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聴覚障害の監督、日本縦断の記録…意思疎通の壁 見つめ直す

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「苦手なことから逃げていた」

 聴覚障害者と健聴者のコミュニケーションをテーマにしたドキュメンタリー映画「スタートライン」が全国で上映されている。監督は聴覚障害を持つ名古屋市在住の今村彩子さん(37)。自転車で日本縦断の旅をしながら、思うように“会話”できない悩みや葛藤、その先に見えた希望を赤裸々に描いている。

聴覚障害の監督、日本縦断の記録…意思疎通の壁 見つめ直す

「聞こえる人たちの中に飛び込んでいくことから逃げていた」と講演会で話す今村さん(10月18日、山梨県身延町の身延山高校で)

 今村さんは生まれつき両耳がほとんど聞こえない。聴覚障害者同士とは手話で、健聴者とは唇の動きを読んだり筆談したりしてコミュニケーションを取っている。だが健聴者と接することは「何を話題にしたらいいか分からない」ため、ずっと苦手だという。

 今村さんは聴覚障害者の生き方をテーマに、これまで26本の映画を作ってきた。2年前、母と祖父を相次いで亡くしたことをきっかけに、「耳が聞こえないからコミュニケーションが難しい」と劣等感を持っていた自分を変えようと思いついた。趣味の自転車で沖縄から北海道へ日本縦断を続けながら、出会う人々とのコミュニケーションをテーマに映画を制作した。

 旅は昨年夏の57日間。初めは「自転車旅をするだけで精神的にも肉体的にも精いっぱい」で、街の人に話しかけることもできなかった。旅には徐々に慣れたが、コミュニケーションの問題を抱えたまま最後の北海道へ。そこでオーストラリア人の青年ウィルさんと偶然出会う。

 ウィルさんは今村さんと同じように耳が不自由で補聴器をつけ、日本語もほとんどできない中、自転車の一人旅を続けていた。初対面の人にもすぐうち解け、事故で止まっている自動車を見つけると駆け寄って運転手に声をかけた。「彼は耳の問題と言葉の壁の両方があるのに、まったくコミュニケーションに不自由していない」。積極的に生きる姿を目の当たりにした今村さんは、自分の問題を突き付けられたようで、かえって落ち込んだ。

 自身の弱点を見つめ直すことができたのは、旅が終わってから。勇気を出して自転車旅の若者たちと交流し、「健聴者との壁は、自分自身が作っていた」と気付いた。

 撮影に同行した健聴者の自転車店店員、堀田哲生さん(41)からは、交差点での安全確認不足や、聴覚障害の友人とばかり交流しようとすることなどをしばしば注意された。映画では叱られて泣いたり、対立して口をきかなくなったりする場面もさらけ出す。

 旅で出会った人たちは、耳が不自由と分かると、今村さんに、身ぶり手ぶりを交えて思いを伝えようとしてくれた。相手を知りたい、伝えたいという気持ちがあれば、耳は聞こえなくてもコミュニケーションはできる。今村さんは「今までは何かができないことを耳のせいにしていたが、苦手なことから逃げていただけだと分かった」と言う。

 映画の題名には、映画監督としての新たな一歩を踏み出す作品との意味も込めた。「これからは聴覚障害を取り上げながらも笑ったり泣いたり楽しめる映画を撮っていきたい」

  メモ  映画「スタートライン」は、監督の今村さんと撮影担当の堀田さんが沖縄から北海道まで3824キロを自転車で縦断しながら、出会った人々との交流を描く。112分。公式ホームページ( http://studioaya.com/startline/top.html )に全国での上映予定が掲載されている。(石塚人生、写真も)

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