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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

糖尿病・人工透析は自己責任か?――清野裕ドクターに聞く(下)

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叱るのでなく、一緒に考える

 

 ――ライフスタイルの指導でいうと、叱る、責めるというやり方は、うまくいかないように思います。どうやってプラスの気持ちに持っていくかが、効果を上げるために肝心ではないでしょうか?

  清野 :絶対にそうです。脅す、叱るはダメ。昔は失明した写真とか足を切った写真を見せて、患者さんを脅かしていましたが、今はそんなことはありません。よく話し合います。

 私は「患者様」と呼ぶのは反対です。まつり上げてどうするのか。「患者さん」でいい。患者さんもチームの一員です。よく話し合って、その人がこれしかできないということなら、ではどうしようかと一緒に考えます。

 ――本人の自覚と努力ばかり言われたら、つらいですよね。何か、よいことにつながるほうがいい。

  清野 :少しでも生活を変えられたら、ほめるとかね。今は、薬の種類も増えたし、生活も改善して状態がよくなる人は多いですよ。糖尿病への関心が高まったのかもしれません。でも、そういうチャンスにめぐりあわない人もいる。社会への啓発が大事です。

 ――生活は、本人だけで変えられるものばかりではないですよね。

  清野 :食生活で言えば、食事の間隔と時間帯も重要です。でも今の時代、職業はいろいろあります。夜中に働いている人に、朝6時と夕方6時に食べてくださいなんて、不可能です。コンビニで働いている人なら、コンビニの仕事に合った指導をしないといけない。それから若い人でも独り暮らしが多いから、理想的な生活習慣を言っても始まらない。もう少し、糖尿病の療養指導に携わっている者の側が変わらないといけない。その人に応じたものにしないといけないと思います。

 

「糖尿病」の病名を変えられないか

 

  清野 :糖尿病協会には、偏見をもたらすから病名を変えてほしいという手紙がしばしば患者さんから届きます。「高血糖症」に変えてくれないかと言うんです。確かに「尿」という字があるから、何となく汚ない印象を与える。糖尿病の子どもなんか、かわいそうです。尿に糖が出るのが病気の本質じゃないんだけどねえ。

 ――血糖値が高くても尿に糖が出ない場合は多いのに、その点の誤解も生みますよね。

  清野 :糖尿病という病名はギリシャ語から来ていますが、医学用語を変えるのは難しい。

 ――日本語の病名を変えるのは、ありだと思いますよ。認知症も統合失調症も、病名を変えたことによってマイナスイメージを減らす効果は確実にありました。学会が用語を変えれば、行政も用語を変えます。病気への関心を集める社会的な啓発効果も大きいと思います。

 

「生活習慣病」という用語は、誤解を招く

 

――「生活習慣病」という言葉に、個人的には疑問があります。旧厚生省が1996年に「成人病」の代わりに導入した行政用語ですが、やがて医学・医療界もよく使うようになりました。

  清野 :生活習慣病、と言い切ってしまうからよくないんです。英語では、Lifestyle-related diseaseという。生活習慣と関連する病気ですね。その種の病気になったら、生活習慣を改善したら病気が落ち着きますよ、という本当の意味が伝わらずに、生活習慣のせいでなる病気と思われてる。

 生活習慣病という用語に、私は反対派だったんです。誤解を招くから。まさに、本人が悪いからになって、なぜ病気が起こるかという肝心なことがすっとんでしまう。糖尿病学会でも議論になった。

 ――生活習慣関連病と呼ぶのが長ければ、生活関連病でもよいかもしれません。

  清野 :ほんと、生活習慣病と言うと、本人が悪いように思うよねえ。短絡的になって、正しい知識が伝わらない。糖尿病になった人を見て、飲んでる食ってると言うけど、そんな人はほかにもいっぱいいますからね。遺伝的・体質的な要因が抜け落ちてしまう。

 ――本人の自覚を促して、生活習慣の改善に努力しましょうというのは全く間違いとは言えないけど、裏返しで、自己責任論になりやすいですね。

  清野 :太るかどうかも体質差がある。糖尿病だけでなく、ほとんどの病気に遺伝的素因はある。高血圧もそうだし、痛風(高尿酸血症)もそうです。簡単に自己責任とは言えません。

 

非肥満型の糖尿病を見過ごしてきたメタボ健診

 

 ――厚生労働省の主導でメタボ健診をやり始めてから、いろいろな誤解がよけいに広がったのでは?

  清野 :メタボ健診では、半分以上の糖尿病が見過ごされた。腹囲で線引きするのは、あらっぽい話です。やせてさえいれば、どんなに血糖値が高くても血圧が高くても、メタボに該当せずにくぐり抜けて、特定保健指導の対象にならない。日本人の糖尿病は、非肥満が6割ぐらいあって、そっちのほうが多いんですから。

 ――そういう批判を受けて、特定の項目だけひっかかった人も特定保健指導の対象にしようという方針を厚労省が今年度に入って、いったん固めたのですが、健康保険の財政負担が増えるという理由で見送りになったようです。

 

炭水化物の多い食事がよいわけではない

 

 ――前回に掲載したインタビュー前半で、食事について「炭水化物中心のほうが糖尿病になりにくい」という説明があったのですが、誤解を生むかもしれません。

  清野 :ご指摘はもっともです。日本人には昭和30年代ぐらいの肉の少ない食事のほうがよいという意味で話したのですが、現代の日本人は獣肉の脂肪をとるのでインスリンの効きが悪く、ごはんやめん類などの炭水化物をたくさんとったら、糖尿病の発症リスクは上がります。最近の日本での観察研究で、女性の場合は総カロリー量が同程度でも炭水化物の少ないほうが糖尿病が少なくなるという報告もあります。まだ研究・検討すべき点はいろいろありますが、予防の意味では、総カロリーが多すぎず、栄養のバランスの取れた普通の食事でよいと思います。

 それから前回、糖尿病は、ぜいたく病ではなく、むしろ貧困病だと強調しましたが、あくまでも傾向の話です。貧困でなくても糖尿病になりうることに注意してください。

 

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【糖尿病の患者数】

 糖尿病で受診している総患者数(推定)は、 2014年の厚生労働省「患者調査」 で317万人。高血圧(1011万人)、歯肉炎・歯周病(332万人)に次いで多い病気です。

  2015年の厚労省「国民健康・栄養調査」 によると、未受診を含めて糖尿病が強く疑われる人(血液中のヘモグロビンA1c値が6.5%以上または糖尿病治療中の人)の割合は、20歳以上で男性は19.5%、女性は9.2%にのぼります(実際の人口構成に合わせて年齢を調整すると男性14.2%、女性7.1%)。人口に掛けると1000万人を超えます。

 年齢層別のグラフを見ると、中高年から高齢になるにつれて、糖尿病の人の割合が大幅に上昇することがわかります。

 

【人工透析の患者数】

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  日本透析医学会の調査 では、慢性腎不全で人工透析を受けている患者は2014年末で32万人余り。原疾患別では糖尿病性腎症38.1%、慢性糸球体腎炎31.3%、腎硬化症9.1%の順です。

 もしも、長谷川豊氏がブログに書いたように糖尿病性腎症の透析患者(約12万人、平均67.3歳)のうち、少なくない割合の人の透析医療費を全額自己負担にするなら、その時点だけで何万人も死なせることになります。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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