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大学病院でがん患者を看護する立場から 梅田恵

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

【意思決定】先を読み自身の価値観を振り返る、「緩やかな意思決定」

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テーマ:「意思決定 誰が、どのように決めるのか」

 医療現場では、危篤状態における急な意思決定の場面と、少し時間をかけて先を読み、選択する緩やかな意思決定の場面があります。

 急な意思決定の場面では、苦痛な症状を伴うことが多く、ご本人は混乱や突然の変化への戸惑いのなか、意思決定が求められます。その場合、第一ステップとして、今ある苦痛を緩和できる医療処置を提案されることが、一般的に多いようです。

 このような意思決定は、その苦痛回避といった短いゴールに向けた選択となり、ご本人、ご家族、医療スタッフと方向性がズレることは少ないように思います。ただし、ご本人に意識がない場合には、ご家族らに代理で意思決定を求めることになり、難しい局面となることがあります。今回はご本人にとっての意思決定に絞って考えようと思いますので、代理の意思決定については別掲に譲りたいと思います。

 では、緩やかな意思決定とは、どのような場面なのでしょうか。緩やかといえどもじっくり考え、話し合う必要性があり、方向性が導けない状態が長く続けば、混とんとした (つら) い時間が長引くことになります。時には、ご家族らと方向性が一致していないまま、突然、危篤状態になったり、思い悩みすぎて日々の生活に支障が出てしまったりすることもあります。自覚症状がない状況で、この先に起こる苦痛や最期を迎えることの可能性を共有するのは、簡単なことではありません。多くの人にとって考えたくない将来(死にゆく将来)に向き合う場面となり、誰もが避けたい話題なのかもしれません。

 「起こらないかもしれないし、起こるかもしれない」「すぐにやってくるかもしれない、ちょっと先かもしれない」などといった曖昧な情報提示の中で、備えておくことや、意思表示ができない危篤の時の意向について提示することが求められます。病状の変化が生活にどのように影響するかを予測して、自身は何を大切に(価値を置き)生きていきたいのかを考え、ある程度の方向性を家族や医療スタッフと共有し、これから治療を選択していくのが緩やかな意思決定です。まさに、今の生活の質やご家族とのつながりを考える大切な時間となるはずです。

 しかし、日常ではあまり考えてこなかったことが問われることになり、一人で考えることは難しいものです。家族と改めて話し合うことを気まずいと感じる方も少なくないのではないでしょうか。看護師である私自身も、自分の大切なこと(価値観)やどのように生きていきたいか(最期を過ごしたいか)について、家族や友人と真面目に話せていないのではないかと思います。

決められない、語り合えない 治療の選択肢

 80歳代の小川さん(仮称)とのエピソードをご紹介しましょう。小川さんは老舗の和菓子職人で、お店も経営していました。すでにお店は息子さんが継ぎ、菓子作りの技術を若い職人に伝えているところです。実質的な仕事はないものの、毎日、菓子作りの仕事場に出向き、若手の仕事ぶりを眺めることが日課となっています。

 妻は20年前に他界し、その後、一人で暮らしています。近隣に息子さん一家が住んでおり、掃除や買い物などは、程よく手伝っているそうです。息子さんは何度か同居することをすすめていますが、「自由気ままに生活をしたい」と今の生活スタイルを希望し、花や自然など美しいものを見て、新しい菓子作りに取り入れることに情熱を注いで過ごされていました。健康志向で、定期的な健康診断も欠かさず受けていらしたのです。

 その定期検診で肺の影が指摘され、特にこれといった症状もない中、精密検査の入院となったのです。この検査が予想外に辛かったことや、入院して新たに出会う医師や看護師の言っていることが分からず(早口で知らない言葉の連続だったそうです)、「人間的に扱われなかった」とご立腹されたこともあり、家族が付き添って何とかこの入院を終えることができました。小川さんは、「入院だけはもう嫌だ」という思いを強くされていました。

 精密検査の結果は、転移を伴う肺がんでした。そして、小川さんに、飲み薬の抗がん剤が提案され、さまざまな副作用が起こる可能性や、治療開始時は少し入院して薬の反応に備えたいこと、その後は月に2回程度の通院となること、そしてこの治療はがんが大きくならない限り、一生続ける治療であり、完治を目指す治療ではないことが説明されました。

 それと同時に、抗がん剤のような心身に苦痛を伴う治療はしないで、出てきた症状に対する対症療法としての緩和ケアという選択肢があることも提示されました。看護師からも治療中の生活について、肺炎の兆しに気をつけなくてはならないことなどが説明され、在宅医療や介護の利用についての情報も提供されました。同席していた息子さんも、「あくまでの本人の意向に沿いたい」と、治療方針を決めかねているご様子でした。

