文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

精神科医・松本俊彦のこころ研究所

医療・健康・介護のコラム

ピアスとタトゥー、そして自傷の傷痕

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

ほしいのは見た目? それとも痛み?

 とはいえ、自傷患者のなかにはピアスやタトゥーが好きな人がけっこういるのも事実です。彼らは、身体を傷つけることへの抵抗感がないのかもしれません。

 彼らがピアスやタトゥーをする理由の一つは、「痛み」です。手に負えない「心の痛み」から気を らし、自分の感情をコントロールするために「身体の痛み」を用いる。そんなとき彼らは、自らピアッサーで耳に――それも、耳たぶではなく、耳の上方の耳介軟骨の部分に――穴を 穿うが ちます。

 この行為は明らかに自傷的です。

 ですから、実際の診療場面では、自傷患者が新たにピアスの穴を開けてきた場合には、私はこう質問します。

 「その新しいピアス、100パーセント、ファッションのため? それとも、痛みがほしくて?」

 もしも患者さんが、「実は痛みも……」と答えた場合、それはやはり自傷の一種と理解すべきです。ただし、その際に返す言葉は、叱責や苦言ではダメです。「何か嫌なことがあった? 話してみて」が正解です。

祈りとしての身体加工

 文化人類学的な視点からいえば、ピアスやタトゥーは未開部族の呪術的風習に起源を持ちます。私たちの祖先は、自分の努力ではどうにもならない外界の出来事――天災や気候の変化、疫病、さらには部族間の争いなど――をコントロールしたいと祈る気持ちから、自らの身体に様々な加工を施してきました。

 実は私は、リストカットなどの自傷にもそのような「祈り」の要素があるのかもしれないと感じることがあります。

 これまでの臨床経験から、私はあるジンクスを信じています。それは、「傷痕を消したい」と考えはじめた患者はまもなく自傷が再発するというものです。

 実際、自傷患者はよくこう言います。

 「傷痕を見ると安心する。でも、傷が治って消えてくると、また切りたくなる」

 まるで自傷の傷痕が何かの「お守り」であるかのような発言です。

 いや、確かにそうかもしれません。ある未開部族では、病気治癒のための呪術的儀式として、わざと病者の身体を深く切り、その傷痕にできたケロイド状の 瘢痕はんこん でできた模様を、「癒やしと再生」を象徴する「お守り」として用いていたそうです。もしかすると自傷の傷痕にも……と思うのです。

 そんなこともあり、自傷患者から、「腕の傷痕を消したい。よい形成外科医を紹介してほしい」と相談を持ちかけられると、私はつい煮え切らない態度をとってしまいます。「できればやめてほしい」――そんな気持ちがないといったら うそ になります。

戦士の傷痕

 自傷する人に伝えたいことがあります。それは、「昔の傷痕に誇りを!」ということです。

 もちろん、見せびらかすのはどうかと思いますが、だからといって恥じる必要はありません。確かに新たな友人や恋人ができたときに、その傷痕をどう説明したものか大いに悩むでしょう。なかには、その傷痕のせいであなたに偏見を抱く人もいるはずです。

 一つ断言できることがあります。それは、自傷治療の最終目標は、単に自傷をやめることではなく、「自分に正直な生き方を手に入れること」というものです。

 リストカットの本質は、皮膚を切ること自体にあるのではなく、皮膚を切るのと同時に、つらい出来事の記憶やつらい感情の記憶を意識のなかで切り離し、「何もなかった」「少しもつらくない」と自分の心に目隠しをする点にあります。したがって、獲得すべきなのは、「心に目隠しをしない生き方」であり、自傷まみれの過去を「なかったこと」にせずに、「そのときには自傷が必要だった。そのおかげで生き延びることができて、いまの自分がある」という認識です。

 自傷の傷痕は戦士の傷痕だと思います。その人なりに「生きるか、死ぬか」の疾風 怒濤どとう を生き延びるための闘いで負った、名誉の傷痕です。そして、いまあなたが生きているということは、その闘いの勝者はまちがいなくあなたなのです。

2 / 2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

matsumoto-kokoro300-300

松本 俊彦 (まつもと・としひこ)

