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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

「進行はしていると思います。でも…」患者の名言

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 視機能低下の原因となる網膜や視神経の病気を持っている人の見え方は、健常者のように一定でなく、動揺しやすく、持続力も乏しいことを話題にしました。

それだけでなく、衰えた視機能は、体調、目や心身の疲労、睡眠、心理的抑うつ、不安などの状態や、周囲の視覚環境(明るさ、コントラスト、背景、動きなど)に影響されやすいのです。

 たとえば前日の見え方と今の見え方を単純に比較することはできません。また、病気ですでに細胞数が減っているので、加齢による影響は健常者より大きいことが推定されます。

 こういう説明を患者さんが理解されると、「悪くなった」と心配して私の外来を受診される多くの人のように、「状況を理解し、前向きに考えるようになったら、悪くなったといつも思うのは、過剰反応だった」という帰結になるのではないかと思います。

毎日のように「見えなくなった」と言われて困っていた家人が、そういう説明を一緒に聞いてから、「慌てなくてよいんだ」と考えるようになり、本人も随分おちついてきたという例を少なからず経験しています。

 これに対し、網膜視神経の病気に限ったことではありませんが、自覚症状や苦しい点を医師に語り、専門家としてのとらえ方や、発現メカニズムを求めても、ただ「わからない」「気にしすぎだ」「つける薬はない」などと言われるばかりだと、心配や不安は増強するでしょう。それは、自然回復力を引き出す環境としては、非常に不利で劣悪なものといわざるをえません。

 人間には感じた症状を言葉にして表すことができる有利な点があるだけでなく、納得して適応していく無限の潜在能力も持ち合わせています。

 私が、患者さんから学ぶことは、病気のこと、症状のことにとどまらず、病気を抱えての人生観や、患者哲学にまでわたります。

 拙著「絶望からはじまる患者力」(春秋社)は6名の患者さんにインタビューした内容を幾分脚色したものですが、正に私が学んだ患者さんの人生哲学、患者学が詰まっています。

 その本の中には含まれていませんが、両眼の進行性の視神経疾患で、数年経過をみてきた70代の女性から、その場の重い空気が吹き飛ぶような名言を聞きました。

「近頃はどうですか、進行している感じがしますか」

 といういつもの私の問いに、彼女ははじめのころは、「どんどん進行しています」「何とかなりませんか」と焦る気持ちをぶつけていましたが、今度は違いました。

「進行はしていると思います。でも、深刻さは減りました」

 これこそ、彼女が症状や病気に、一人の人間力を発揮させて適応してきた、患者力の極意だと、私は思いました。(若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。北里大学医学部客員教授、日本神経眼科学会理事長などを兼務し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ、副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」(春秋社)、「健康は眼に聞け」(同)、「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、医療小説「高津川 日本初の女性眼科医 右田アサ」(青志社)、「茅花流しの診療所」(同)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・執筆活動のほか、NPO法人などのボランティア活動に取り組む。

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