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精神科医・松本俊彦のこころ研究所

コラム

松本俊彦さんインタビュー(上)ミュージシャン逮捕 薬物依存症は犯罪なのか、病気なのか

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 ――余談ですが、薬でいい創作ができるというものではないのですか?

 

 「かつて何人かのミュージシャンの治療にかかわったことがありますが、当然みんな、薬とは関係なく才能がある人たちなんです。それが才能の限界を感じたり、創作のプレッシャーで行き詰まったりした時に薬に手を出し、活動に支障を来たしてしまうというパターンが多い。その意味では、むしろ薬は才能の足を引っ張るところがあるのです」

 

 ――先生が治療のためのグループセッションで、「これまで覚醒剤のことで家族や親しい人たちに、『ヤキ』を入れられた時、どういう気分になりましたか?」と尋ねると、みんなが「余計にクスリをやりたくなりました」と答えたというエピソードがとても印象に残っています。罰する態度が回復に効果がないということは、科学的にも証明されているのですか?

 

 「一つの例えとして、アメリカの『ドラッグ・コート(薬物裁判所)』の試みがあります。かつてアメリカでは違法薬物使用者に厳罰をもって臨んだ時代がありましたが、その結果は刑務所の『回転ドア現象』(薬を使って刑務所に入り、出所してまた薬を使い、刑務所に戻る)を加速させただけでした。そこで、ある時期から刑務所には入れないという選択肢も置くようにしたのです。違法薬物を使った人を裁判所に呼んで、『刑務所に入りたいか? 家に帰りたいか?』と聞く。すると当然、『家に帰りたい』と言いますね。そこで『それなら俺たちの言うことを聞く?』と言うわけです。裁判所が指定した治療施設に毎日通い、抜き打ち検査もされる。もし尿検査で陽性が出たとしても、すぐには捕まりません。でも、あまり陽性が続いたり、治療プログラムをサボったりしていると、週末だけ警察の留置所に入れられ、週明けにまたプログラムに行くことになります。数か月に1回、裁判所に呼ばれて、これまでの治療状況をチェックされます。そして、1年半後ぐらいに、最終的に、最後の数か月間クリーンな状態が続いていて、プログラムもサボっていなければ、無罪判決が出て、前科も消えるのです」

 

 ――司法取引のようですね。刑務所に入った場合との効果の違いはあるのですか?

 

 「ある研究によれば、違法薬物を使って州立の刑務所に入った人の、出所後3年以内の再犯率は78%です。ところが、ドラッグ・コートの卒業生の3年以内の再発率は21%です。しかも、刑務所に入れると、受刑者の衣食住もすべて税金でまかなわなければならないし、刑務官も雇わないといけない。でもドラッグ・コートの場合は、お金がある人は治療費を自分で払ってもらうのです。無理な人は国が援助します。ヨーロッパは、基本的に個人主義の国なので、薬物を売るのはダメですが、自己使用はご勝手にというところです。アメリカはそれまでは厳しかったのです。1980年代に入って、コカインの乱用がニューヨークのお金持ちの間で問題になり、さらにクラックという安価なコカインが登場し、コカイン汚染が国民全体に広がりました。それまでのアメリカは、アルコールと同様、離脱症状が深刻なヘロインなどが多く、『使っても地獄、使わなくても地獄』という状態に陥って、ある意味で『懲りる』ことができました。しかし、コカインは禁断症状がないので懲りない。その乱用に対して、時のレーガン政権がとった厳罰主義の結果が、先に述べた、刑務所の『回転ドア現象』だったのです。それでカリフォルニア州の裁判官たちが腹を立てて、もう刑務所や国に任せていられないと立ち上がり、始めたのがドラッグ・コートだったんです」

 

 ――この取り組みは広がっているのですか?

 

 「今ではアメリカ全土で行われています。アメリカでも薬物問題は、犯罪ではなく、治療として扱わないといけないという方向に (かじ) を切ってきたということです」

 

 ――ほかの先進国ではどのような状況ですか?

 

 「ヨーロッパは個人主義の国なので、治療処遇を積極的に行っていました。ポルトガルに至っては、すべての薬物を非犯罪化しました。非犯罪化して積極的に薬物乱用者を保健・医療的な支援につなげた結果、国民の薬物経験率が低下した、という有名な試みです。結局、薬物を犯罪とすると、地下に潜っていくのです。そうすると、売人は子供にも売り出すようになる。逆に、アメリカの大麻合法化の流れもそうですが、国が管理するというあり方も広がっています。オーストラリアは、街中に薬物を注射できる部屋を設けているんですよ。汚染された注射でこっそりと薬物を使えばHIV感染が広がるし、使い方を誤ると過量服薬で死んでしまう。だから、ちゃんと看護師が常駐している部屋で、清潔な注射器を使って“正しい使い方”を教わりながら使う。こういう環境があると、例えば、シングルマザーで薬物にハマっているお母さんがそこに来て、ついでに子供のことを相談できたりする。そこで行政は児童を保護したり、いろんなサポートにつなげたりできるのです。今までは、役所や病院に相談に行こうと思っても、捕まるのではないかと思ってどこにも相談できず、子供を虐待していたような人たちです。薬物問題は、規制することによって生じるかもしれない二次被害をいかに防ぐかということがとても大事なのです。規制には必ずデメリットがあるのです」

