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特別養護老人ホームで高齢者を介護する立場から 土谷千津子

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

【意思決定】死をタブー視しないで語り合う

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テーマ:「意思決定、誰がどのように決めるのか」

【意思決定】死をタブー視しない暮らしの場に

 1995年に起きた阪神・淡路大震災を機に、私は民間企業から介護業界に転身しました。

 21年前のことです。「死」を現実のものとして、また、当たり前だと思っていた日常が、二度と戻らない大切な時間であることを意識し始めたのは、この頃からです。

 転職して間もない頃、それまで元気だった女性が急逝されました。前日にお風呂で背中を流した時、「気持ちがいいねえ」と笑ってくださったお顔を今も思い出しますが、その時は突然の死を受け入れることができませんでした。以来、高齢者介護の仕事を通じて、たくさんのお別れを経験してきました。

 私たちの介護施設(特別養護老人ホーム)で暮らす入居者の平均年齢は80代後半、ほとんどの方に身体的な機能低下や認知症が認められます。そして、病気の進行や老衰などにより、治療をしても回復の見込みが難しい状態になれば、本人・家族の希望に応じて施設での 看取(みと) りを行います。医師は常駐していませんが、介護職をはじめ、看護師や管理栄養士、理学療法士や言語聴覚士など、異なる専門性をもつスタッフが連携して、高齢者の終末期に寄り添っています。現在では、亡くなる方の約8割を施設で看取っています。

入居時から終末期の意向確認

 生きている限り、誰にでも必ず「老い」や「死」は訪れます。その現実に向き合うことは (つら) いことかもしれませんが、避けては通れない自然の摂理です。私たちが日々接している高齢者の方々にとって、残された時間をどのように過ごし、どのような最期を迎えるのかということは、とても重要なことです。そのため、私たちの施設では、死をタブー視せず、意思を確認できる方には本人に、そうでない場合は、家族に、延命治療や終末期について意向確認を行っています。

 この意向確認は入居時から行い、心身の変化に応じて聞き取りを重ねています。

 ここ最近は、延命治療を望まない方が増えていますが、看取りや自然死の過程について、具体的にイメージできる方はあまりいません。私自身この仕事に就くまで、死にゆく人を看取ることなど想像もしていませんでしたし、医療の介入によって苦痛が緩和できることがある一方で、老衰など自然に生命を終える過程においては、むしろ医療が介入しないほうが、穏やかで安らかな死につながるということを知りませんでした。

  胃瘻(いろう) をするかしないか、死期が近づいた方の外出をするかどうか、医学的な側面だけではなく、本人の意思を反映するための選択肢を探し、最良の方法を見つけ出せるように話し合います。

 「口から食べられない状態のままでは生きられない」と入院先の医師に宣告されて胃瘻となり、声も出せず寝たきり生活が続く親の姿を見て、「胃瘻を拒むのは親を見捨てるようでできなかった。でも、本人が望むことだったのか……」と悩み続ける家族もいます。また、看取りの最終局面に「お父さんを助けて!」と家族が救急車を呼び、右往左往したこともありました。一度は看取りを決意したものの、家族が不安を抱き、動揺していたことに私たちは気付けていませんでした。病院ではない環境で看取りをするとはどういうことか、最期を過ごす本人とそれを見守る家族の気持ちにどのように寄り添うのか、改めて考え、見直すきっかけになった事例です。

自分たちの暮らしは自分たちで決める

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施設では外出や近隣住民との交流は原則自由で、学校帰りの子供が立ち寄ることも日常茶飯事

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最後まで笑顔で過ごせるように、施設は「住まい」であることを目指している

 一般的に施設は介護を受ける場だと思われていますが、私たちは、自宅で暮らせなくなった高齢者のもう一つの「住まい」であると考えています。入居者の方々にとって食事介助や入浴介助は必要なケアですが、介護を担う私たちが、入居者を管理・収容する施設であってはならないと思っています。重い障害や認知症があってもノーマルな暮らしを保障すること、入居者が地域の中で主体的に暮らせるように支援すること。今から34年前に最初の施設を建てた頃から変わらない理念です。

 商店街や夜の居酒屋に出かけたり、地域の老人会の旅行に参加したり、ピアニストだった重度認知症の方のコンサートを50年ぶりに実現したりと、様々な取り組みを行ってきました。

 また、生まれ故郷に帰る「ふるさと訪問」にも取り組み、入居者一人ひとりへの理解を深める貴重な機会となっています。常々「自分に故郷はない」と語っていた男性は、実は自分が戦死したとの誤報が故郷に届き、戦後、婚約者が別の人と結ばれたと知って、そっと故郷を離れた過去をお持ちでした。13年ぶりの里帰りが (かな) った失語症の女性は、大勢の親戚が集まる夕食会で「乾杯」と声が出ました。戦中・戦後を生き抜いてこられた高齢者の人生に思いを () せる瞬間です。

希望する入居者は故郷の訪問も行っている。ご自身のルーツや大事な思い出を振り返ることで、その人らしく人生の終い時を過ごせるように

希望する入居者は故郷の訪問も行っている。ご自身のルーツや大事な思い出を振り返ることで、その人らしく人生の終い時を過ごせるように

 日常のケアにおいても、入居者の自己決定を促す言葉かけなどを行い、「自分たちの暮らしは自分たちで決める」を合言葉に入居者の自治会活動を支援しています。

 入居者の9割近くに認知症の症状がみられますが、自治会では和やかな雰囲気で話し合いを行い、災害義援金を募ったり、長寿の方に記念品を贈ったり、行事の計画を立てたりしています。職員の対応や食事の献立について、もっとこうしてほしいと要望されることもあります。

