がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点
医療・健康・介護のコラム
標準治療って何? ~標準治療はどうやって決まるのか?標準治療の誤解~(下)
臨床試験の重要性~どうやって標準治療が決定されるか?~
実際の例をあげますと、
悪性リンパ腫の治療で、1980年代後半に多剤併用療法と呼ばれる抗がん剤の併用療法が大流行しました。
悪性リンパ腫の抗がん剤は、1970年代に開発された「CHOP療法」という4つの薬剤を投与するのがそれまでの標準治療でしたが、1980年代になり、新しい薬剤を加えた、治療を強化した多剤併用療法の「MACOP-B療法」「m-BACOD療法」「ProMACE-CytaBOM療法」などが、臨床第2相試験で非常に良い奏効率を示しました。
その当時、日本でもこうした多剤併用療法が大流行して、たくさんの患者さんに投与がなされました。
ただ、多剤併用療法は、CHOP療法に比べると、治療を強化した結果、患者さんがその強い副作用に苦しまなければなりませんでした。
私も研修医時代に、悪性リンパ腫の患者さんに多剤併用療法を投与したことがあります。確かに効果はあるようには見えましたが、患者さんは副作用のため、ずっと入院しなければならず、吐き気や口内炎、下痢などの強い副作用に耐えなければなりませんでした。
多剤併用療法のエビデンス(科学的根拠)は、臨床第2相試験のみ、すなわち、比較のない単独の治療法のみを行った治療成績の報告だったので、やはり第3相試験が必要だろうということになりました。
第3相試験というのは、治療法を、これまでの標準治療と、評価しようとする新しい治療法とに患者さんをランダムに振り分けて、治療成績を比較します。ランダムに振り分けるのは、患者さんの治療法以外のデータをそろえるためです。
つまり、抗がん剤が効きそうな全身状態の良い患者さんが偏らないようにするためです。
悪性リンパ腫に対する従来の標準治療CHOP療法と、m-BACODなどの多剤併用療法の臨床第3相試験は、米国で行われました(2)。
899人の悪性リンパ腫の患者さんが、無作為に振り分けられ、生存期間の比較が行われました。
その結果、何と、新しい多剤併用療法は、従来のCHOP療法とほとんど生存率が一致してしまいました(図1)。

つまり、多剤併用療法の治療効果が良かったという第2相試験の結果は、単に“選択バイアス”を見ているのにすぎなかったということがわかったのです。
悪性リンパ腫の治療は、多剤併用療法の時代から、1970年代のCHOP療法に逆戻りしてしまったのです。
その後、2000年代に入ると、リツキシマブという分子標的薬が開発されました。
CHOP療法に、リツキシマブを加える治療法(R-CHOP療法)を比較した臨床第3相試験が行われ、R-CHOP療法がCHOP療法単独治療よりも生存期間で優った結果が得られ(3)、R-CHOP療法が悪性リンパ腫の現在の標準治療になったのです。
このように、治療法を正しく評価するためには、臨床第3相試験、すなわち、ランダム化比較試験が必要であるということがおわかりかと思います。
そういった意味でも、治療単独のデータというのは、わかりやすい反面、さまざまなバイアスがかかるため、その解釈については、科学的に十分に気を付ける必要があります。
よくインターネットに、
「○○という最新の治療、数千例の治療実績」
などといったうたい文句で、怪しげな治療の宣伝があります。
こうした治療効果の表現の仕方は、ある意味、とてもわかりやすいのですが、インターネット上のこのような情報は、“そもそも科学的に評価した臨床試験のデータですらなく、まったく信用できない”ということが、これまで読んでくださった皆さんには、おわかりになることと思います。
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日本内視鏡外科学会に来ています。
研修医時代の10年ほど前とはカメラも他の器材も変わっています。
研修医がカメラを持つ雑用と力仕事をしないでもよくなりました。
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腹腔鏡の鉗子や自動吻合器も進化しています。
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ミリ以下の世界の修復は、正直に言って、自己修復で十分なような気もします。
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いまの常識では不必要なくらいの精密さがあるいは未来の標準治療になるのかもしれないですね。
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他紙で「大学病院は標準医療を推進すべきところ」という医師の意見の記載を見ました。 間違いなく誤りで、「標準医療をメインに施行しながらも、次世代の...
他紙で「大学病院は標準医療を推進すべきところ」という医師の意見の記載を見ました。
間違いなく誤りで、「標準医療をメインに施行しながらも、次世代の標準治療や非標準ながらも患者の生命予後やQOLの向上に貢献する診断治療を考えるところ」でしょう。
施設の規模や医師数や看護師数などの問題で特性は変わりますが、どこの病院でも変わらないコアだと思います。
新研修医制度や新専門医制度の制度設計や過渡期を経験した医師でないと見えづらいのは、問題が大学病院と地域の中核病院と中小病院やクリニックなどの役割が変わりつつあることではないかと思います。
医療サイドだけでなく、人口や産業が東京に集中する現実との兼ね合いがあります。
採算や人員の問題もありますから、人員の少ないところほど、研究や非標準医療に割ける余力はなくなります。
地域と都会では大学病院の意味合いも変わり、ビジネスモデルや指揮系統の形が変わります。
自分が健診で地域に行くときも、その地域の中小病院で完結するべきか、その地域の中心都市の大病院で完結するべきか、数時間かけて大都市まで行くべきか、問いかけます。
良くも悪くも、日本の保険証は全国共通ですからね。
地域枠の医師が育つまでの時間と医師の強制配置の議論が混同されがちなのも問題です。
ビジネスモデルのあまりに違う組織でボスをやってきた経験が、都会の若手と適応障害を引き起こす事例は過去にも新聞を賑わせてきました。
他のインフラ、地域振興予算や食の安全を絡めた柔軟な案を優秀な官僚が思いついてくれることを期待します。
標準医療を考えることで、そうでない医療の意味や価値も見えてくるのではないかと思います。
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若い方のがん患者です
るる
37歳になる直前に、上顎洞がんの線様のうほうがんとわかり、切除と放射線をうけました。 放射線もあまりきかない、抗がん剤は有効な物(エビデンス)は...
37歳になる直前に、上顎洞がんの線様のうほうがんとわかり、切除と放射線をうけました。
放射線もあまりきかない、抗がん剤は有効な物(エビデンス)はない、と最初に聞かされました。
でも放射線が終わってしばらくして、抗がん剤を・・・と言われました。
お断りしております。
効きにくいものを使って、運良く?奏功するならいい。でもそれ切っ掛けにガタガタッと崩れていく人が多いように見えてます。同じ病気の人は・・・いませんけどね。それでもです。他のコメントでサバイバーの方が仰っていましたが「抗がん剤ひとつめでだめならふたつめ、みっつめ・・・いつか尽きる」。それで寿命を延ばすといっても、使った場合のほうが伸びたと明確に言えるのか?もちろん「いつか尽きる」そのいつかが10年くらい先になったというのであれば私も納得しましょう。けれど実際は・・・伸びたかもしれないのが1年2年、その間月2万くらいの薬+副作用、しかも体調の悪化しかない期間というのは、長く生きられたよかった!の言えるか?
個人的にはそれは、してもしなくても同じじゃないかと思えます。
尚食事療法は、めちゃくちゃな食生活だった人には奏功することもあるでしょう。
しかし元から野菜中心それもできるだけ減農薬有機、味付けが基本塩辛い&量が私には多すぎる外食は避け気味(1年ほど仕事忙しくて増えたが)、喫煙なし、非がん家系でも発症した人間がここにおりますから(^^;
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