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長谷川博史さん(4)うつ、足切断、救ってくれた「新しい家族」

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長谷川博史さん(4)うつ、足切断、救ってくれた「新しい家族」

「『新しい家族』をそれぞれ作ればいい」と語る長谷川さん

 長谷川さんは、HIVのほかに糖尿病や高血圧も抱えている。HIV感染症は治療薬の進歩で、薬さえ飲み続ければ生きられる「慢性疾患」になったが、感染や服薬が長くなると、体内で常に炎症が起きている状態が続き、合併症が増える。インスリンの自己注射も行っていたが、腎機能の悪化は防げず、2009年からは週2回(現在は週3回)の人工透析も受け始めた。

 「当時通っていた大きな総合病院で、シャント(人工透析のために動脈と静脈をつないで血液を流れやすくする処置。血液を体外できれいにして戻すための出入り口にする)の手術を受け一安心のはずだったのに、HIV患者のケアを専門に行うコーディネーターナースから、『長谷川さんを紹介できる透析クリニックが、ご自宅の近所にありません』と言われたんです。その病院は重症患者が多いせいか、透析のベッドにテレビさえ置いていなくて、患者は3~4時間の透析治療の間、横たわって天井を見ているしかない。こんなところで残りの人生の長い時間を過ごしたくないと思って、『自分で探す』と告げて退院しました」

 自宅に帰って、片っ端から通える範囲の透析クリニックに電話をかけたが、患者の受け入れ可能な施設も、「HIVを持っている」と伝えたとたん、断られる。あるクリニックの院長からは「うちはエイズやっていないから」と言われたこともあった。20軒ほど断られた後で、ようやく受け入れてくれるクリニックが見つかったが、これはまだましな方だった。

 その数年後の2012年頃、還暦も過ぎたのを機に、若い人に仕事を譲っていこうと、代表を務めていた「日本HIV陽性者ネットワークジャンププラス」の仕事を、現代表の高久陽介さんに徐々に引き継いでいった。同時に、家賃の高い都心から、親しい友人の多い沿線にある安い公団住宅への引っ越しを考えた。糖尿病の合併症で右足の歩行障害も進み、片道1時間かかる透析クリニックに通いづらくなったという事情もあった。

 「ところが、公団の部屋を申し込んでおいて、その沿線で受け入れてくれる透析クリニックを探すのですが、HIV陽性ということを告げたとたん次々に断られる。『今、感染症対応ベッドが空いていないんです』という事務的な答えはまだましで、中には『なんで、うちなんだよ』と不快な声で答えるクリニックもありました。初日に電話をかけた8軒が“全滅”したため、確保していた公団アパートも解約して、また別の沿線でアパートを探すところからのやり直し。最初に透析を受けた頃から数年たっても状況は変わっていなくて、自分がこれまでやってきた活動は何だったのだろうと、次第に落ち込んでいきました」

クリニック40軒に断られ……

 クリニック40軒に断られるうちに、ちょうどいいアパートさえ見つからなくなってきた。ようやく、1、2軒受け入れてくれるクリニックが見つかったが、どこも遠く、通える自信がわかなかった。

 「だんだん身動きが取れなくなってきて、『ああ、これはもう自分は死ねということなんだ。もう、生きるのやめた』と思いました。HIVの薬も飲むのをやめて、2か月ぐらい放棄して、次に受診した時にはウイルス量も跳ね上がっていました。家に閉じこもって、何もする気がおきませんでした」

 この長谷川さんの変化に、周りの人も気づき始めていた。新宿2丁目にあるHIV予防・啓発コミュニティーセンター「akta(アクタ)」では、若者がおそろいのつなぎを着て、ゲイバーにコンドームを配る「デリバリーボーイズ」という活動を毎週続けており、その活動に参加する若い子たちを見守り、アドバイスをするのが長谷川さんの役割だった。それが、連絡もなく、現れなくなる週が増え、センター長の荒木順子さん(52)は、「その頃から、長谷川さんが感情をコントロールできなくなって、しんどそうだなと思っていました。心配になって、長谷川さんと親しい若い仲間に声をかけて、本人には気づかれないように関わろうよと呼びかけました」と当時を振り返る。

