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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

糖尿病・人工透析は自己責任か?――清野裕ドクターに聞く(下)

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糖尿病・人工透析は自己責任か?――清野裕ドクターに聞く(下)

清野裕さん

 血糖値の高い状態が続くのが糖尿病。それだけなら症状はさほどありませんが、こわいのは腎臓障害、網膜症、神経障害、血管障害といった合併症です。

 糖尿病研究の第一人者である日本糖尿病協会理事長の 清野(せいの)(ゆたか) さんへのインタビュー。後半の今回は、合併症の予防、療養支援のあり方を中心に、誤解をただしていきます。「糖尿病」「生活習慣病」という用語が適切かについても論じます。

 

腎臓障害の要因は血糖、血圧、プラス何か

 

 ――合併症のうち、最初に腎臓障害について教えてください。

  清野 :2型糖尿病の場合、まずは食事療法と運動療法。それで改善しなければ薬をのむ。今はいろいろなタイプの薬が出ています。それでも血糖値が高すぎるならインスリン注射というのが一般的な流れです。そういう治療をしている中でも血糖値のコントロールの悪い状態が続く人は、腎臓障害へ進んでいくことが多いのは事実です。

 ただねえ、腎臓の障害にもいくつか段階があります。腎臓の状態がひどくなって人工透析が必要になるような人は、血糖値だけでなく、ある程度、ほかに素因がありますね。

 ――血糖値以外の要因もあるということですか?

  清野 :明らかに重要なのは血圧です。高血糖と高血圧をほうっておくと、速いスピードで腎機能の低下が進行する。腎臓の糸球体の細い血管がやられます。だから血糖と血圧のコントロールは、ものすごく重要です。だけど、その二つが悪くても腎臓が悪くならない人がそれなりにいて、ある程度以上に腎不全は増えない。もうひとつ、何かがあるんではないか。遺伝的な素因かもしれません。

 ――目の網膜はどうですか? 失明することもあります。

  清野 :網膜症は、血糖コントロールが悪いほど増えます。こちらは腎臓と違って、血糖値のレベルに比例するような感じです。ただし、ごく一部ですが、網膜症に絶対にならない人が存在する。その理由が何かはまだよくわかりません。

 ――足に出る合併症はどうですか?

  清野 :それは2種類あって、ひとつは神経障害です。痛みを感じなくなって、ちょっとしたけがから 壊疽(えそ) を起こし、状態によっては切断せざるをえなくなる。アジア人はこちらが多いですね。

 もうひとつは動脈硬化で生じる太い血管の障害です。足の動脈が詰まったり、脳梗塞、心筋梗塞を起こしたりする。高脂血症や高血圧が影響しますが、これも動脈硬化しやすい体質の人と、そうでない人がいる。白人の糖尿病では大きな血管にくることが多い。このごろ日本でも少し増えてきました。

 

血糖をコントロールできれば、重い合併症は出ない

 

 ――合併症の出方にも、民族差があるわけですね。個人差もあるんでしょうね。

  清野 :民族差も個人差もかなりあります。ただし血糖のコントロールがよかったら、合併症は出ない。その点は大事です。血液中のヘモグロビンA1cが7%未満ならほとんど出ないし、7%以上8%未満でも合併症は多くはない。でも8%以上が続くと、たくさん出てくる。とくに、細い血管がやられる腎臓と目と神経の合併症は、持続的な高血糖がなければ、絶対に出ません。

 だから、不幸にして血糖値が上がりだしたら、早期に見つけて、食事を工夫して、運動すること。そうすれば薬を使う時期も遅れるし、重症度も違う。糖尿病になったから、まずい物を食えということではないんです。量は制限されるけど。

 ――運動は、その人に合わせてやればよいのでしょうか?

  清野 :有酸素運動と筋力をつける運動の両方が有効ですが、とりあえず歩くだけでもいいんです。20分余り歩いたら血糖値はかなり下がる。働いている人なら、朝ごはんを食べた後、通勤を利用して歩くといい。忙しいからできないというのは違うと私は思う。運動を習慣づけることが大事です。そうすることで薬は1剤、2剤と減らせます。

 

自己責任とは、自分で受け止めること

 

 ――糖尿病なのに不摂生な生活で腎不全になったら自己責任だという意見は、どうでしょうか?

  清野 :糖尿病と診断されてから、何もしないで悪くなっていく人と、がんばっても悪くなっていく人がいて、十羽ひとからげに論じるのはおかしい。何もしないで放置するのは、よくないことです。

 ――では、何もせずに悪くなった人は、自己責任だから医療費を自己負担にしますか?

  清野 :しかし、それはどうやって見分けて、区別するんですかねえ? 血糖のコントロールにも、合併症が出るかどうかにも、遺伝的な素因の差は影響します。高血圧になるかどうかもそうです。

 たしかに治療を放置・中断する人はいますよ。ただし、そこに医療側の責任がないとは言えない。産業医で言えば、血糖値が高いことがわかった時、あんた早く専門医に診てもらえ、と言うだけで終わる医師もいれば、詳しく説明する医師もいる。専門医の説明や指導のしかたにも左右されます。

 それに、病気になった人がみんな、努力すれば理想的な生活ができるとは限りません。仕事の内容とか、外部の条件もあります。実際には多くの患者さんは努力してますよ。努力しても、薬を使っても、悪くなる人は悪くなってしまう。そこには素因が関係してくる。

 ――よくない生活習慣を続けて病状が悪化したら、自分の体にはねかえってきますよね。血液透析を受けるようになったら週3回、何時間もかかるし、食事の内容や水分の摂取も大幅に制限されます。

  清野 :本人がつらいですよね。悪化を防ぐのは、ある程度は自己責任とも言えるけど、それは自分の体が悪化したら自分で受け止めるしかないという意味の自己責任でしょう。それ以上に医療費の負担をうんぬんするのはどうかと思う。命にかかわりますから。

 ――透析を受けながら企業や大学などで仕事をしている人もいます。もし人工透析の医療費を自己負担にしたら、そういう人も生活できなくなる。相当な大金持ちだけは続けられるでしょうけど。

 

糖尿病からの人工透析は減少の兆し

 

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  清野 :医療側のことで言えば、人工透析の新規導入患者の4割余りが糖尿病性腎症ですが、近年は横ばいからわずかに減少に転じています。2012年度から透析予防に保険診療点数(糖尿病透析予防指導管理料)がついたのが大きい。腎症が出てきた人には医師、看護師(または保健師)、管理栄養士のチームで早めに指導するようにした。そういう治療努力の成果で、今後にも期待しているんです。

 従来は、腎症が重症になってから指導していた。すると腎臓を守るために、たんぱくも塩分も制限して、逆に炭水化物をたくさん食べてくださいという指導になります。糖尿病のコントロールと腎症のコントロールはかなりの面で逆になる。患者は急に変えられないから、むずかしい。だから軽症のうちから、少しずつ変えていこうということです。

 一方で、腎硬化症という高血圧・高尿酸血症に関連する病気からの人工透析が増えていて、大きな課題なんですが、そちらはあまり騒がれないですね。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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