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精神科医・松本俊彦のこころ研究所

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松本俊彦さんインタビュー(中)薬物依存症の報道、どうあるべきか

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松本俊彦さんインタビュー(2)薬物依存症の報道、どうあるべきか

 ――これまでのお話で、薬物依存症は厳罰主義では回復しないということがよく分かりました。とすると、私たちは、どう報道すべきで、警察はどのように容疑者に対応すべきなのでしょうか? 日本では薬物は違法ですから、犯罪は犯罪として取り締まらなくてはいけないと思うのですが。

 

 「メンタルヘルスの問題に関して、マスメディアの担う役割はとても大きいと思っています。まだまだ偏見が強い分野ですし、社会に啓発していくためには、マスメディアによる発信はぜひとも必要です。だから、こういう事件が起きた時は、必ずそれがどういう病気で、どういうふうにすれば回復できるのかという情報を流してほしい。薬物を犯罪化している日本が悪いとは思いません。捕まることをきっかけに、真剣に治療に取り組む気持ちになる人が結構います。だから、報道する際には、『捕まった人にはぜひ治療を受けてほしい』というコメントを言ってほしい。また、歌手の槙原敬之氏も覚醒剤取締法違反で捕まりましたが、その後いろんな名曲を作っているわけですし、そういう回復した後の姿を紹介してほしいのです。現在は、たとえば『ASKAも田代まさしや清水健太郎と同様、地獄行き三羽がらすだ』などと 揶揄(やゆ) するような記事まで出るありさまで、とても残念に思います。現在、田代氏は一生懸命、治療プログラムをやっています。以前、彼と対談したことがありますが、そういう記事を見る度にすごく傷つくと言っていますね」

 

 ――警察も逮捕したり、事情聴取したりするのは当然ですね。ただ、さらし者になるようなことにはしない方がいいですね。

 

 「それが必要なのかどうかと問いたいです。そうではなくて、本当に回復してほしいと願うのであれば、逮捕者に対してきちんと、今後も社会人でいられるように、必要な治療情報を与えてほしいと思うのです。なぜ逮捕されたシーンを、ああいうふうにマスメディアのカメラの前で見せなければならないのか。それを何のためにやっているのかと疑問に思います。少なくとも回復には害でしかない。今回、事前の情報とか、報道陣の詰めかけ方を見ていると異常です。政治家や大企業の経営者の汚職や背任であれば、社会的な影響も大きいので、公益性があるような気もするのですが、一歌手の逮捕を、それも薬物犯罪のように被害者のいない犯罪に対してこのように対応することに、どのような公益性があるのでしょうか? 薬物依存症は、私のような専門医からすると、極めて私的な問題であるように思います」

 

 ――マスメディアは逮捕された事実を淡々と書き、それがどんな病気なのかを説明しつつ、「それはこうやったら治るのだから」として、適切な治療情報につなげる。「もし皆さんも今、悩んでいるのだったらこういうところに相談して下さい」という情報も紹介する。

 

 「そうです。それから、薬物依存者のご家族も悩んでいるので、『地域の精神保健福祉センターに相談して下さい』と伝えてほしいです。自殺予防のための報道ガイドラインでも、報道のあり方について書かれていますね。自殺報道は新聞の1面で扱わないとか、手段・方法について詳細に書かないとか、遺書を公開しない、支援のための相談窓口の情報を提示するなどのルールがありますが、これはとても大事なことです。いじめ自殺などは遺書を公開すると、全国でいじめられているほかの子の自殺を誘発しますから。このルールを大手新聞は守るようになっています。週刊誌やスポーツ新聞は必ずしもそうでもありませんが、そのような報道ガイドラインと同様のものが、薬物報道にも必要なのではないかと思います。例えば、注射器とか粉とか現物の映像を出さないとか、回復のための社会資源に関する情報を提供するとかです。また、犯罪は憎んで結構ですが、個人の人生全体を否定するような物言いは避けるべきだということですね。あと一番報道で苦しんでいるのは、ご家族です。奥さんはどこに行っても追いかけ回されるし、子供が学校でいじめられるケースもあります。そういう二次被害を防いでほしいのです」

 

 ――自殺報道の注意点は、記者の中でも広まっています。震災後の報道に関しても、「トラウマになるような被害の詳細を直後に聞いてはいけない」など、新聞社の中でも徹底されてきました。薬物依存症の報道も同様にということですね。

 

 「著名人の薬物問題について、大手新聞はそれほどひどい報道はしていないと思います。問題はテレビだと思います。若い人のテレビ離れが進む中、テレビを見る保守的な層に分かりやすい勧善懲悪の図式を作っています。著名人の薬物ネタは、視聴率が上がるのですよ。普段、薬物問題なんて追いかけていないメディア関係の人が来て、僕が過去に出した本やインターネット上のインタビュー記事などを見て、『この言葉を使わせてくれ』と切り取って使おうとしたり、無許可で使ったり、取材もしていないのに書いたりする。報道や取材のレベルも落ちています」

 

 ――薬物依存症だけではなくて、著名人が重い病気になったとか、いわゆるキラキラした人生から転落するというストーリーを好みますよね。新聞も例外ではありません。この風潮を、精神科医としてはどのように見ているのですか?

 

 「もうそれは、他人の不幸は蜜の味で、昔から変わらない人間の本性ですね。でも、それを求める動きが余計ひどくはなっています」

 

 ――それは社会情勢が影響しているのでしょうか? 経済の低迷や格差の広がりで、ギスギスした空気が流れているとか。

 

 「どうなんでしょうか? 社会情勢がそういう『ベタ』な物語を好むような状況に引っ張っているかどうかは分かりませんが、差別とか排除の力学は以前よりも強まっている気がします。相模原事件があって、優れた識者のなかには、この機会に自分の中にある優生思想を振り返ろうという重要な指摘をしてくださった方もいましたが、その舌の根が乾かないうちにアナウンサーの長谷川豊氏が透析患者の自己責任論を主張し、支持する人たちも大勢いました。高須克弥先生が、『(フィリピンの)300万人の麻薬中毒者を喜んで虐殺しよう』と暴言を吐いたフィリピンの大統領ドゥテルテを支持するような立場を表明すると、SNSでそれに多数の賛同者が出てきたり。同じような排除とか差別の力学が、薬物依存症や薬物事案にも働きます。日頃から、そこまで悪いと思っているかどうかは分かりませんが、いったん火が付くと、みんなしてガーッと攻撃に走っています」

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松本 俊彦 (まつもと・としひこ)

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長

 1993年、佐賀医科大学卒業。横浜市立大学医学部附属病院精神科助手などを経て、2004年に国立精神・神経センター(現、国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所 司法精神医学研究部室長に就任。以後、同研究所 自殺予防総合対策センター副センター長などを歴任し、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

 『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『もしも「死にたい」と言われたら――自殺リスクの評価と対応』(中外医学社)、『よくわかるSMARPP――あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存臨床の焦点』(同)など著書多数。

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