 20代から上は40前後の長谷川さんを慕う年下の友人7人が、陰で連絡を取り合って、長谷川さんの応援態勢を組んだ。ある人は一緒にご飯を食べておしゃべりをし、ある人は、こまめに電話をして様子を聞いた。

 「僕は、ずっと1人で閉じこもっていたから、自分がうつであることも気づいていなかったし、そんな“包囲網”が作られていることも知らなかった。後で『僕はうつ病だったんだね』とその若い友人の一人に言ったら、『バカじゃない? 1年以上前からみんな知ってたよ』と笑われました」

 一方で、長谷川さん自身も、HIV陽性者の支援を行っているNPO法人「ぷれいす東京」に訪問サービスを依頼したり、介護保険の要支援認定を受けて、週2回の訪問介護サービスを受け始めたりもした。

 「腐乱死体で見つかったら周りに迷惑をかけると思ったんですよね。同じ孤独死でも、長期間放置されたケースと、早めに発見されて、ちゃんとお葬式も出したケースでは、残された人の迷惑加減も違うなと思って。週に1回か2回は誰かに部屋に来てもらうようにしようと思ったんです」

 それでも、日の当たらない部屋で相変わらずふさぎ込んでいる長谷川さんを見かねて、“包囲網”の若い友人たちは、誕生日パーティーを開いてくれた。そのメンバーの一人から明るい日差しの入る部屋への引っ越しを提案され、引っ越すことにした。「長谷川さんは何もしなくていいからさ」と、引っ越しの手続きから、荷物の 梱包(こんぽう) 、荷ほどきまで、若い友人たちがすべて取り仕切ってくれた。

若い友人たちが手助け

 なぜそこまで若い人たちが長谷川さんのために動いたのか聞くと、荒木さんは、「特別なの。それは長谷川さんだから、みんなそんなふうに動きたくなったの。みんな、長谷川さんが大好きなんですよ。何かしてあげようということではなくて、みんな、そうしたくて寄ってくる人なんです」と笑う。

 しかし、その後も気分の落ち込みは続き、ある日、腸管からの大量出血で、自宅で意識を失って倒れた。予約の日に人工透析に来ないことを心配したクリニックの看護師が、HIVの主治医に連絡を取った。実はこの主治医は、長谷川さんが借りていた部屋の大家で、すぐに駆けつけて鍵を開けて救出してくれた。

 「救急車に乗せられる前に一瞬だけ意識が戻って、先生の穏やかな顔が見えたんです。『心配しなくていいから』と言ってくれた気がしました」

 運ばれた大病院で、救急処置を受け、血流が滞って 壊疽(えそ) の進んだ右足を切断することも決まった。大勢の友人が見舞いにきてくれて、「これほど多くの人が自分を心配してくれるんだ」と驚いた。うつの闇の中にいて見失っていたことだった。

 切断手術の前日は、性的マイノリティーによる毎年恒例のパレード「東京レインボープライドパレード」が開催される日だった。主治医の許可を得て見に行った。

 「プライドパレードは、私たちがありのままで生きることを祝福する性的マイノリティーのお祝いの日。晴れやかなパレードを見ながら、もう少しだけ生きてみてもいいかもしれないという淡い希望のようなものが生まれました。それから徐々に生きる意欲が出てきた感じですね」

 切断手術後、足のリハビリの施設と人工透析の施設を探す必要があった。若い友人の一人の大阪のソーシャルワーカーが、東京のソーシャルワーカーを紹介してくれて、その人がリハビリと透析の両方を引き受けてくれる都内の病院を見つけてくれた。

 古くからの同志でもあるHIV陽性者の支援組織「ぷれいす東京」は、退院に向けての作戦本部になってくれ、若い友人たちや区の福祉担当者、病院のソーシャルワーカーと連絡を取り、支援態勢を作ってくれた。

 「一時は、透析クリニックを断れ続けて、世間から『お前生きていなくていいよ』と言われた気がしたんだけど、友人たちが最悪の状況から救い出してくれたんです。彼らのしてくれたことのためにも、今は生きたいと思っていますね」

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