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精神科医・松本俊彦のこころ研究所

医療・健康・介護のコラム

松本俊彦さんインタビュー(中)薬物依存症の報道、どうあるべきか

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 ――攻撃性に火が付く風潮は、SNSなどが発達した影響でしょうか?

 

 「そのように僕も最初思ったんです。ネットがいろんな人間のゆがんだ感情を増幅させる装置になっているのではないかと思ったのです。でも、今回の逮捕報道に関して、テレビのおかしな行動に最初に異議が上がり始めたのはツイッターでした。僕はそれは少しうれしかった。まともな人がいるんだと安心しました」

 

 ――ヘイトスピーチもそうですが、誰かを引きずり下ろしたり、排除したり。「得する人は許さない」と足を引っ張ったりする力が大きくなっていると感じます。

 

 「でも、生活保護バッシングなども激しくたたいている人たちはどういう人かというと、貧困層なのですよね。激しく排除、攻撃する人たちも、実は自分たちが排除されるのではないかという不安におびえている人たちなんです。だから、実は加害者も被害者なのかもしれなくて、バッシングする人たちをただ単に責めればいいという問題でもないような気がするのです」

 

 ――自身の不安が他者の排除につながっているんですね。

 

 「自分の居場所を作るために、誰かをたたかないと居場所ができない。でも、もしかすると、テレビのコメンテーターの人たちも、例えばテリー伊藤さんだって、エキセントリックで誇張した発言をしないと自分のポジションが維持できないという不安があるのかもしれません。求められている役割を演じている中で、どんどん自分の個性がグロテスクに強調されていくことにあらがえないのかもしれない」

 

 ――先ほどのアドバイスもありましたので、薬物依存症というのはこういう病気なんだというのを伝えたいです。一度なると治ることはなく、ずっと付き合っていかなければいけない慢性疾患で、何度も再発を繰り返す可能性があるのですね。

 

 「完全に治ることはないということを言い過ぎると、一生治らない病気と絶望してしまいます。治る、とまず言いましょう。でも、再発しやすい。そういう病気ってたくさんありますね。例えば、慢性湿疹みたいな病気は治りますが、すぐ再発します。薬物依存症もそういうものだと思うのです。ただ良くなってくる過程で再発が非常に多い病気です。これは有名な海外の研究なのですが、アルコール、薬物の依存症患者たちは、かなり厳格な入院治療を受けた後でも、退院して、断酒や断薬の安定した状態に到達するためには、平均7回から8回、失敗するのです。失敗というのは、ちょっと使うという意味ではありません。1回使ったぐらいでは失敗のうちに入らない。以前の最もひどい時と同じような乱用状態にぶり返すことを7、8回繰り返しながら、治っていくのです。再発は治療の正常な経過として、最初から織り込み済みの現象なんですよ」

 

 ――再発は織り込み済みだから、「またやった! ダメなヤツだ」と、一方的に責めるのではなく、当然あり得ることだと見守るということですね。

 

 「そうです。国際的にはそういった観点から、糖尿病などと同じ慢性疾患なんだと認識されています。糖尿病を抱えていても、自己実現できて、社会で活躍できる人はいっぱいいますね。でも、そのためには、セルフケアが必要で、食生活や運動で気を付けないといけないところがあるわけです。同様のことが薬物依存症にも言えるんです。糖尿病の血糖値がたまたまコントロール悪くなったからと言って、医師から叱責されたり、『もうお前、来るな』と言われたりはしませんが、薬物依存者の場合は、依存症の専門医でない人から『もう、うちでは診られません」と断られてしまう。本当は失敗した時にこそ、いろんな気づきがあるのですけれども」

 

 ――どういう気づきなのでしょうか?

 

 「好きなものを手放すというのは非常に大変なことです。薬を使った人が全員、依存症になるわけではありません。お酒を飲む人もみんなアルコール依存症になるわけではないですよね。やはり、しんどい人ほど快楽の幅が大きくなるので、ハマっちゃうのですよね。薬を使った効果は、脳内のドーパミン報酬系に記憶されます。つらい状況にある人ほど、その快楽が脳に強く刻み込まれます。ただの快楽だったらば、人によっては飽きるのです。ほかに楽しいことはいっぱいあるからです。でも、ずっとつらいことを抱えていた人は、それが楽になることには慣れないです。いつまでたっても、その快楽を渇望するのです」

 

 「『ダルク』の施設長をやっている、ある人は、『自分は15歳の時から30代の前半までありとあらゆる薬をやったし、ほとんどしらふの時間はなかった。15歳の時、最初の薬に手をつけなかったら自分の人生はどうなっていたかなとよく振り返るけれど、どう考えても、自分は自殺していたと思う』と言うのです。薬のおかげで死なないで済んだわけです。だから、薬を使うのはベストな選択肢ではないけれども、死ぬことに比べたらベターかもしれない。そうやって今はダルクの施設長をやって、多くの薬物依存者を助けているわけですから、社会的に有用な存在となっているわけですよね」

 

 ――その元の苦痛というのが、なぜ依存症になるのかということの理由なのですね。そこに気付くことが必要だと。

 

 「そうですね」

 

 ――そして、その根元にある傷や苦痛は、社会から排除することによっては解決しない。

 

 「はい、解決しません。特に薬物依存者の成育歴を見てみると、もちろん例外はありますが、虐待やネグレクトを受けていたり、小中学校でいじめられていたり、あるいは親からの高すぎる要求に応えられずに、『いくら頑張ってもダメな自分』という自己評価をずっと抱え続けていたりした人が結構多いのです。薬を使う以前に、すでに排除され孤立している感覚を身に付けていて、それ故に薬を使って生き延びて、依存症になってからまた排除される。だから社会的弱者をどんどん排除していくという構図ですよね」

 

 ――だから治すためには、社会が排除するのではなく、受け入れることが必要なのですね。

 

 「少なくとも社会で回復しようとしている人の足を引っ張らないでほしいです」

 

 ――受け入れられないにしても。

 

 「はい。『心情的にどうしても受け入れられない』という人がいるのは仕方ないですが、足を引っ張らないでほしいのです」

 (続く)

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松本 俊彦 (まつもと・としひこ)

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長

 1993年、佐賀医科大学卒業。横浜市立大学医学部附属病院精神科助手などを経て、2004年に国立精神・神経センター(現、国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所 司法精神医学研究部室長に就任。以後、同研究所 自殺予防総合対策センター副センター長などを歴任し、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

 『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『もしも「死にたい」と言われたら――自殺リスクの評価と対応』(中外医学社)、『よくわかるSMARPP――あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存臨床の焦点』(同)など著書多数。

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