在宅訪問管理栄養士しおじゅんのゆるっと楽しむ健康食生活
医療・健康・介護のコラム
「食べられる口」を作るため、訪問歯科医師との連携を(2)
私は以前、長期療養型の病院で働いていたことがありましたが、その間に歯科医師と連携して患者さんの栄養管理をしたことは一度もありませんでした。たとえ患者さんに 口腔 内のトラブルがあっても、病院の食事を食べやすく調整して提供できていたからです。しかし、「あの患者さん、もう少し 咀嚼 がしっかりできれば、普通のおかず(常食)が食べられるのになぁ」と感じながら、ご本人の意に沿わなくても、やむを得ずおかずをミキサーにかけて提供することがありました。そんなときは患者さんの希望通りにはいかず、もやもやが残ったことを今でも覚えています。
また、入院中は病気の治療が最優先で、「口の中をしっかりケアする」という意識が不足していたと、今では思います。
高齢者施設では、2015年度の介護保険制度の改正によって「経口維持加算」という制度が始まりました。これは「口腔機能や咀嚼機能を重視し、その機能を改善・把握したうえで栄養管理を行うこと、またその歯科と栄養をはじめとした多職種協働のプロセスを評価する」というものです(※1)。
「食べられる口」を作る歯科医師と、「食べものの形と栄養量」を考える管理栄養士が連携する、画期的な制度が始まったのです。
いつも私がお世話になっている訪問歯科医師のY先生は、冬場は白衣の上にバイク用のライダージャケットを羽織って登場する、一風変わった方です。先生が初めて訪問診療をしたのは、近所に住む高齢の男性だったそうです。治療をそばで見ていたお孫さんは、今は歯科衛生士さんになって活躍しています。きっと、困っている人の自宅に出向いて、トラブルを解決してあげるY先生がヒーローに見えたのでしょうね。
そんなY先生が老人保健施設へ歯科往診に行く際に、私も同行させていただきました。診療に必要な機材などの大きな荷物を車に積み、いざ出発。施設では、車いすの女性患者さんと一緒に、施設の看護師と管理栄養士が待機していました。
患者さんは、下の前歯が欠けていて、そこに舌が当たると痛そうでした。食べ物が歯の欠けたくぼみに引っかかると気になってしまうようで、食事にも時間がかかります。
私は、Y先生から「治療箇所にライトを当てるように」という指示に従って、ペンライトを手に患者さんに向き合うことになりました。急に歯科助手になったような気持ちです。
私たちが歯科医院で治療を受けるときは、リクライニングのいすに座ると目の前に 眩 しいライトが下りてきますね。訪問治療ではそうはいきません。患者さんの状況や姿勢に合わせて、治療をする側が体勢を変えるなどの対応が必要です。
Y先生は小さなプラスチックの板のようなものを欠けた前歯にあて、白い液体をくぼみに流していきます。ひとつひとつの動きが早く、あっというまに下の歯が元通りに。この治療は「レジン 充填 」と呼び、歯の欠けた部分に歯科用のプラスチックを詰めるという、一般的な歯科治療のひとつです。
私は、まるで職場体験の中学生になったような気分で、まじまじとその様子を見て感心してしまいました。ペンライトを持つ手にも力が入ります。治療が終わると女性は手鏡で元通りになった前歯を見ると、にっこりと笑顔を見せてくれました。前歯には、食べ物をかじりとるという、大切な役割があります。食べ物をすりつぶす奥歯も大切ですが、前歯がしっかり機能していないと食べ物を一口大の大きさに切って提供するなどの調理や盛り付けの工夫が必要です。
介護保険の「経口維持加算」では「月1回以上、医師、歯科医師、管理栄養士、看護職員、言語聴覚士、介護支援専門員とその他の職種が共同して、入所者の栄養管理をするための食事の観察及び会議を行う」との決まりがあります。
これを「ミールラウンド」と呼び、複数の専門家が患者さんの食事の様子を観察することで、それぞれの専門的な視点から問題意識を共有することができます。
この取り組みは、ようやく高齢者施設で走り出したばかりで、在宅医療の現場ではまだ一般的ではありません。患者さんに咀嚼力の低下や 嚥下 (飲み込み)障害があって、退院時のサマリー(情報提供書)などに「嚥下障害あり」との記載があっても、実際にそれぞれの専門職が一緒に食の支援をできることは 稀 です。
しかし、「いつまでも口から 美味 しく食べたい」と願う人には、いつでも多職種による「在宅食支援チーム」が入れるよう、地道に地域のネットワークを広げていきたいと思います。
※1「多職種経口摂取支援チームマニュアル」経口維持加算に係る要介護高齢者の経口摂取支援にむけて 平成27年度版「要介護高齢者の経口摂取支援のための歯科と栄養の連携を推進するための研究」研究班編
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