 

 ――日本は規制が厳しい国ですね。

 

 「規制によるデメリットを最近、我々は経験したばかりです。危険ドラッグの乱用が2010年頃から始まりましたが、あの時は規制のイタチごっこでしたね。ちょっとずつ化学構造式を変えて規制から逃れようとするので、最終的には化学構造式の『枝葉』を変えても、『幹』の部分が似ていたら全部ダメという規制(包括指定)が行われました。問題は、その過程で、どんどん危険ドラッグの中身が未知のものになり、危険なものになっていったことです。実際に我々の調査でも明らかになっていますが、規制をすればするほど、乱用者の中でけいれん発作を起こしたり、筋肉の細胞が血中に溶け出す横紋筋融解症で救命救急センターに運ばれる人の割合が増えたのです。危険ドラッグ使用による死亡事例も増えましたし、危険ドラッグの影響下での交通事故も増えたんです。規制というのは本来、国民の健康を守るため、あるいは社会の安全を守るために必要なものです。しかし、危険ドラッグに関して言えば、ある段階で、国民の健康はより脅かされ、社会の安全も交通事故が増えて脅かされた。最終的に薬事法を改正して、『もうとにかく、やばいものは売っちゃダメ、売るなら自分で安全性を科学的に証明しろ』という、半ばやけくそのような法律ができて収まりましたが、そこまでたどり着くプロセスは失策だと言わざるを得ません」

 (続く)

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松本 俊彦 (まつもと・としひこ)

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長

 1993年、佐賀医科大学卒業。横浜市立大学医学部附属病院精神科助手などを経て、2004年に国立精神・神経センター(現、国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所 司法精神医学研究部室長に就任。以後、同研究所 自殺予防総合対策センター副センター長などを歴任し、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

 『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『もしも「死にたい」と言われたら――自殺リスクの評価と対応』(中外医学社)、『よくわかるSMARPP――あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存臨床の焦点』(同)など著書多数。

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3件 のコメント

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健康に気を付けている人間からすれば

さわみず

自分のように日々、酒タバコお菓子油ものなどを自主的に節制して健康に生きてる人間からすれば、自分勝手で体を壊した人間に自分の払ってきた税金を使って...

自分のように日々、酒タバコお菓子油ものなどを自主的に節制して健康に生きてる人間からすれば、自分勝手で体を壊した人間に自分の払ってきた税金を使ってほしくない。
治したいなら自分のお金を使ってほしい。
それよりも、会社からのパワハラモラハラなど目に見えない悪で全うに生きていたのに苦しめられている人間に税金を使ってほしい。
薬をやっていない人間はたまたまやっていないんじゃなく、誘惑に負けないよう努力をしている。
わたしは自分の努力に精一杯で努力をしなかった人間を助けることは出来ない。

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ASKAさんを心から信じている者です。

あい

今回の逮捕劇に腹立たしさしか感じません。 警察やメディアに不審を感じます。 冤罪事件が多すぎること、人が人を裁くことに間違いがあってはならないこ...

今回の逮捕劇に腹立たしさしか感じません。
警察やメディアに不審を感じます。
冤罪事件が多すぎること、人が人を裁くことに間違いがあってはならないことです。
陽性反応出たというだけで、毛髪鑑定もせず、冤罪の可能性しか感じません。
何の証拠も見つからず長い間拘束され、日本の法律って理解できません。

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正論な先生

くま

テレビの報道の在り方、司会、コメンテーター、専門家にはいつも一方的な内容で疑問でした。 先生がおっしゃる事をもっと拡めてもらえませんか? 日本の...

テレビの報道の在り方、司会、コメンテーター、専門家にはいつも一方的な内容で疑問でした。
先生がおっしゃる事をもっと拡めてもらえませんか?
日本の報道、警察、専門家は古典的で、外国の良い情報を取り入れ、改正する必要があります。
推定無罪の段階で、異常な報道をしたマスメディアは正義だとでも思っているのでしょうか?
テレビ局に依頼された専門家も街頭のインタビューもいつも同じコメント。
テレビ局の都合に操られているとしか思えません。
先生のように、薬物の広い視点からの意見、事実からかけ離れ異常に膨らんだ報道姿勢の改善を願います。

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