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窓を開く言葉 「介護は工夫」という光源

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 これまで連載では、重度の障害を持つ私が必要な介助を得ながら、社会の中で自分の暮らしを作っていく過程と、なぜひとり暮らしを実現したいと考えるようになったかの背景を書いてきました。

 「生きる」といっても、常に人工呼吸器を使い、3度の食事は 胃瘻いろう からの経管栄養、指先以外の動作すべてに介助が必要な人が、実際にどのような暮らしをしているのか。日頃、身近で関わる機会がある人なら分かることでも、一般的には「大変そうだ」と漠然としたイメージが先行して、具体的に知る機会も少ないのではないかと思います。そこで今後は、筆者の暮らしぶりを一例として紹介する【生活編】を随時織り交ぜて、航海日誌を書き続けていこうと思います。

 何らかの障害でベッド上生活を送る人には、少しでも暮らしの工夫の参考になれば。今、介護の必要なく暮らしている人には、将来、自分や身近な人が重い体の不自由に見舞われたとき、「ああ、それなりに生活していけるのかもしれないなあ」と思える手がかりになれたらうれしいです。

痛めやすい。ガラス細工の体と向き合って

窓を開く言葉 「介護は工夫」という光源

ベッドに防水シートを敷き入れて、簡易浴槽を用意

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「もっと右」「耳の下」「首の後ろ」などかゆいところを指示しながら、洗髪してもらう

顔を洗うために人工呼吸器の鼻マスクを取る時は、血中の酸素濃度を測りながら。数値が下がりすぎたら中断してマスクをあてる

顔を洗うために人工呼吸器の鼻マスクを取る時は、血中の酸素濃度を測りながら。数値が下がりすぎたら中断してマスクをあてる

 生活編、初回は「入浴」です。

 公的な介護サービスの一つに「訪問入浴介護」があります。入浴に全面介助を必要とする障害者に、実施事業者が訪問入浴車を派遣し介助を行います。看護師1人とヘルパー2人のチームで訪問して、組み立て式の簡易浴槽と給排水するポンプを居室に持ち込み、車載のタンクか自宅の浴槽からホースでお湯を引いて入浴介助を行います。私も障害が重くなり自力で座ることができなくなってから、このサービスを利用していました。

 寝たきりで全介助が必要な人でも、自宅で安全に入浴ができるように考えられたシステムなので、対象となるほとんどの人はこのサービスを利用して快適な入浴を実現していると思います。しかし私は体の拘縮が強いため、居室で組み立てた浴槽までベッドから移動するとき、膝や腰を痛めてしまうことがたびたびありました。

 今、振り返ると、がちがちに体が固く、ガラス細工と言ってもよいほど体を痛めやすい私を、この浴槽に入れるスタイルで入浴させること自体が至難の業だったと思います。重労働ともいえる入浴介助。サービスを利用したのは4年ほどでしたが、とくに夏の暑い日に、大汗をかきながら風呂に入れてくれた姿が忘れられません。困難な介助を引き受けて、力を尽くしてくれたスタッフの皆さんには感謝しています。

 体を痛めると治るまで1、2週間ほど安静にしないといけませんが、動かさないことでさらに体は固くなります。関節の可動域が狭まって暮らしにくさが増す悪循環は避けなければなりません。

 痛めることの恐怖心もあり、やむなく入浴は中止して、しばらくは 清拭せいしき (タオルで体を拭くこと)のみで過ごしていました。もう風呂に入ることも望めない体になってしまったのか……。そう思うと暗い気持ちになりました。

方法を前向きに探る。あきらめない心

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お湯は台所からホースで引き入れ、同時にポンプで風呂場に排水

 しかたがないのかな……。と あきら めかけていたとき、前稿でも触れた在宅医で主治医の川島孝一郎先生(仙台往診クリニック)に相談してみました。今から10年前、在宅医療を受け始めたばかりの頃です。

 そこで先生が言われたのは、

 「在宅介護は何でも工夫していくんです」
 「入浴も工夫をすれば必ずできるようになりますよ」

 という力強い後押しの言葉でした。

 今までできていたことが、一つ一つ、できなくなる経験を重ねていくと、本人も周囲の人も、機能喪失の痛みに向き合うために、我慢するのがスタンダードになってしまって、 萎縮いしゅく してものを考えがちです。

 変えられないことを受け入れることも、生きる上での賢明な態度ですが、十分に変えられる余地があり、受け入れなくてよいことでも「無理だ。しかたない」と早々に諦める見切り癖は、日々を生きる活力を ぎます。本人の生活力を引き出す可能性を閉ざす結果につながりかねません。

