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4件 のコメント

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刺青

kharu

離婚後、40を過ぎてから墨を入れました。親権を失った娘の名前や、娘への愛情・想い・思い出、これまでの生き方などを彫り師の方と相談を重ね、画にしました。
自傷ですかね…?生きる糧になっています。
初めに入れてから、確かに徐々に増えて首から上と胸以外の腹、手と手首周辺と膝下以外すべてに入れました。
離婚して一人で生きていく…そんな想いでした。確かに覚悟はして入れましたが、思った通り仕事は退職せざるを得ない状況になり転職を重ね失業中。
まだまだ日本では肩身の狭い刺青です。
それでも、そうでもしないと娘を失った生活、家族を失った孤独から抜け出せなかったのかもしれません。精神科の門を叩こうとした時期もありましたが、精神科に通院する事はせずに彫り師の門を叩きました。
ただファッションとして入れている人ばかりでは無いと思います。
なんらかの想いを背負っている背中の画だと思います。

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刺青

ハル

刺青はかっこいいから入れています。書道も好きです。同じものだと思います。刺青はパワーストーンや結婚指輪、ピアス、重貴金属と同じ機能があるとも思っています。グラウンディング(地に足をつける)という機能です。決意表明のようにも見えるところも面白いと思います。何でもいいから何か凄い物が見てみたい、そういう単純な欲求から入れています。刺激がないと退屈しちゃってダメな性格なんですよね。

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勉強になりました

こももまま

息子がリスカ、ODを繰り返しています。どう対応していいか分からずにいましたが、やっと理解できた気がします。ありがとうございました。

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ちょっと違和感

booko

ちょっと首を傾げたくなる文ががあったので…私は1980年代にピアースをしました。文章の中で “社会や周囲に対する怒り、決意…不良少年の文化とも一脈通じる強い思いに裏付けられた行為…当時の耳ピアスには自傷的な意味合いがあったといえるでしょう。” ビックリしました。そんな事考えている人がいたんだと…。当時でも私の周りには沢山ピアスしている人がいましたし一緒にジュエリーショップに行って穴を開けた人もいました。その当時は決して今みたいに安い物ではなかったです。反発でもなかったしましてや自称なんて逆に痛みを怖がっていました。それでも綺麗で美しかったのでファッションとして着けていました。私だけじゃなく周りはそういう考えの人がほとんどでしたが…。 すべての人がそうではないのでその文章だけを見るとちょっと違和感を感じるし’一部の人とか例として…’とかちょと心使いがあってもいいかなと…。 でも当時は美しさの方が痛みより勝っていましたしイヤリングが簡単に取れることがなくなって便利でした(笑)

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