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精神科医・松本俊彦のこころ研究所

医療・健康・介護のコラム

松本俊彦さんインタビュー(下)薬物依存症の治療プログラムとは?

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松本俊彦さんインタビュー(3)薬物依存症の治療プログラムとは?

 ――具体的に薬物依存症の患者さんがどのように回復していくかを教えてください。松本先生は、依存症の人をグループワークで治療するプログラム「スマープ(SMARPP)」を開発されましたね。

 

 「スマープで治るわけじゃないのです。なぜスマープを作ったかというと、それまでは薬物依存症の当事者が運営するリハビリ施設『ダルク』しかなかったんですよ。でも、よく知りもしないのに偏見を抱き、『どうしてもダルクには行きたくない』という人も多かったのです。だから、病院もダルクになかなか、つながなかった。でも、私はダルクがとてもいい仕事をしていると思ったので、そこにつながるきっかけが欲しいと思いました。私がスマープでやろうとしたのは、薬をやめるきっかけをつかむプログラムです。それをつかんだ後、次に必要なのは、やめ続けるためのプログラムです。それには、当事者が運営するリハビリ施設や自助グループが必要です。しらふになった状態で自分の生き方を振り返る。その時に、同じ問題を抱え、同じ生きざまをしてきた仲間の存在はすごく大きいのです」

 

 ――やめ続けるために、どのように仲間の存在が役立つのでしょうか?

 

 「そもそも、薬物を使うのはさみしがり屋の人が多いのです。自分がこの世にいてはいけない存在、いらない存在、余計な存在と思っている人が多い。そういう人は、とにかくどこかに居場所や絆が欲しいのですよ。たぶん、家や学校にはなかったのでしょうね。その時、同じはぐれ者同士が集まって、はぐれ者の絆を強くするには一緒に秘密を持つのが効果的です。その中で薬物が利用されたり、職場の結束を固めるのに飲み会があるのと同じように、 酩酊(めいてい) 物質が特定の作用をしたりしたのでしょう。彼らが薬を使うようになったのは、仲間の存在がきっかけであり、薬の一番の報酬効果は、快感ではなく、仲間ができて、一時的には孤立を解消できるということです。もちろん、最終的には薬のせいでその仲間さえも失い、『人は裏切るが、薬は絶対に自分を裏切らない』と、前以上に孤立し、薬だけを『親友』と信じ込む状態に陥ってしまいます。海外では、乱用者にとってこうした立場になった薬のことを「ケミカル・フレンド」というそうです。だから回復にも、仲間を得て、孤立を解消するという報酬が必要なのです。仲間の中で、薬を使わなくても、ありのままの姿で認めてもらうという場所が、回復のためにとても必要になるのです」

 

 「自助グループのいいところは、例えば、NA(ナルコティクス・アノニマス、薬物依存症者の自助グループ)や、AA(アルコホリクス・アノニマス、アルコール依存症者の自助グループ)の12ステップの治療プログラムでは、最も大事にされるのは、今日初めてミーティングの場にやってきた人なんです。彼らが教師です。なぜなら依存症というのは、別名、忘れる病気。すぐ喉もとを過ぎますよね。『もう酒はやめた』という人が、翌日にはもう飲んでいたりする。だから、初心を忘れないようにするために、ビギナーがすごく大事な存在となるのです。それから、薬物依存症の人は依存物質を手放した先に、自分がどうなるかが不安なんです。依存症だけではなく、摂食障害の人もそうです。症状を手放した後の自分のイメージがつかめない。それと共にあることで、少なくともこれまでは死なずに生きてきた人たちだから、手放すのが不安なのです。その時、自助グループなら、先ゆく仲間がいるのですよ。自分の過去と未来と出会える場なのです。しかも、仲間の話を聞いていると、生まれ育ち、職業、学歴など、全然違うはずなのに、寂しさの中でもがいているいろんな姿を見る中で、自分の姿が見えてくる。これはとても不思議な効果です。医師から頭ごなしに言われたり、上から目線で言われたりでは絶対得られない効果なんです」

 

 ――そこにすぐにつながるのを拒否する人のために、院内や施設内でやるのがスマープ。グループで依存症や対処法について学びながら自身の人生を振り返り、仲間にそのまま受け入れてもらう経験をするわけですね。

 

 「そうですね。グループでやります。依存症から回復するのに必要なのは、安心して『やりたい』とか『やっちゃった』とか『やめられない』と言える場所なのです。家族の前では無理ですよね。『またやっちゃいました』と言ったら、家族は泣き出してしまうから。でも、医療機関なら、それができる。誰も悲しげな顔をしないし、誰も不機嫌になったりしない。そもそも覚醒剤依存の人が『やりたい』と人前で言えるなんて、すごいことです。だって彼らは、やりたい時は誰にも言わずにこっそりやっていた人ですから。わざわざ人前で言うということは、『どうにかしたい』『助けてほしい』ということです。これはなかなかの進歩なんですよ。でも、それを一般の人にわかってもらうのは 無茶(むちゃ) な話なので、まずこのプログラムの中でそういう体験をしていただく。実は我々のスマープの中には必ず、当事者、ダルクのスタッフに入ってもらっています。ダルクというと、みんな暴力団の人の集まりだとか思いこんでいるのですが、結構さわやかなイケメンの若者だったりして、親しくなって、一緒に遊んでいるうちにダルクにつながっていくのです」

 

 ――スマープではとにかく歓迎の姿勢を見せることがポイントだそうですね。そして、「やった」と告白したら、褒める。

 

 「そうです。尿検査もしますが、陽性になったからといって、もちろん通報もしないし、責めない。だって本人たちは尿検査で陽性になることを分かって来ているのです。それは、すごいことですよ」

 

 ――通報義務がないということについては、医師の中でもまだ意見が分かれているそうですね。

 

 「はい。そうですね。逆に通報しても違法ではないんですよ。犯罪を憂う市民としての告発行為ということですね」

 

 ――医師の守秘義務はかからないということですね。

 

 「中には、『うちは公立病院で自分は公務員だから、公務員の犯罪告発義務というのがある』と主張する人もいます。でも、実は医療や相談・援助に関わっている公務員の場合には、公務員個人の裁量権は認められています。本人の更生や教育のためには、告発するよりも、治療がよいという判断は許容されています。だから、どっちを選択してもいい。ただ、薬物依存症患者は刑務所に行った方がプラスになると思っているから通報する人もいる。でも、そうじゃないのです。それは医療者として本当にすべきことなのかと思います。よくあるパターンは、通報はするのに、本人に回復のための社会資源も教えないし、家族にも依存症に関する家族教室の情報を教えずに、ただ通報するだけの人がいるんです。それはもう医療者とは言えなくて、捜査機関の末端分子ですよね」

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松本 俊彦 (まつもと・としひこ)

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長

 1993年、佐賀医科大学卒業。横浜市立大学医学部附属病院精神科助手などを経て、2004年に国立精神・神経センター(現、国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所 司法精神医学研究部室長に就任。以後、同研究所 自殺予防総合対策センター副センター長などを歴任し、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

 『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『もしも「死にたい」と言われたら――自殺リスクの評価と対応』(中外医学社)、『よくわかるSMARPP――あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存臨床の焦点』(同)など著書多数。

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