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虹色百話~性的マイノリティーへの招待

医療・健康・介護のコラム

第65話 消えた同性愛者? 東京都人権指針秘話

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すでに国レベルで人権課題と認知

消えた同性愛者? 東京都人権指針秘話

12月の都の広報は人権週間特集。性同一性障害や性的指向の項目が見えます。

 12月10日は世界人権デー。1948年12月10日、第3回国連総会で世界人権宣言が採択されたことにちなみ、第5回国連総会で決議されました。日本でもこれにあわせて人権週間が呼びかけられています。 法務省の強調項目 にも、

 (14)性的指向を理由とする偏見や差別をなくそう

 (15)性同一性障害を理由とする偏見や差別をなくそう

 が入っているのをご存じでしょうか。セクシュアリティーが人権課題であることは、国においても認識されています。

 11月11日には、法務省ほかの主催で シンポジウムも開催 されました。また、同省では2014年度に、性的マイノリティーをテーマとした約30分の人権啓発ビデオを作成しています。

 「 あなたが あなたらしく生きるために 性的マイノリティと人権

 同ビデオには約2分の概要版もあります。

 地方自治体でも、近年、性的マイノリティーについての啓発が盛んになるとともに、性的指向や性自認にかんする項目を含んだ条例や人権指針を作成するところも少なくありません。私の住む東京都にも「人権施策推進指針」があります。

 今回は、この東京都人権指針が2000年に策定されたときのエピソードをご紹介しましょう。この指針は、「同性愛者が消された指針」として、いまも私の記憶にあります。

答申にあった「同性愛者」が骨子から消えていた

 なぜ、都は人権指針を策定したのでしょう。やはり「外圧」によるものでした。

 1995年、国連が2004年までを「人権教育のための国連10年」と位置づけ、加盟各国に行動計画をつくるよう求めます。時の橋本内閣も国レベルで着手するとともに、地方自治体へも計画策定を指示しました。青島幸男都知事が、ようやく策定および人権部の設置を表明したのはその3年後、1998年のことでした。

 この当時、性的マイノリティーが人権課題であるという認識は、日本中、どこの行政担当者の頭のなかにもなかったでしょう。

 指針を策定するという都の表明に対し、差別に取り組む民間団体が連合して対策連絡会が結成されます。そこに「府中青年の家裁判」で東京都に勝訴したばかりの当事者団体「動くゲイとレズビアンの会(アカー)」が参加しました。

 連絡会の中心になった部落解放同盟・東京都連合会の人に話を聞いたことがあります。

 「指針をただの行政文書で終わらせないために、私たちでつながりのあった障害者、在日、アイヌ、外国人、ホームレス支援などの団体に呼びかけ、同性愛者団体にも参加してもらいました。私たちも、新しい課題を知れる期待が大きかった」

 このかたは、部落民であることを表明することと性的マイノリティーのカミングアウトの類似性を語ってくれ、私も興味深く聞いた記憶があります。

 連絡会は、都が99年2月に設置した学識経験者からなる「専門懇談会」に働きかけ、ゲイ、レズビアン、HIV陽性のゲイの3人の意見陳述を実現させました。行政側が同性愛者の声に直接、耳を傾けた、 稀有けう な機会でした。

 そして、12月に懇談会が指針作成のたたき台としてまとめた「提言」には、つぎのように明記されます。

「性的マイノリティー等(同性愛者、性同一性障害の当事者や自己の性別に不快感を伴う人々およびインターセックスを含む)……においても、いかなる人権問題に関わる要望が存在するのかについて目を向け、都のなすべき施策の中に取り込むことにした」 行政の文書としては当時、画期的なものとして、連絡会の人たちにも評価された一節でした。

 都・人権部はこの提言を受けて、翌2000年3月までに指針の前段階となる「骨子」を作成すると発表しましたが、実際に発表されたのは3か月遅れの6月19日。そこには、提言にあった性的マイノリティー等のうち「同性愛」が、消えていたのでした。

 のちにこれを報じた朝日新聞(2000年7月17日付夕刊)によれば、担当者がつくった骨子案には同性愛も含まれていたが、庁内から「好みや趣味で同性愛を選ぶ人もいる。人種や性別など『生まれ』による差別と違うのでは」「人権概念として未成熟。都民に理解されていない」などの反対意見が続出し、石原都知事も慎重意見だった、とあります。

 おなじ記事で、懇談会委員の大学教授は「大変遺憾。首都東京として人権面で国際的な水準が要求されるのに、才能豊かなマイノリティーの人たちに働きにくい都市だと敬遠されると経済的にも悪影響が出る」と述べています。