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長

 1993年、佐賀医科大学卒業。横浜市立大学医学部附属病院精神科助手などを経て、2004年に国立精神・神経センター(現、国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所 司法精神医学研究部室長に就任。以後、同研究所 自殺予防総合対策センター副センター長などを歴任し、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

 『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『もしも「死にたい」と言われたら――自殺リスクの評価と対応』(中外医学社)、『よくわかるSMARPP――あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存臨床の焦点』(同)など著書多数。

精神科医・松本俊彦のこころ研究所の一覧を見る

4件 のコメント

コメントを書く

刺青

kharu

離婚後、40を過ぎてから墨を入れました。親権を失った娘の名前や、娘への愛情・想い・思い出、これまでの生き方などを彫り師の方と相談を重ね、画にしま...

離婚後、40を過ぎてから墨を入れました。親権を失った娘の名前や、娘への愛情・想い・思い出、これまでの生き方などを彫り師の方と相談を重ね、画にしました。
自傷ですかね…?生きる糧になっています。
初めに入れてから、確かに徐々に増えて首から上と胸以外の腹、手と手首周辺と膝下以外すべてに入れました。
離婚して一人で生きていく…そんな想いでした。確かに覚悟はして入れましたが、思った通り仕事は退職せざるを得ない状況になり転職を重ね失業中。
まだまだ日本では肩身の狭い刺青です。
それでも、そうでもしないと娘を失った生活、家族を失った孤独から抜け出せなかったのかもしれません。精神科の門を叩こうとした時期もありましたが、精神科に通院する事はせずに彫り師の門を叩きました。
ただファッションとして入れている人ばかりでは無いと思います。
なんらかの想いを背負っている背中の画だと思います。

つづきを読む

違反報告

刺青

ハル

刺青はかっこいいから入れています。書道も好きです。同じものだと思います。刺青はパワーストーンや結婚指輪、ピアス、重貴金属と同じ機能があるとも思っ...

刺青はかっこいいから入れています。書道も好きです。同じものだと思います。刺青はパワーストーンや結婚指輪、ピアス、重貴金属と同じ機能があるとも思っています。グラウンディング(地に足をつける)という機能です。決意表明のようにも見えるところも面白いと思います。何でもいいから何か凄い物が見てみたい、そういう単純な欲求から入れています。刺激がないと退屈しちゃってダメな性格なんですよね。

つづきを読む

違反報告

勉強になりました

こももまま

息子がリスカ、ODを繰り返しています。どう対応していいか分からずにいましたが、やっと理解できた気がします。ありがとうございました。

息子がリスカ、ODを繰り返しています。どう対応していいか分からずにいましたが、やっと理解できた気がします。ありがとうございました。

違反報告

すべてのコメントを読む

コメントを書く

※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。

※個人情報は書き込まないでください。

必須(20字以内)
必須(20字以内)
必須 (800字以内)

編集方針について

投稿いただいたコメントは、編集スタッフが拝読したうえで掲載させていただきます。リアルタイムでは掲載されません。 掲載したコメントは読売新聞紙面をはじめ、読売新聞社が発行及び、許諾した印刷物、読売新聞オンライン、携帯電話サービスなどに複製・転載する場合があります。

コメントのタイトル・本文は編集スタッフの判断で修正したり、全部、または一部を非掲載とさせていただく場合もあります。

次のようなコメントは非掲載、または削除とさせていただきます。

  • ブログとの関係が認められない場合
  • 特定の個人、組織を誹謗中傷し、名誉を傷つける内容を含む場合
  • 第三者の著作権などを侵害する内容を含む場合
  • 企業や商品の宣伝、販売促進を主な目的とする場合
  • 選挙運動またはこれらに類似する内容を含む場合
  • 特定の団体を宣伝することを主な目的とする場合
  • 事実に反した情報を公開している場合
  • 公序良俗、法令に反した内容の情報を含む場合
  • 個人情報を書き込んだ場合(たとえ匿名であっても関係者が見れば内容を特定できるような、個人情報=氏名・住所・電話番号・職業・メールアドレスなど=を含みます)
  • メールアドレス、他のサイトへリンクがある場合
  • その他、編集スタッフが不適切と判断した場合

編集方針に同意する方のみ投稿ができます。

以上、あらかじめ、ご了承ください。

最新記事