 高齢になり認知症になると、家族や周りの人が本人に代わって判断する場面が少なくありません。重度の認知症の方であっても、“何もできない・分からない”と捉えるのは誤りです。たとえ化粧道具の使い方が分からなくなっても、「今日はお客様がみえますよ」と伝えれば、「じゃあ、頬紅つけようか」「お客様にお菓子はある?」という言葉が返ってきます。一般的には 徘徊(はいかい) と呼ばれる行為についても、過去と現在の時間軸が (つな) がらず、“子供のことが心配だから早く家に帰りたい”という差し迫った理由があるのかもしれません。その方の思いや気持ちを () み取ることが大切なのです。周囲がそのことを理解せずに“できない・分からない”と見なせば、生きる意欲や役割を奪ってしまうことになります。

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認知症がある人も多いが、自分たちの暮らしは自分たちで決めるために自治会で何でも話しあう

最期を語り合い、仲間の旅立ちを見送る

 自分の最期をどう迎えたいか。入居者自治会でも話し合いました。「苦しまず、きれいな顔で死にたい」「いつも眺めている庭に句碑を建ててほしい」「本当は家に帰りたいけれど、子供に負担をかけたくない」「飛行機に乗って旅行がしたい」――。表出される思いはさまざまです。また、日頃、「人の世話になるなら、長生きしたくない」と言っていた方が、看取りをした家族や職員の様子を見て、「生きる姿を見せるだけでも、自分の子供や若い人のためになるんだね」とお話をされたことがありました。いつも身支度をきれいに整え、入居者自治会長として活躍されたこの女性も、施設で終末期を過ごされました。

 また、「病院では死にたくない」という明確な意思をもち、病院から施設に移り、終末期を迎えた方がいました。肝硬変の症状は一進一退。職員の人数が少なくなる夕方から夜にかけて状態が悪くなることがあり、心理的な不安も影響しているように思われました。また、食べたいものは好物のカニかラーメンと偏っていましたが、食べられるだけ食べてもらい、職員が交代で (そば) に付き添い、最期は苦痛なく旅立たれました。治療を目的とする病院でこのような対応はできませんし、この方の場合、一人暮らしの家では、心の不安が体の痛みとして強く現れていたかもしれません。

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入居者の8割は施設で看取りを行う。最期の時には家族も一緒に過ごし、お化粧などのエンゼルケアを一緒に行うことも多い

 看取りの後、お化粧や 髭剃(ひげそ) りなどのエンゼルケアを家族と一緒に行い、施設でお別れ会を行います。故人の人生を写真などでご紹介し、入居者が代表してお別れの言葉を述べられることもあります。そして、入居者・職員が (ひつぎ) に一輪ずつ花を手向け、正面玄関に出て出棺を見送ります。たくさんの入居者が別れを惜しみ、遺族にも労いの言葉かけをされる、とても穏やかで温かい時間です。ある日、お別れ会に参列した入居者から私は声を掛けられました。「あの人の穏やかな死に顔を見ていると安心できた。私の時もよろしくね」と。とても寒い冬の朝でした。

 皆さんは命の終わりについて、誰かと話をしたことがありますか? 最期に食べたいものは何ですか? 会いたい人は誰ですか?

 私たちは長い人生経験を重ねた高齢者から様々なことを学び、かけがえのない命を引き継いでいるのです。

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入居者のお別れ会には、一緒に時を過ごした仲間も参加して見送る。死をタブー視しない

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【略歴】

 土谷 千津子(つちたに・ちづこ) 社会福祉法人きらくえん副理事長、介護支援専門員、介護福祉士、認知症ケア専門士

 1967年、兵庫県生まれ。大学卒業後、証券会社での勤務を経て、事務機器の販売会社に転職。オフィス家具コーディネーターの仕事に就くが、1995年の阪神・淡路大震災で被災。瞬時に多くの人命が奪われ、町並みと暮らしが一変する状況を目の当たりにして、将来の生き方を考え直す。同年、社会福祉法人きらくえんに無資格・未経験で入職。被災した高齢者・障害者が住む「高齢者・障害者地域型仮設住宅」の生活援助員として配属される。その後、法人が運営する高齢者福祉事業の介護現場・管理業務に携わり、施設長を経て2013年から現職。年齢を重ね、人としての深みを増していく高齢者の姿に学ぶ日々である。カンフル剤はコーヒーとビターチョコレート。愛用品はお酒が 美味(おい) しく飲めるチタン製のカップ。出勤前には、互いの無事を祈る息子との“おまじない”を欠かさない。

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さよなら・その2-2-300-300シャドー

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

 終末期医療やケアに日々、関わっている当事者や専門家の方々に、現場から見える課題を問いかけて頂き、読者が自由に意見を投稿できるコーナーです。10人近い執筆者は、患者、家族、医師、看護師、ケアの担い手ら立場も様々。その対象も、高齢者、がん患者、難病患者、小児がん患者、救急搬送された患者と様々です。コーディネーターを務めるヨミドクター編集長の岩永直子が、毎回、執筆者に共通の執筆テーマを提示します。ぜひ、周囲の大事な人たちと、終末期をどう過ごしたいか語り合うきっかけにしてください。

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