 落ち込んで希望が閉ざされそうになったとき、窓を開く言葉が気持ちを引き上げてくれることがあります。「介護は工夫」という先生の言葉は、諦めないで入浴を希望し続ける力になりました。

 生き生きとして
 希望する
 それはすべてのことに
 テコとして
 はたらいていく

 その後、先生から区の障害者支援の窓口にもつないでいただき、区の保健師、市の障害者更生相談所(現在は、障害者総合支援センター)の職員、訪問看護師、ヘルパー、福祉用具会社の担当者と、多職種の支援者が加わって、どうしたら安全に入浴が実現できるのかを一緒に考えてくれました。

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体を横向きにして背中を洗う

 公的な社会福祉の制度や仕組みというのは、必要な支援が対象者に漏れなく届くように考えて設計されるものですが、人間の暮らしには個別性があります。一人一人置かれている状況が異なるなかで、既存の支援の枠組みを 杓子しゃくし 定規に適用してしまうと、支援の手からこぼれ落ちてしまうケースも出てきます。そうしたとき本人、行政を含めた支援者が「しかたない」と諦めてしまうのは簡単です。しかたがないと決めつける前に、方法を前向きに探る姿勢は大切なことではないでしょうか。

新しいスタイルでの入浴が実現する

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洗濯用のポンプを使って、簡易浴槽から排水する

 なぜ、入浴が困難なのか。

 その理由の一つは、浴槽までの移動に危険が生じるため。

 二つ目は、担当介助者の入れ替わりの多さによって、私の介助に熟練できないためです。

 そこで、解決策として、ベッドの上から移動させず入浴できる工夫をして、日常の訪問看護と介護で来ている熟練した担当者が入浴介助する体制をつくり、安全を確保することにしました。

 必要な道具を そろ え、訪問看護と居宅介護の組み合わせで、看護師1人、ヘルパー2人体制で行う実際の介助の流れも取り決めました。

 【現在の入浴スタイル概要】

  • 看護師が体温・血圧・脈拍など体調の確認をして、入浴可能な状態であれば、開始します。
  • まず、介護ベッドの四方に専用の柵を巡らし、その後、体を3人で持ち上げながら、柔らかく丈夫な防水シートを敷き入れて、簡易浴槽を作ります。
  • お湯は台所の蛇口に直接シャワーヘッド付きのホースをコネクターで接続し浴槽まで供給できるようにして、シャワーで浴槽に まる洗い湯は、家庭用ポンプを使って自宅浴室の排水口に流せるように準備します。
  • 洗髪、洗身( 仰向あおむ けで上半身、下半身、横を向かせて背中)、シャワーで温まってから上がる準備に入ります。
  • 洗い湯の排水をポンプとタオルで行いながら、体も拭いていきます。柵を外し、再び3人で体を持ち上げながら防水シートを抜き取ります。そして服を着せて、浴後の体調の確認をして、完了です。

 新しいスタイルでの入浴を初めて実施する日は、実際に問題なく入浴ができるのかと不安がありましたが、1時間半以上の時間がかかったものの無事に風呂に入ることができました。

思いと工夫が集まって「できない」を「できる」に

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入浴が終わって着替えたら、保湿剤を塗って乾燥肌をケア

 諦めかけていた入浴が かな ったときの うれ しさは格別でした。

 風呂やシャワー浴の代わりに、タオルで体を清拭したり、洗髪や部分浴(手や足、デリケートゾーン)をまめにするなら、衛生的な不都合はある程度カバーできるでしょう。しかし日常において、風呂に入れるか入れないかは、生活の質を左右する大きなウェートを持っています。シャワーを浴びてさっぱりする。こわばった体が温かく ほぐ れていく。その気持ちの良さはかけがえのないものです。

 めったにない、何か特別な時間を過ごすのも心躍る 素敵すてき さがありますが、生活の基本ともいえる、ご飯を食べる。風呂に入る。 排泄はいせつ をする。部屋をきれいにする。外に出かける。人と関わる。自分の時間を持つ。などが日々継続して行えること。それは人生を豊かに生きるための基盤になるのではないかと思います。

 私一人、もしくは家族だけで考えていたなら、自分の暮らしに「入浴」は失われていたでしょう。本人、家族、医療と介護の支援者、福祉行政の支援者、多くの人の思いと工夫が集まって「できない」を「できる」に変えたこの入浴実現の経験は、必要な介助が得られるなら、重い障害を持っていても生活をつくっていけると信じられる。私の光源になっています。

 できるんだ
 なんとかなるんだ
 太陽のような呼びかけに
 こころの皺が
 伸ばされていく

 今、暮らしの中の
 細やかな希望が
 彩りとなることを
 感じている
 生きて、いるからだ

写真:冨田大介

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