 まず、小川さんは「入院だけはもう嫌」という意思は明確でしたので、ならば抗がん剤治療を受けずに、経過観察をしていくことになりました。

 1か月後の外来で、小川さんから「このままでよいのでしょうか。何も治療をしていないということは、がんがどんどん大きくなっていくのではないでしょうか。そのことを考え始めると不安で眠れない」との訴えがありました。日課になっていた仕事場での時間もぼんやりしていることが多く、活動範囲もめっきり狭くなっているようです。

 医師からは「レントゲン上、がんは大きくなっていないので穏やかな腫瘍かもしれない」と説明を受けられましたが、「治療をしていないことの不安がこんなに大きいのであれば、頑張って治療を受けたい」と申し出られました。

 改めて、抗がん剤治療のスケジュールや可能性のある副作用や、ご家族のサポートがあると安心であること、副作用の出方によっては、仕事場に出かけることが難しくなるかもしれないことなどが説明されました。すると、「やはり治療しないでこのままがよい」と、治療の選択をどうするかは1か月後まで見送ることにされました。息子さんは父親思いの協力的な方でいらっしゃいましたが、この治療の選択については病院以外では話し合われていないようで、話し合わないことが父を追い詰めないこと、と考えておられるようでした。

日常と違う対話を促すために 看護師ができることは?

 小川さんと息子さんが、この後の過ごし方や、今後の生活で何を大切にしたいのかを話し合っていただくことが、教科書的な正解なのでしょう。しかし、日常と違う会話はどのように始まっていくのでしょう。

 私は、看護師として、小川さんと息子さんがお互いに対してどのように思いやっておられるのか、日ごろ聞けない思いを互いに言葉にしていただけるような場面を医師の診察の後に時間を作りたいと思っています。小川さんには「がんの進行は、生活にどのような影響が出ると思っているか」「息子さんに世話をかけるとは、どのようなことを心配されているのか」などを尋ねます。そして息子さんには「お父さんの日常をどのように支えたいと考えているのか」を話していただき、互いの問いに答えていただけるように促せると、日ごろ言葉にしていない思いが交換できるのではないでしょうか。

 そして、在宅支援や介護についての情報は、利用されたことがなければイメージすら持っていないことが多いので、往診医がいることや、症状の緩和は自宅のほうが 上手(うま) くできることが多いこと、自宅に看護師が行くと生活環境を見直してくれて、ベッドを使ったり生活動線を整えたりと具体的なアドバイスがもらえること、調子のよいときから顔見知りの訪問看護師ができたほうが、調子の悪いときにいろいろ説明しなくても済むことなど、タイミングをみて情報提供していきます。何よりも、小川さんらしい時間を長く過ごしていただくために、病院だけでなく地域へもネットワークを広げていけることを伝えていくようにしています。

 緩やかな意思決定には、先を読み、自身の価値観を大切な人と振り返るコミュニケーションがとても大切ではないかと感じているからです。

 「緩やかな意思決定」について皆様はどのように考えられるでしょうか?

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【略歴】

 梅田 恵(うめだ・めぐみ) 昭和大学院保健医療学部研究科(がん看護専門看護師コース)教授、昭和大学病院看護部

 1992年、聖路加看護大学卒業。1994年4月~2006年9月、昭和大学病院看護部。00年、がん看護専門看護師認定。13年、聖路加看護大学院博士後期課程修了。2014年11月、現職。後進を教える傍ら、大学病院で診断時からの緩和ケアに携わっている。日本がん看護学会理事。死の臨床研究会 世話人 国際交流委員。日本緩和医療学会評議委員。編著書に『がん看護の日常にある倫理』(医学書院)、『骨転移の知識とケア』(同)、『専門看護師の思考と実践』(同)、『がん患者のペインマネジメント』(日本看護協会出版会)、『緩和ケア』(南江堂)

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 終末期医療やケアに日々、関わっている当事者や専門家の方々に、現場から見える課題を問いかけて頂き、読者が自由に意見を投稿できるコーナーです。10人近い執筆者は、患者、家族、医師、看護師、ケアの担い手ら立場も様々。その対象も、高齢者、がん患者、難病患者、小児がん患者、救急搬送された患者と様々です。コーディネーターを務めるヨミドクター編集長の岩永直子が、毎回、執筆者に共通の執筆テーマを提示します。ぜひ、周囲の大事な人たちと、終末期をどう過ごしたいか語り合うきっかけにしてください。

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