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HIVと共に生きる不死身の活動家 長谷川博史さん

編集長インタビュー

長谷川博史さん(4)うつ、足切断、救ってくれた「新しい家族」

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人工透析、HIV自己責任論

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長谷川さんのうつにいち早く気付き、若い仲間たちに声をかけた荒木順子さん(左)と(aktaで)

 ちょうど、世間ではアナウンサーが「人工透析自己責任論」を唱え、話題になった。長谷川さんはこの議論について、HIV感染の自己責任論と重ねてこう語る。

 「最初、自身も感染がわかった時、『ああ、あんな 破廉恥(はれんち) な遊びをしたから、こんなものに感染したんだ』と思いましたよ。でも、当時の主治医にこれは社会の問題だと言われたことで、気がつきました。ゲイの人は思春期に、誰にも自分のセクシュアリティーを言えずに自分の中に閉じています。それが20歳を過ぎた頃に解放される。みんなは、恋愛から片思い、セックスまでの恋愛のフルコースをそれまでやってきているかもしれませんが、ゲイの場合はそうしたコースから閉め出されていて、一気に解放されて、性的に積極的になってしまうところがあります。しかも、社会的な枠組みの中ではその行動に、ゴールがない。結婚制度からもはずれて、僕みたいなポリガミー(複数恋愛主義者)に社会的にもなりやすくなります。そういう要素が重なって、かけ算で感染リスクは高くなるし、パートナーごとに検査を受ける習慣がなかったら、その習慣がある人とない人で感染リスクのかけ算は違ってくる。社会や制度の問題と、習慣や知識の問題があり、それに個人の自覚の問題も少し関わるのだと僕は考えています。つまり、同じゲイでも個人を取り巻く事情によって感染リスクは高くも低くもなるのです」

 さらにHIVに感染すると、生きる意欲さえそがれてしまう医療、介護環境がいまだにある。長谷川さんが経験したように、医療や介護の従事者でさえ、HIV陽性者に対して科学的な対応が取れず、人工透析クリニックを始め、歯科クリニックや介護施設などでも受け入れ拒否が横行している。

 「治療法は進んで、感染者がエイズを発症させることもなく、天寿を全うできるようになったのに、社会一般のHIVのイメージは変わっていない。ひと昔前の『エイズは死の病』という呪縛から最も逃れていないのが医療従事者かもしれません。僕もそうですが、これから高齢の陽性者が増え、HIVではない病気を抱えている人も介護の必要のある人も増えていくのだから、すべての感染者が受けたい医療から排除されることのないように働きかけていかないといけませんね」

 社会の偏見もまだ根強い。

 「HIVに感染したゲイの場合、重しが二つかかるんです。HIVであることを公表すれば、『なんで感染したの?』とセクシュアリティーをセットで問われる。実際に問われるかどうかは別として、当事者は恐れを持ってしまうのですね。HIV感染以前に、セクシュアリティーの問題と向き合わなかった人は、HIVに感染すると、両方の重みがどんとのしかかる。一つだけでも重いのに、二ついっぺんに、しかもある日突然かかってくる。それはへたをすると押し潰されるぐらいのダメージです」

 その解消のために、長谷川さんは、まず医療機関に、感染が判明した時の支援をしっかり作ってほしいと願っている。

 「昔は患者も少なかったから、おせっかいなぐらい医療機関が支援をしていたんです。医療機関で看護師やソーシャルワーカーがメンタルを立て直すためのカウンセリングや情報提供をしていました。でも今は、患者数が多くなったせいもありますが、さらっと関わるだけなんですよね。ゲイのソーシャルワーカーを雇用して、当事者性のある診療体制を作っているところもありますが、まだそれは広がっていません」

 そして、期待しているのは、昨今、盛り上がりを見せているLGBT支援の動きだ。

 「やはり性的マイノリティーに対する偏見や差別など、社会的な問題の根深さに気づかないふりをしていたらこの問題は解決しないんです。医療の問題は日進月歩で解決している。一方で、性的マイノリティーの問題は全然解決されていないから、今のLGBTのムーブメントが重要だし、どこまで進むのか見守りたい。この病気は社会の中で弱い人たちを襲うんです。薬物使用者だったり、セックスワーカーだったり、そしてゲイやバイセクシュアルのような男性とセックスする男性も社会の偏見にさらされ、その視線を自分自身にも向けていく。治療できるようになったのに、陽性者に生きづらさが残るのはこれが大きな原因の一つです」

「新しい家族」をあちこちに

 そうした社会運動と合わせて、長谷川さんは自身が経験したような、顔の見える仲間とのつながりが性的マイノリティーやHIV陽性者の暮らしの支えになるのではないかと考えている。

 「僕はね、若い世代の『しくじり先生』になりたいんですよ。僕の失敗を見て学べと思う。HIVになって、糖尿病も悪化させて、人工透析にもなったし、足も切った。ただ一方で、しくじっても大丈夫だよということも若い人に伝えられる。僕の場合は、若い友人たちが死にかけたところを救ってくれて、昔からの仲間も僕を助けてくれた。入院した時も、驚くほどたくさんの人がわざわざ時間を作って見舞いにきてくれた。若い友人の一人に僕が『なんでそこまでしてくれるの?』って聞いたら、『なんか、好きなおじさんみたいな感覚かな』って言ってくれた。東京というメトロポリタンの中で、家族を組み直す実験をしているつもりになっているんです。自分の家族と距離を置きながらつながる多様なセクシュアリティーの友人たちが、僕をサポートしてくれることで、新しい縁をつなぎ始めている。そういう『新しい家族』があちこちにできればいいなと思っているんです」

 (終わり)

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編集長インタビュー201505岩永_顔120px

岩永直子(いわなが・なおこ)

1973年、山口県生まれ。1998年読売新聞入社。社会部、医療部を経て、2015年5月からヨミドクター担当(医療部兼務)。同年6月から2017年3月まで編集長。

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