 現代にも通じる「才能豊か」言説は気になりますが、異例な提言無視をしても、都は同性愛を入れるわけにはいかなかったようです。

消された「同性愛者」を復活させる

 このとき、なにがあったのか。

 当時、人権部の課長として連絡会との窓口をつとめた人に取材したことがあります。

 「新聞の世論調査で同性愛を容認できないという意見が多い、国の行動計画の重要課題には(同性愛は)含まれていなかった、都が同性愛を推奨していると誤解されるのではないか、などの意見があり、おもに前の二つの理由で取り上げないことになりました。性同一性障害やインターセックスは、当時、埼玉医大での性転換手術の報道などで人権問題として理解があったので残しました」

 この世論調査とは、96年に毎日新聞が都民3000人に行った数字で、同性愛を容認できない人の割合が7割近いというものでした。この数字は、懇談会での意見陳述のさいにアカーが「だからこそ行政の公的認知が必要」という文脈で紹介したものでしたが、都は逆に、それを排除の根拠としたのでした。

 報道では、石原知事の意向が働いたのではとありましたが、その点を聞くと、課長はノーコメントでした。

 6月の「消された骨子」発表後、7月から始まった都議会で3人の都議(公明、民主、共産)が質問に立って追及。その後、都議も立ち会って都の部局への要請を重ねました。アカーなど連絡会側の迅速なロビーイングによるものでした。また、パブリックコメントや29賛同団体による文書での要請などが行われました。

 7月18日、記者会見でついに石原都知事も再検討を約束します。

 その会見で知事が同性愛者の人権について、

「特殊な性状を持っている人は見た目ではわからないから、どういう形で人権が 棄損きそん されるケースがあるのか想像が及ばない。実感に乏しい問題だ。私は純粋なヘテロ(異性愛)だから」

(朝日新聞2000年7月19日付朝刊)

 と述べたことは、数ある石原語録のうちでも白眉の一つといえるでしょう。

 この知事の発言から4か月後、ようやく発表された「指針」には、「その他の人権問題」として、性同一性障害の記述に続き、つぎの一文がありました。

 また、近年、同性愛者をめぐって、さまざまな問題が提起されています。

 だからどうするともなんとも言わない、この短くあいまいな一文は、しかし、当事者による運動がなければ永久に書き込まれなかった一文です。

「その他」から独立項目になった性的マイノリティー

 東京都人権指針はその後、新たな人権課題の顕在化や東京オリンピック・パラリンピックを控え、2015年8月に 策定しなおされました 。「その他の人権課題」とされた性的マイノリティーについても、「性同一性障害」や「性的指向」の項目が新たに立てられています。

 見直しのために設置された「 有識者懇談会 」は7回開催され、第2回では「性的マイノリティのメンタルヘルスの現状と人権課題」と題して、専門家からのレクチャーが行われました。他の回でもおりおり議題に取り上げられていることが、議事録からうかがえます。

 提言を受けてまとめられた人権指針の素案には、 パブリックコメント が実施され、性的マイノリティー関連にも多数のコメントが寄せられました。

 そうして発表された2015年版指針では、性同一性障害、性的指向とも、啓発や相談に取り組むと明記されています。ただ、性的指向において、「我が国では憲法で「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し」と規定しています」と唐突に付記され、同性婚・同性パートナーシップへの留保がうかがえるのも興味深い点です。

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永易写真400

永易至文(ながやす・しぶん)

1966年、愛媛県生まれ。東京大学文学部(中国文学科)卒。人文・教育書系の出版社を経て2001年からフリーランス。ゲイコミュニティーの活動に参加する一方、ライターとしてゲイの老後やHIV陽性者の問題をテーマとする。2013年、行政書士の資格を取得、性的マイノリティサポートに強い東中野さくら行政書士事務所を開設。同年、特定非営利活動法人パープル・ハンズ設立、事務局長就任。著書に『ふたりで安心して最後まで暮らすための本』『にじ色ライフプランニング入門』『同性パートナー生活読本』など。

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1件 のコメント

私は純粋なヘテロは余計だ

カイカタ

かの都知事の発言は余計ですね。自分がそうでないから、そんなこと気にしないよ、とかいうつもりだったのでしょうか。そういう人に票を入れ続けた都民こそ...

かの都知事の発言は余計ですね。自分がそうでないから、そんなこと気にしないよ、とかいうつもりだったのでしょうか。そういう人に票を入れ続けた都民こそ問題ありましたね。今や、アメリカの大統領が真似しています。

その後の都知事となった二人の男性は肯定的な立場の人でしたね。インテリ的な視点を持った方々で、今の女性知事はどういう考えの持ち主なのでしょう。

統計によると男性よりも女性の方が、理解度は高いといいますが、個人差が実際あります。

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