発信しようと取り組む姿はとても頼もしく見えました。来年のトリップでも、世界各国の学生たちが日本の医療制度について活発な意見交換をしてくれるといいなと思いました。
(来年のトリップの詳細はHP【英語】 https://www.hsph.harvard.edu/japan-club-so/ へ)
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