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虹色百話~性的マイノリティーへの招待

医療・健康・介護のコラム

第64話 日本エイズ学会が30周年 トランスジェンダーらにも焦点

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感染告知がいまも社会的抹殺の知らせとなる

 この原稿が更新される12月1日は、世界エイズデー。「エイズのまん延防止と患者・感染者に対する差別・偏見の解消を目的に、WHO(世界保健機関)が1988年に制定したもの」( 厚労省ウェブサイト )。啓発イベントのほか、夜間や即日など受けやすい無料検査の提供(通常は採血後、1週間後に判定)などが行われます。

 そうした時期のせいか、私たちNPO法人パープル・ハンズへ20代の若い人から電話相談が2件、続きました。いずれもHIV陽性がわかり、動転して電話の向こうで泣いています。一人は保健所で、もう一人は郵送検査とその後の確認検査への受診で告知。これからの人生が不安で、ネットで検索してヒットした当会へかけてきたとのこと。

 といっても、告知直後でまだ病院にも行ってないようです。私からは、まずは病院を受診し、医療は主治医と、療養生活はソーシャルワーカーと、しっかり話し合い、知識を身につけること。支援団体などサポート情報をキャッチすること。状態が落ち着くまで家族・友人・職場などに不用意に相談しないこと――などをお話ししました。病院ごとの評判は、支援団体に聞いてみることもお勧めしました。

 幸いどちらも大都市に在住で、医療やサポートは豊富なエリア。いまは治療薬も発達し、健康に働いている人も多いこと、むしろ検査で元気なうちにわかったことをラッキーととらえてください、とも話しました。

 いまの疾風 怒濤どとう (シュトルム・ウント・ドランク)が収まるのに1年ぐらいはかかるでしょう。そのころ、また次の段階の心配が見えてきたら、かけてきてくれるといいなと思いつつ、電話を切りました。

 しかし、2人ともみごとに泣いてましたね。相当ショックだったのでしょう。

 エイズの歴史を振り返ると、ニューヨーク・タイムズで若いゲイに流行る「謎の奇病」が報じられたのが1981年。それがエイズ/後天性免疫不全症候群と名付けられ(82年)、HIVというウイルスによるものとわかり(83年)、85年に日本で第1号患者が発表されました。

 一方、なす (すべ) のなかったこの病気に人類は、わずか35年のあいだにさまざまな治療法を開発し、根治こそできないものの、ウイルスをコントロール下におきました。陽性者の平均寿命は、非感染者の5年差に迫るとのデータもあります。

 にもかかわらず、感染の事実は本人にとっては、いまもなお生命的死の宣告、社会的抹殺の弔鐘と聞こえています。少なくもインフルエンザの陽性告知で、こんなに泣くことはないでしょう。この違いは、どこから来るのか?

今年の日本エイズ学会学術集会、私も参加してきました

今年の日本エイズ学会学術集会、私も参加してきました

「エイズは終わっていない」の意味

 この時期、「 日本エイズ学会 」の学術集会・総会が開催されます。この学会はウイルス研究などの〈基礎〉や医者中心の〈臨床〉に、NGOや人文系研究者の〈社会〉も加わった3領域で構成され、毎年の会長も3領域から回り持ちで選出されます。

 現在は患者さん自身も参加し、聴講や発言、交流するのが特色で、寄付金をもとにした「 陽性者スカラシップ 」が実施されています。私も取材と称して出かけ、聞いてもわからない基礎医学はともかく(苦笑)、社会を中心に、看護など臨床の一部も含め聴講します。「陽性者支援・ソーシャルワーク」では、高齢陽性者の支援にかんするパープル・ハンズの活動について演題(発表)を出したりもしています。

 1987年に第1回が京都で開催され、鹿児島で開催された今年で 第30回 (11月24日~26日)。

 さらに今年は、現在の医療や福祉の体制(恒久対策)が整備される転機となった薬害エイズ訴訟の和解から20年の節目でもあります。そうした節目を振り返る試みも、いくつか企画されていました。

 「エイズ学会30年の歩み」と題された記念シンポジウムでは、基礎・臨床・社会の各領域からこれまで会長もつとめた代表的識者が登壇しました。

 セクソロジー・性教育研究者の池上千寿子さん(第20回会長)は、1982年にハワイ大学研究員だった時期に米本土でエイズが始まった自分史とも重ね、現在までを社会の視点から3期にわけて振り返りました。

 1期(1981~96年)は、混沌のなかで対策を模索した時期です。ゲイ、セックスワーカー、移民など、感染が広がった集団への偏見から患者が切り捨てられ、医療からも拒否されていくなか、対策を求めて当事者がスティグマ(負の 烙印らくいん )を打ち破って立ち上がりました。

 96年ごろから登場した複数の薬を飲む画期的な治療法は、死亡率を劇的に低下させましたが、服薬疲れや、薬にアクセスできる先進国とできない途上国の問題など、新たな課題も浮上しました(2期)。

 一方、2012年ごろから国際レベルでは「The End of AIDS(エイズの 終焉しゅうえん )」「AIDS Free Generation(エイズと無縁な世代)」が呼号されます。しかし、池上さんは「誰もが安心して自分の感染を知り、病気と付き合える社会になったのか」「共に生き合えるLIVING TOGETHERの時代になったのか」と問いかけました(3期)。医療領域での楽観主義にもかかわらず、「エイズは終わっていない(AIDS IS NOT OVER)」 のです。

 *東京でのLGBTプライドパレードで、AIDS IS NOT OVERのアピールをする人びと

 もう一つの節目、薬害エイズ和解20年では、「エイズ・アクティビズムのバトン」と題されたシンポジウムで、薬害エイズ被害者としてNPO法人「ネットワーク医療と人権」の若生治友さん、性感染を公表しているNPO法人「日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス」の高久陽介さん、そして患者の人権運動の先例として一般社団法人全国腎臓病協議会の出森幸一さんが、経験を振り返りました。

 若生さんは訴訟の経緯や和解の意義を振り返ったあと、いまも取り残されているものはなにか、と問いかけました。はじめて実名公表して訴訟に臨んだ赤瀬範保さんの「(エイズ予防法は)患者を、社会に害をなすものと捉えた。国から見捨てられた思い」、赤瀬さん没後に原告団長を継いだ石田吉明さん(95年没)の「感染経路は問わない。難病と共に生きる社会をつくることが真の解決ではないか」という言葉を紹介し、「医療が進んでなんとなくうまくいっている感があるが、病院外では人権は取り残されたまま」と語りました。またHIVに取り組むことが共生社会実現の 牽引けんいん 役になってほしいと訴えました。

 高久さんは、陽性者が「自業自得」感にとらわれ、みずから支援を求めることの難しさに触れました。冒頭に涙を流す若者の相談を紹介しましたが、電話の向こうの彼らを「自業自得」感に追いやる社会について、思わずにはいられません。

エイズに対して脆弱さを抱える人びと

 陽性者の人権、共生の課題は、いま、ドラッグユーザー、セックスワーカー、トランスジェンダーといった人びとのうえに集約的に表れ、HIVをめぐる焦点の一つになっています。

 「HIV/AIDSにおけるHuman Rights-Based Approachと健康」と題されたシンポジウムでは、薬物依存、セックスワーカー、トランスジェンダーの当事者や支援者からの取り組みが報告されました。いずれもエイズに対して 脆弱(ぜいじゃく) さを抱える人びとです。

 ドラッグユーザーについては、支援者による新しい針や代替麻薬の提供などハームリダクション(原因行動の完全撲滅ではなく、被害の軽減を目指す現実的な対策)と並行させた取り組みの有効性が国際的に確認される一方、日本では法(犯罪化)や撲滅政策(ダメ、絶対!)により、それらの実践が困難とされています。

 自身も薬物使用・トランスジェンダーである報告者からは、合法化ではなく非犯罪化を求めている、ただちに犯罪者とされたり「ダメ、絶対!」を守れなかった自分を恥へ追い込むのではなく、あたりまえに「病気」と見て治療・対応してほしい、と問題提起がありました。

 一方的な「モラル」の押し付けによる排除とタブー化。病はそこでなお息づいています。池上さんが振り返ったエイズの第1期は、現在形で続いています。まさに「AIDS IS NOT OVER」。

 折しも、有名歌手の薬物再犯報道が異様な高ぶりを見せ、「またやったか」と冷笑的な視線で社会的抹殺が進むなか、患者の人権に立脚したケアとはなにか、重なることも多いシンポジウムでした。

 世界エイズデー前後にはさまざまなイベントもあります。
 ぜひ、こちらもご参照ください。
 http://www.ca-aids.jp/event/

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永易写真400

永易至文(ながやす・しぶん)

1966年、愛媛県生まれ。東京大学文学部(中国文学科)卒。人文・教育書系の出版社を経て2001年からフリーランス。ゲイコミュニティーの活動に参加する一方、ライターとしてゲイの老後やHIV陽性者の問題をテーマとする。2013年、行政書士の資格を取得、性的マイノリティサポートに強い東中野さくら行政書士事務所を開設。同年、特定非営利活動法人パープル・ハンズ設立、事務局長就任。著書に『ふたりで安心して最後まで暮らすための本』『にじ色ライフプランニング入門』『同性パートナー生活読本』など。

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1件 のコメント

異性愛者もエイズにかかっている

カイカタ

誰にでも起こることととらえるべきですね。 正しい知識が大事。そして、そういう知識を与える教育が。

誰にでも起こることととらえるべきですね。

正しい知識が大事。そして、そういう知識を与える教育が。

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